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福岡&遠隔で音叉ヒーリングをやっています☆

【重要】 セッション形式を変更いたします

昨日、長崎から帰ってきました。ツインフィボナッチをさせていただいた方々、本当にありがとうございました!今のところ次回予定はありませんが、リクエストがありましたらまた開催しますのでお知らせくださいね。

 

***

 

ところで、2016年4月から、モニター期間も含めて7か月間、試行錯誤を重ねてきましたが、最近ようやく、私の中でしっくりくるセッションのやり方がはっきりしてきたため、次のようにセッション形式を変更させていただきます(これが最終形というよりは、今もこれからも試行錯誤のプロセスの中にいるのですが)。

これまでは、(1) 事前の対話によるテーマ設定 + (2) 音叉ヒーリング + (3) 事後のシェアリング の3ステップを一連の流れとしていましたが、今後、(1) のテーマ設定を廃止し、ヒアリングのみにいたします。遠隔セッションのヒアリングはメールヒアリングに変更します。

 

※3回セットをすでにご購入いただいている方については、以前と同じ形式、新しい形式からお好きな方をお選びいただけますので、ご安心ください。これに伴い、3回セットの新規受付は一旦終了しました。

 

特に変わってくるのが遠隔のセッションです。遠隔セッションでは事前の通話がなくなります。これからは、お時間になりましたら、通話なしで音叉ヒーリングに入らせていただきます。そして、ヒアリングの代わりに、今気になっていることをあらかじめメールで送っていただくようにします。

 

セッション直後の通話シェアリング<5分程度の通話>は、これまでどおり無料で行います。※文章での詳細なフィードバックは有料とします。

 

対面の場合は、これまで同様、最初にキネシオロジーを使いながらヒアリングいたしますが、これまでと違い、テーマを設定することは目的としません(キネシオロジーで、そうすることが必要と出る場合はします)。

 

変更の理由

当初、事前のテーマ設定を必須にしていたのは、フィボナッチ音叉プロセスの創始者であるロンさんがおっしゃった意図(intention)が大事だよ、という言葉を、そのセッションのテーマを明確にすることが大事なのだ、と受け取っていたからでした。ちゃんと、話して、すり合わせて、共有しておくことで、クライアントさんと私が意識のうえで同じ方向を向くのが大事なのかな?と。

 

でも、やっていくうちに、あれ、なんか違うかも〜という違和感がわいてきました。そのあたりのことは以前、「フィボナッチ音叉と意図 - 那旺さんの記事のご紹介」の記事に書きました(ぜひお読みください!)が、言葉でとらえられ、ご本人が納得できる「意図」よりも、実際にヒーリングが働きかける領域はずっと大きく、次元が違うので、意図を設定するということが(裏返すと、現状の"問題"をわざわざ認識し、その問題を解決したいという期待も生じるわけで・・・)逆に制限になることもあるかもしれない、ということです。


といっても、お話をしないでセッションするのも想像がつかなかったのですが、最近たまたま、事前通話なしでの施術を希望される方が何人かいらして、やってみたところ、特に問題はなさそうだ、という結論にいたりました。

 

これからは、(特に遠隔セッションでは)あらかじめ「今気になること」を文章で送ってもらって、それをベースに施術させていただきます。

 

そして、ここからがとてもとても重要なのですが、実際のワーク内容は、キネシオロジーでご本人の潜在意識にアクセスしてそのとき必要な施術を行うので、「○○という問題が気になる」と事前に書いていただいたとして、それが良くなることは保証しませんし、書いていただいたこととは関係がない(ように思える)セッションになる可能性もあります。

 

なぜなら、先ほどもリンクしたこの記事の後半で書いたように、本当は<蝶>なのに、そのことを知らないまま、完璧な<アオムシ>になるためにどうしたらいいか!ということを真剣に悩んでいたりするのが、私たちだからです。

 

今気になっている”問題”ありきで、その”問題”を解決しようとすることで、かえって、その”問題”の次元に留まってしまうことにもなりかねません。

 

アオムシである間は、蝶になることなんて想像もつきません。では、その想像もつかないようなところへ、どうやって行ったらいいのか。それには思考を超える必要があります。問題を問題として見る思考(一種の幻想ともいえます)から抜け出て、問題の次元を突き抜ける必要があります。

 

音叉は、まさにそのためのパワフルなツールなのだと気づきました。

 

ただ、必要に応じて、キネシオロジーを介した対話をさせていただくことはあります。遠隔セッションでも必要と思われる場合は申し出させていただくつもりですし、特に対面セッションの場合はヒアリング・シェアリングにキネシオロジーを使用します。キネシオロジーを使うのは、私の主観をできるだけ入れないようにするためです。


音叉の振動を直接感じていただくこと、中でも特に、フィボナッチプロセスは、わたしたちの中にある本来の自分を目覚めさせるよう、ダイレクトに働きかけます。フィボナッチのプロセスは、そのために作られています。ご自身でご自身の内なる扉を開くためのプロセスなんです。私はできるだけその働きを邪魔しないで、できるだけピュアなかたちで音叉が働いてくれるよう、お手伝いをさせていただきたい、と思っています。

 

このような感じで、今後はさせていただこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします!

 

☆フィボナッチプロセス音叉ヒーリング(遠隔・福岡対面)のご案内

(↑セッション方法についてのみ本日内容更新しました。近々全面的に書き直す予定です)

 

super moon 2016

こないだのスーパームーンの日の深夜、雲間から顔を出したお月様。これを撮る直前に対面でさせていただいたセッションが本当に至福で、このようなセッションをいつもしたい、そうするにはどうしたらいいだろう?と考え続けた結果が、今日の変更につながりました。

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ADHDグレーゾーンのこじらせと今の混乱そのまま出し

1週間くらい前に書いて保留していた記事なのですが、思うところあってUPします。長文です。最後の方は今日付け足しました。今は、1回目のセッションから約3週間、2回目のセッションから約2週間経ったところで、だいぶ、頭が整理されてきています(でもまだ途中なのだと思います。まとまるかな、と思って書き足しを始めたけど、とにかくまとまらない!結果的に超長文になりましたが、そのまま出します)。

 

 

***

 

 

先日、初めて、念願ののりこさんのキネシオロジーセッションを2回受けることができました。

 

「わたし」に関するさまざまな側面が一気に揺り動かされて、たとえるなら、いろいろ工夫して(現実に適応させて)寝かしつけていた、、、眠った赤子みたいだった「わたし」のたくさんの側面が一気に目を覚まして、ぎゃんぎゃん泣いている、そんな混沌とした中にいます。

 

まさに調整期間の真っ最中だと思うのですが、特に発達障害との関わりについて、今思うことを書いてみます。

 

のりこさんが最近、ADHD(注意欠陥・多動性障害)やアスペルガー症候群のような、いわゆる発達障害的な性質をヒーリングで調整されていることは、ブログで読んで知っていました。

 

たとえばこんな感じですね。

アスペルガーに関するあれこれ

IH キネシオロジーの感想から 真の理解力

 

わたしは自分のADHD的(少しアスペルガーが入ってる)側面にずっと悩んできたけれど、10年以上前に自分は発達障害である、というアイデンティティを捨ててから、もう自分のADHD的アスペルガー的側面を調整したいとか、変えたいとか、思ってなかったのですね。

 

でも、今回のりこさんにしていただいたセッションで出てきたテーマのひとつがADHD的(&少しアスペルガー的)な性質の調整でした。

 

のりこさんのセッションでは、今に影響を与えている要素について、年齢遡行をしながら情報を拾いあげてくれます。だから、2回のセッションを通して、自分の人生の総振り返りをした感じで、だから、昔のことを思い出すのかもしれません。

 

過去をあまり思い出すことのないわたしが、のりこさんのセッションを受けた後から、幼い頃のこと、学生時代のこと、会社入ってからのこと、、、年代を問わず、過去の記憶が次々とリアルに浮かんできます。もちろん、それに伴って感情も動くので、、、きっと、統合されている過程なのだろうけど、結構しんどいです。

 

そんな中で、ADHDとの関わりの記憶について振り返ってみたいと思いました。

 

2001年〜ADHDの診断を求めた頃

わたしがADHD(ADD)や発達障害という概念を初めて知ったのは2001年、『片づけられない女たち』という本を読んだときでした。「私のことが書いてある!」って興奮したものでした(以下ADHDとADDの表記が混在しますが、現在はADHDにADDを含むので区別しないことにします)。

 

・忘れ物が異様に多いこと

・時間に間に合わないこと

・人の動作を見たまま真似できないこと(言語に変換すればOK)

・顔を覚えられないこと

・先延ばししてしまうこと

・音に敏感でびっくりしやすいこと

・複数の音から必要な音(特定の人の声とか)を聞き分けられないこと

などなど・・・

 

書こうとすればたくさんあるのですが、ずっと自分を責めていたことが、自分の意志の弱さや怠けのせいじゃないかもしれない!?

 

小さい頃からずっと、自己評価がむちゃくちゃでした。多くの人が難しいと言うことは簡単にできたりするのに、人が当たり前にやってることが私にはできない。さぼってるとか、たるんでるとか、自分が頭がいいと思って甘く見てるとか、気を抜いていると言われる。。。

 

わたしが、、、、忘れ物をしないために、人の顔を覚えるために、時間を守るために、普通の人みたいに振る舞えるように、いかに工夫して、いかに頭をフル回転させて気を張っていたか、、、、、、

 

最近ののりこさんのブログにあった他の方の感想(IH キネシオロジー+フィボナッチの感想から  人間意識への変容)に、

 

イメージぴったり合ってる!と思ったのが頭の中のデータベースでした。私は外に出る時や人と会うときに、いつもデータの中から必要な情報をピックアップして状況や相手に合わせた自分で装備していました。

 

とあったのですが、まさにこれをわたしも幼い頃からやっていました。ごく幼い頃から、こういう場合普通の人だったらどう振る舞うだろう?どう返事するのだろう?と考えて行動していました。

 

それでも、普通のことができていないと怒られる(この2001年というのは、わたしが新卒の新入社員として会社に入ったばかりだった、というのが大きかった><先輩社員、特に教育を任された社員としては、仕事の一部として新入社員を叱ります。今のわたしなら問題とはならないような些細なことでも指摘されていたのです。それはすべて、上に書いた”データベース”に記録されて、以降のわたしの「ちゃんとした」振る舞いに役立ってくれたので、心から感謝していますが、当時は辛かったのでした)。

 

もし、これが「ADD」のせいなら、私の努力不足のせいじゃないなら、私は救われるかもしれない!

 

でも、いくらチェックリストで当てはまっていると思ったとしても素人判断はNGで、病院で診断してもらう必要があるとのこと。ADDかどうか知りたい一心で、私は初めて心療内科の門を叩きました。

 

初めて行った心療内科:「東大卒なのにADDのはずがないでしょう。卒業できたんでしょ?」

 

2軒目に行った心療内科:「あー最近多いんですよね」「こういうチェックリストはね、見ると大体あてはまってる気がするものなんですよ」「気分を上げるお薬出しておきますね!」

 

思ってたのと違う・・・。病院に行けば「あなたはADDですね」もしくは「ADDではありませんね」っていう診断が聞けると思ったのに。大人のADD自体が眉唾扱い。チェックリストもまともに取り合ってくれない。

 

でも、診断をしてくれる病院は存在するはず!飛び込みで行ったからダメなんだ、事前調査すればいい、と東京都医療機関案内サービス「ひまわり」っていう、医療機関を探せるサイトで電話番号を調べては、「大人のADD、注意欠陥障害かどうかの診断」がしてもらえる病院を探して電話をかけ続けました(大人のADD専門のクリニックは当時から存在しましたが、予約は数年〜10年以上待ちとかでした)。

 

ほとんどの病院が「ADDって何ですか?あーそれは子どもの病気だから小児科にいってもらわないと」みたいな反応の中、家から1時間くらいの場所にある、とある医院に電話をしたとき、珍しく丁寧に話を聞いてくれた上、「それならお住まいの地域にもっと近い場所で、とてもいい病院がありますよ」と、あるクリニックを紹介されたのです。精神科の個人医院でした。

 

そこでの初診は衝撃でした。アシスタントさん?の丁寧な問診後、院長登場。院長は開口一番、自信たっぷりの口調で、「あなたは間違いなくADDです!」と言ったのでした。そして二言目に「ただ、ADDというのは子供の病気の呼び名で、同じもののことを大人では境界性人格障害と言います」と・・・・・・。

 

当時の私は病名もよく知らなくて、自分はADDと診断されたと思い込んでしまいました。

 

※本当はADDと境界性は(症状として似ていることはあるけれど)ベツモノです。その後、何人もの医師に、私の特性は境界性人格障害とは全然違うと言われています。

 

そして、「元気が出るクスリ(ADHDの特効薬と言われている)」という院長直筆のメモ付きでリタリンが処方されました(他にもたくさんの薬)。

 

院長が輝かしく見えたのはその初診の日だけ、でした。

 

わたしはいつの間にか、院長のいじめのターゲットになっていました(今思えば、です。当時は分からなかった・・・・・・)。何かを聞かれて答えているのに、あなたの話は分かりづらい、話が長い、と遮られ、他の患者さんの迷惑だから、他の患者が終わるまで待っていなさい、と最後の診察まで待たされたり。できないことを話せと言われて話すと「そんなこともできないのか!」。基本、罵倒と嘲笑、自分の自慢話。そういえば、そのとき、その院長にアダルトチルドレンとの指摘も受けました。

 

薬の副作用もあって、私はどんどん不安定になり、会社にも行けなくなりました。

 

わたしはADDの診断が出たことを上司にも言ってしまっていて「病気になりたがっている」と言われ(今では上司の言っている意味も分かりますが・・・)、一方で、会社を休むよう診断書を出してくれている院長には罵倒され、、、もうボロボロでした。


会社を辞めたのと同時にその病院はやめたのですが、数年後、その院長はリタリンを乱処方していたことで逮捕されていました。後から知ったのですが、リタリンは合法の「覚醒剤」とも言われる劇薬で、、、要は、患者をリタリン漬けにして儲けるってことをやっていて、私はリタリンが処方できるADD/ADHDの患者として迎えられたのですね(院長本人としてはあくまで大人のADDなんて存在しないという考えで、ADDかも、と自己申告する人やそういう人の自助グループなどのことをバカにしていたのに。)。

 

会社を辞めたのと同時期くらいに、発達障害について何冊も本を出している先生の病院の予約が取れました。ようやく、専門家の方の診断が受けられるのだと思いました。子どもの頃の通知表など、指定されたたくさんの提出物を持っていきました。でも、東大卒と分かった途端、うすら笑いになり、「発達障害で東大に入れるはずないですから」と、まともにとりあってもらえませんでした。

 

その後、2003年に別の精神科の医院でアスペルガーの可能性ありと言われて検査を受けましたが、「アスペルガーといえる部分もあるが、完全にそうではない。ある面では非常に重なるが、ある面では全く違う」という結果で、診断は出ませんでした。

 

そのとき自分用に取ったメモを貼っておきます(日本語がおかしい箇所があるけどそのまま)。

 

言語性IQの方が動作性IQよりも高いが、動作性IQも平均以上である。なので、これくらいできるだろうという思いが違和感につながるのでは。

 

しかし、1つ1つの能力は高いが、それを組み合わせて流れる動作がぎこちない。流れるようにできない。

社会性という面では、この流れるような動作、一人の人格としてバランスが取れていることのほうがより重視、評価されるので、、、、

 

ロールシャッハは、あまりに突飛すぎてまとめられなかった。何にも当てはまらない。脳に損傷を負った人が出すような変わったパターン。1ついえるのは、色に対する反応が非常に敏感。色だけでなく、光や音に対する感覚があまりに敏感なため、外にいると疲れてしまう。うつ病のパターンでは全く無い。全然違う。落ち込むときがあるのは「うつ状態」で、何かほかに原因があって落ち込む状態がある。


アスペルガーといえる部分もあるが、完全にそうではない。ある面では非常に重なるが、ある面では全く違う。

 

もう成長してしまったから、成長の過程で影響された部分もある。

 

結論: 診断は出ず。
      光、色、音への敏感さをなくす方向

 

これまで見たことがないような突飛なパターン、というのは、その後、別の心理カウンセラーさんに受けた箱庭療法でも言われたのでした。。。

 

2004年、大学病院での診断を機にADHDから離れる

2004年、引っ越し先の病院の紹介で、大学病院であらためてADHDかどうかの検査を受けました。

 

そこで検査を受ける前に言われたのは、「100%発達障害だ」「100%発達障害ではない」と検査結果で客観的に診断できるようなことは、どの病院でもないこと、つまり客観的に診断することは不可能であることを知っておいてほしい、ということでした。この検査はただ、普通ならこのパターンをとるけれど、このくらいずれている、というように見るものだということでした。

 

脳波を測定したとき、用紙にslightly abnormalと記されていたのがチラッと見えました。検査技師の人に「この分かりづらい検査室までよくひとりで来れたね!道に迷わなかった!?」と聞かれました(わたしの方向感覚のなさを脳波から分かってくれた・・・)。

 

でも、その他の検査も含めて総合的に判断すると、発達障害の範疇には入らない、との診断でした。

 

発達障害は、黒と白に分けられるのではなく、その間には広大なグレーゾーンが広がっているのだそうです。だから、わたしは、診断上、ADHDでもアスペルガーでもなくて、言うならグレーゾーン、もしくは軽度ということになります。

 

その結果が出た後、私は発達障害という概念から離れることにしました。

 

「私はADHDだ」という考え方はわたしを救ってくれるどころか、、、、、傷つくことばかりだったからです(そもそもバカ正直にカミングアウトしちゃうところが発達障害的でありアダルトチルドレン的な問題だったのですが・・・・・・)。

 

「問題」はなくなった

それからもう10年以上、わたしは、「ADHDではない」けれど、その傾向を自認して共感を覚えている人、として暮らしてきました。

 

自分のADHD的特性が特に問題になるような環境を避けたのもあるし(そういう環境に入っても続かないだけですが)、人慣れ、世間慣れする中で、前は気にしていたことを気にしなくなった、というのがとても大きいです。

 

それに、わたしの特性自体は変わらなくても、表現方法で結構変わることが分かってきました。

 

たとえば、「ADHDだから忘れ物が多い」とか言うと、病気のせいにするな、って反感を買うけれど、「ものすごく気をつけているのだけど、どうしても忘れ物が多くて」と言えば、笑って許してもらえたりするのですよね・・・・・・。

 

「できない」のは脳のせいだよ、って診断が出れば、私のせいじゃない、って思えるんじゃないかと思ったけど、病院の診断は、わたしを発達障害の範疇に入れなかった。

 

だから、自分の特性自体を変えようとするんじゃなく、特性を防止するための手段は講じたうえで、もし失敗してしまったとしても、できるだけ人をいらつかせない、人に受け入れられる方法を工夫することに、努力の方向を変えたんです。そうすることが、ありのままの自分を肯定して、自己価値を上げることにもつながる気がしました。

 

それに、症状自体、自分のフィールドや道具を工夫することで、大きく軽減されるのです。基本的にはマルチタスクが苦手だけど、自分の家の台所であれば、少しのマルチタスクはできる、とか。普通の人と同じように荷物を持ってると90%忘れてくるけれど、カバンを工夫していれば大丈夫、とか。

 

そして今、のりこさんのセッションを受けて

その中でののりこさんのセッション。

 

のりこさんには私のADHDの自覚についてまったく伝えていないのですが、テーマとしてあがってきたことのひとつが基本ADHD的で、少しアスペルガーの要素もある、わたしの脳の特性の調整でした。。。。。。

 

その特性があることにはもちろん驚かないけれど、今さら、というか、うーん、なんというのだろう、、、、、私のできないことも含めて自己肯定するのだ!おー!と気合いを入れて(笑)向かっていた先に、あったのが、あ、脳が活性化してないですね、調整しましょう〜だったというのが、もう。

 

こじらせすぎて素直に受け取れないというか。2001年の私を現代に連れてきて代わりに受けさせてあげたいというかなんというか。

 

もちろん、のりこさんは医者ではなくヒーラー(キネシオロジストという方がいいのかな?)だから、ADHDかどうかの診断をするわけではないけれど、筋肉反射で脳のさまざまな部位の活性化の程度(その人がもともと持って生まれた青写真に対して何%活性化されているか)を読み取ってくれて、そこからわたしの脳の特性が立体的に浮き彫りになってくるのです。

 

のりこさんが筋反射を通して伝えてくださった、私の脳の状態や私のやりがちな行動(〜ということある?)は、2001年頃、ADHDっていう概念を知った直後の私が感じた「わたしを分かってくれた!」という癒しそのものでした・・・・・・。

 

分かってほしかった

わたしはただ分かってほしかったのだと思います。

 

本で「ADHD」という概念を知って、これは、私の意志の問題じゃなかったのかもしれない、と思ったとき、心に差した光明。ADHDと診断を受けることで「私は悪くない、悪いのは脳だ」って思いたかったんだと思っていたけれど、それ以上に、「それは大変だったね」と分かってほしかったのかなぁ。


「できるのが当たり前」とされていることを、ものすごく頑張ってやって人並みに見せていたのに、家族はもちろん、医師にも、誰にもそこを認めてもらえなかったのがさみしかったのかな。

 

だから、脳波の検査技師の人の「ここまで来るの大変だったでしょう!」っていう些細な言葉を今でも覚えているのかな。

 

本当は、診断上ADHDかどうか、だなんて、大したことがないのですよ。だって、大学病院の先生がおっしゃってくださっていたように、客観的に100%あなたはこれです、って言えるものではないのです(それに、私はコレについて薬を飲むつもりはもうないので、診断が出たってあまり意味がないし、対処方法も慣れてきて、もうこれ自体が一生なおらなかったとしても日々の生活に大きな問題はない)。

 

こんなにも自覚があるのに、「本物の」ADHD枠には入れてもらえないんだな・・・・とグレていた部分が、自分の中にあったみたい。

 

まさに、発達障害的な特徴でもある「白か黒か」という二元思考にとらわれていた部分もあったのだな、と。私は発達障害なの?そうじゃないの?って(笑)

 

そしてそれはわたしがこんなに頑張ってるのを認めて!っていう承認欲求でもあって。

 

のりこさんが普通にADHD的(基本ADHD的、少しアスペルガー的)な脳として見て、調整をしてくださったことで、その調整による変化は自分ではまだ分からないのだけど、抑圧されていた承認欲求が満たされたのだなぁ・・・と思います><

 

ほんとうは、自分で、辛かったね、って承認してあげればよかった。他の人(親や、周りの人や、医師)に承認を求めるんじゃなく。


診断から外れたときに、一生、これで生きていく!と決めたんですよね(また極端な・・・^^;)

 

わたしは一生、この特性とつきあっていく覚悟だったよ。だから、その制限外せますよ!?外しちゃいましょう〜♪ってなって、戸惑ってるのだと思います。

 

「正しい」答えがほしかった

と一旦まとめたのですが、今、この記事をUPする時点で思うのは、「自分の外からくる情報が正しい」という思い込みのために戸惑い、混乱していたのだな、ということです。

 

本を読んで(本は外からやってきた情報)「ここに書いてあるのはわたし!これで説明がつく!」って思ったその感動と共感は紛れもなくわたしのものだったのに、「病気になろうとしている」とか「そんなのは誰でもあることだ」(外の人の意見)とか言われて、その感動はシュルシュルシュル・・・と縮んでしまい、じゃあ、病院の診断(外の、権威ある意見)が出れば、私はそう思ってもいいのでは、って承認を求めたのですね。それでも診断は出なくて、ADHDではない、って解釈を採用して。で、10年以上経って、のりこさんの筋反射を通した解釈ではADHD的と出てハッとする・・・・・・

 

それだと、変わらないわけですよ。誰に聞こうと、どんな風に言われようと、たとえ分かってもらえても、外からの判断に委ねている以上、変わらない。

 

それは、病院の診断だけでなくて、カウンセリング、コンサルティング、スピリチュアルなリーディング、占い、友人との会話、家族の意見、とにかく、人から何か言われる機会すべてに言えることですね。いろんな人がいろんなことを言います。キネシの結果もそのひとつ。自分の潜在意識が言っていることを通訳するといっても、やっている側はそのつもりでも、他者を介する限り、そして「あー本当にそうだよな!」って心底腑に落ちない限り、「外」ですよ・・・。

 

いろんな意見を参考情報として役立てるのはいいんだけど、それが自分の思いよりも正しい、として受け入れると、ますます自分が分からなくなります。

 

たぶん、私の「わかってほしい」は、もともとは、「私が思ったことは正しいよね???」だったのです。「正しいよ」「いや違う」どちらを言われても、混乱しました。

 

結局、「わたしが自分をどう見るか」に他人のお墨付きなどいらない!のですね。わたしは自分を見たいように見ていい。仮に「間違って」いてもいいのですよ。人はひとりひとり違うから、ある人から見たら正しいし、ある人から見たら間違ってる、それが”正しい”あり方なわけですから。

 

その「正しさ」へのあくなき追求自体が、アスペルガー的傾向だったとも言えるわけですが。うん、こういうひとつひとつの情報や気づきを得るたびに「あら、正しさを求めていたわたし間違ってた!」って自分を変えようとするパターンがまさにそれですわ^^;;;

 

 

「正しい」答えや情報が現実を解決してくれるわけでもない

何かに名前が付くのって素敵なことです。名前がなければ、ああいう感じで、こういう感じで・・・って長々説明して「あ!いるいる、そういう人」ってやる必要があるけれど、一言で言い表せるわけですから。

 

ADHDって名前を知って、「私はこれだ!」「これで説明がつく!」と興奮しました。

 

結果的に、診断は出なかったから「私はADHDです」とは言えないわけだけど、実際問題、診断されること自体では問題は解決しないと思うのです(解決法として薬をつかう場合には診断が必要ですが)。

 

「ADHD」は、わたしの特性をうまいこと形容してくれている!!!という気づきは、他の人はしていない工夫を積極的にするように促してくれました。

 

目が悪い人が裸眼で強引に見ようとするんではなくて、いや、自分は視力が弱いのだから、と気づいてメガネを使うという感じです。高い視力が必要とされるような場面は避けて暮らせば、何の問題もないかもしれません。

 

わたしが自分でやってきた工夫自体は効果が出ていたし、それは発達障害という概念を知らなかったら、やれていなかったかもしれないことです。

 

つまり、わたしは診断は出なかったけれど、その概念は取りいれて現実に適応させてきたわけで、結局、うまくやってきたらしい、となるのですね。

 

何に悩んで、何と闘っていたのか、それもよく分からなくなってきました。でも、それもそれでOKなのだと思います。

 

のりこさんによる脳の調整によって何が変わったか、というのはまだ現実との絡みでは体感していないのですが、エネルギーレベルでの変化と現実的変化にはタイムラグがあるものだし、さらに、本人の体感として見た場合、「本来の自分に戻る」方向の変化は、大きく変わっていても実感がないことはよくあって、私がいま書いているこの文章も、私の意識では分からないけれど、調整の影響をすでに受けているのでしょう。でも、変わった!って体感は楽しいので、「あれ!?私ってこんなんだっけ!?」という気づきの瞬間を楽しみに待っていようと思っています。気づいたらまた書きます^^

 

Stars, Hoshino-mura, Fukuoka, Japan 星空、福岡県八女市星野村

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ツインフィボナッチ in 長崎、2016年11月21日に決定!

11月21日(月)に、またまた坂元 ひとみさんと長崎市内でツインフィボナッチ音叉ヒーリングをやらせていただくことになりました。すでにお問い合わせをいただいた方で予約が埋まりつつあるのですが、あと数枠、あいているようです。

 

これは、私が長崎市内で行われる連続講座に行くのに合わせて行っていたもので、その講座は11月が最後となります。このあとしばらく長崎に行く予定はありませんので、ご興味のある方はぜひこの機会にいらしてください。

 

時間・場所など詳しくは、ひとみさんにメールでお問い合わせください。

hitomi☆lightwaves.jp(☆→@変換して、メール送信してください。)

 

 

ツインフィボナッチは、クライアントさまお1人に対して施術者2人で両側から音叉をあてていく、特別なフィボナッチ音叉ヒーリングです。

これまで「ツイン」フィボナッチについて書いた記事

ご参考にどうぞ。

2016年5月:ひとみさんとのツインフィボナッチ@長崎風水庵

2016年8月:ツインフィボナッチ

 

記事にしていないのも含めれば、ひとみさんとのツインフィボナッチはもう何回目になるのか、分からなくなってきました^^;毎回、毎回、感じるのはその神聖さです。

 

クライアントさん対施術者という1対1の関係ではなくて、クライアントさんひとりに対して施術者2人という、「3人」という場が作り出す、何かがあるのだと思います。

 

そもそもフィボナッチって何?という方へ

ひとみさんのHPはこちら。フィボナッチとは何かが、そもそも音叉ヒーリングとは何かというところから、とても分かりやすく解説されています。

フィボナッチ音叉セラピー|ライトウェーブ/長崎

 

ちょっと時間が経っていますが、私なりにフィボナッチを説明してみた記事

フィボナッチプロセスとは? - The Fibonacci Process

 

えりこ単独でのフィボナッチセッションのご案内はこちら

☆フィボナッチプロセス音叉ヒーリング(遠隔・福岡対面)のご案内

 

 

のこのしまアイランドパーク Nokonoshima Island Park

 

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スピリチュアル美容院Webサイトのデザインを改訂しました <その2>

スピリチュアルな美容室「やなぎの木」のサイトを再び部分リニューアルしました!

今回は、美容メニューページとサロン案内ページです。

えりさんからのヒアリングを元に、文言の書きおこしも行いました。

 

美容メニューページ(http://www.yanaginoki.com/menu/

メニューページのキャプチャ画像

 

 

サロン案内ページ(http://www.yanaginoki.com/concept/

 

サロン案内ページのキャプチャ画像

 

今回のデザインのポイント、というよりも、デザインに込めた願いは・・・

 

「ここぞ!」というときにだけではなくて、もっと気軽に、もっと力を抜いて、ご来店いただけたら、という思いです。

 

そのために、スピリチュアルカウンセリングは行わない、ヘアの施術がメインのメニューも選べるようになりました。

 

これまでは、美容施術メニューにスピリチュアルカウンセリングがセットで付いていたので、根本的な変容を望めるものの、投資額も普通の美容院のそれよりはずっと大きくて、ご来店には気合いがいったはず(私もそうでした^^;)。

 

でも、みんながみんな、毎回髪を切るタイミングで、自分をしっかり見つめたくなるとは限らなくて、ただシンプルに髪を整えたいタイミングだってあるよね、と。

 

もちろん、そこはシャーマン美容師えりさんの施術なので、スピリチュアルカウンセリングなしとはいっても、通常の美容院とは一味違うのですが。

 

え?どう違うの?と、そのあたりについて詳しく説明したのが、サロン案内のページです。

 

もともと、このページを改訂する予定はなかったのですが、スピリチュアルカウンセリングあり/なしのメニューができた、ということは、、、、「スピリチュアルカウンセリング」って一体何なの?スピリチュアルカウンセリングあり・なしで何が変わってくるの?ってことをはっきり分かるようにしなければね、というえりさんとの会話から、このページの内容改訂が決定しました。

 

コンセプトは「普通の美容院とどう違うの?」です。もともと美容院という空間(特に美容師さんとの雑談><)が大の苦手だった私が、たくさん質問をさせていただき、えりさんに徹底的に答えていただきました。

 

ぜひお読みください!→やなぎの木とは(普通の美容院とどう違うの?) 

 

やなぎの木のやなぎえりさんから、嬉しいご感想をいただきましたので、ご紹介いたします♡

 

前回、今回を通してHPを作っていただきながら、「私の”やりたい”を叶えていただけることで、その結果を味わう」という、最も望んでいる結果はこれなのか〜と学ぶ=人生の醍醐味のようなものを学び取り楽しむ ことに喜びを感じています。


えりこさんにしていただいているからできることだな〜と感じます。


商業目線を持ちつつ、純粋にクライアントの希望を叶えていくえりこさんの姿勢は、一般的なHPづくりのあり方(売上に繋いでいくこと)の盲点である、自分が納得しながらPRできる=真のその人のエネルギーでクライアントと繋がるHPなのではないかと感じています。


えりこさん、素晴らしい!!!〜〜♡♡♡

 

また、以前お世話になっていたWebデザイナーさんと比べた視点でのご感想もいただきました(抜粋)。

 

●他のウェブデザイナーさん:
専門用語など、説明される言葉(ワード)そのものが専門用語(?)で理解できない。また、相手が伝えてくれていることに対し、私がイメージできないまま話が進んでいく。

 

○えりこさん:
私が理解できるようにお話してくれた。私が伝えたいことをえりこさんがわかるまで聞き直してくれる。私とえりこさんの不一致(ここを感じ取る能力高し!)が発生したときは、その都度確認をしてくれる。

私がイメージできるように段階を追ってプレゼンしながら決定していってくれる安心感。
私が「理解しているかいないか」を感覚でわかるのだろうなー、えりこさんは。
なので、話にズレが起きないの。これは安心感が増すに決まっているよねー。

 

●他のウェブデザイナーさん:
HP完成後、HPの設定を編集するなどの時のフォローが薄い。ペラリと1枚紙を渡され、ここにこの情報が載っているからね、という感じ。私が編集の知識があるならできるであろう内容だと思うが、私にはどうしたら編集できるのかが全くわからなかった。

 

○えりこさん:PDFを送ってくれて、私がやりたくなるだろうことを想定して、このときはこうしてね、というわかり易い例を上げながら説明書をつけてくれた。それを見ながらなんとかできる!

これには大助かり!!自分でちょっとした編集ができるのは必須。

 

私にとって学びになったデザイナーさんがあったからこそ、この方(えりこさん)だ!と思えたのかもしれません。

 

えりこさんは私からやってほしいとお願いしたのがきっかけでお世話になっておりますが、奥行きを汲み取るチカラ。言葉や文章など、人がアウトプットしたものを表面だけで捉えるのではなく、奥にある気持ちまで、全体を深く理解してHPに反映してくれるところがスゴイ!

この翻訳力(?)は素晴らしい!!

 

文章や写真、絵などの物理次元で『思い」を表現するのがすごく上手。

やっぱりスピリチュアルなウェブデザイナーさんなのだ!と確信します!!

 

そしていつも感じるのは、私の立場に立って居てくれるということ。
私がわかるように、私がやりやすいように、私の思いが反映されるように・・という気持ちが伝わってくる。
すごく安心する。

 

私、安心したいのかな(笑)
そして、えりこさんのセンス、好き♡
可愛い♡

 

という風に感じています。
また、よろしくお願いしますm(_ _)m

本当にどうもありがとうございました!

 

やなぎの木 Webサイト:http://www.yanaginoki.com/

やなぎの木 公式ブログ:http://ameblo.jp/mezase6jigenn/

 

 

Webデザインは、「かやの森 鈴」という名前でやっています。

Facebook:https://www.facebook.com/suzukayanomori
Webサイト:http://kayano-mori.com(準備中、現時点ではJimdoサンプルを兼ねた仮サイトに飛びます)

 

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消滅願望の終わり

この1か月間で、私には、とてつもないことが起こりました。

 

9月末に近づいたある日の明け方ですね(まさかこうなるなんて思わなかったからメモも取っていなくて覚えてない)、目が覚めてみると、胸にヒューヒューと今まで感じたことのなかった風が通っていました。あれ?何か呼吸がラクで、カラダも軽い気がする・・・?

 

そのときは何が起こったのか分からなかったのですが、その日から、生きることが、ラクになり続けています。

 

急に変わったというよりは、実際の生活の中で「あれ?わたし、こんなことできたっけ?」「こんなにラクだったっけ?」という発見の日々が、今も続いている感じです。

 

根本的なところで、何かが抜けました(不思議と、新しい能力が加わった、という感じはしません。障害になっていたものが取り除かれた感じ)。

 

その「抜けた」性質は、わたしが、ADHDとかアスペルガー的性質だ(だからどうしようもない)、と自分で見ていた部分と、かなりかぶっています。

 

生きていていいと思えるようになり、マルチタスクがある程度可能になり、自分の予定を見渡してある程度前もって行動を起こすことができるようになり、だから仕事するのも遊ぶのも楽しくなり、、、また身の回りのことに関心が芽生えはじめ、その結果として、雑誌やTVをある程度楽しめるようになり、人との会話もある程度楽しくできるように、なりました。

 

あえて「ある程度」と書いているのは、その度合いが、今も少しずつ進んでいるので、パキッと1か0で変わったんじゃないよ、変化の完了地点が存在して突然そこに到達したというわけではないよ、ということを強調したいからです。

 

何より根本的なのは、「消えたい」「いなくなりたい」と思わなくなったことです。誤解を受けるので、これまでおおっぴらに書くことはありませんでしたが、物心ついたころから「いなくなりたい」と思っていました。

 

超重要な注意:「自殺」をしたいわけではありません。死のうとしたこともありません。私にとっては大分違うことです。


誰も傷つけることなく、この世からスーッと消えられたらいいのに、いや、もう最初から存在していなければいいのに、とつい思ってしまう、という感じです。わけもなく、とにかくこの世にいるということが辛くて、いつ死ねるのだろう、と無意識にずっと思っていました。そうそう、むしろ、ホームシックに近いのだと思います。現実が居場所と思えなくて、常にどこか間違った場所に来ている感じ。

 

で、その部分は、いろいろな生きることがラクになってきても、ずっと、根本的には消えなかったのですね。思う頻度はかなり減っていたのですが。うつ病にかかって症状としてそうなったわけじゃなくて、物心ついた頃からある感覚だからですね。

 

前回の記事に書いた、宮岡和宏先生のタロットセッションで相談したことも、一言でいえば、これでした。わたし、現実を楽しめないんです、ということです。いろいろやってラクにはなってきたけれど、まだ、現実に興味がもてない。ヒーラーとして活動しているのに、自分がこんなんでいいのだろうか?というのも、ありました。いただいた素晴らしいアドバイスは、ブログには結局まとめられませんでしたが、最近の宮岡先生のブログの「生きづらさの肯定から観る。」という記事がそのエッセンスと少しかぶっていたのでご紹介しておきますね。

 

***

 

で、先月末、それが消えたのですよ・・・・・・。

 

生きづらさが消えたというよりは、とにかく、私が生きることを阻んでいた何かが、消えたのです。

 

消えてみて初めて、これまで、私の世界の中がいかにノイズだらけだったのか、知りました。生きることに前向きになれない。底なしの無気力が底流を流れ続けている感じ。頑張ろうとしても足をすくわれる。いとも簡単に無気力に落ち込んで出てこれない。あの沼に半分浸かっているような感覚は・・・・・・普通は!?ないものなのか!?という。

 

(そういうことを言うと、「誰でもそうだよ〜」って感じで言われることも結構あったのですが、私からするとだいぶレベルが違うところで共感されている感覚でした)

 

何かをやろう!と決めては、できなくなってしまう、というパターンを繰り返してきたけれど、、、ADHDだからだと思っていたけれど、そこが取り払われてみると、ああ、、、これのせいだったのか、と思います。

 

「これ」の正体は具体的には特定できてないのですが・・・・・・

 

*****

 

とにかく、生まれてからずっと抱えていた、これからも死ぬまで共にすることを覚悟していた生きることへの違和感が薄くなったのですね。

 

そのインパクトは生活のあらゆる側面に及んでいて、今まで苦痛だった翻訳がかなり淡々とできるようになりました。

 

もうね、これは、信じられないことなんですよ(フィボナッチ音叉ヒーリングをあれだけ受けても、すぐには変わらなかった部分。もしかしたら、これはタイムラグありでのフィボナッチの効果でもあるのかもしれません。それ以外にもたくさんの試みをしてきたので、もう分からないのですが)。

 

ちょっと前に「もう大きい案件は受けない」と決めたものの、たまたま、10月はそこそこ大きい案件が入っていました。そして、「あれ?私できるんじゃない?」と思い始めた途端、なぜかどんどん入ってきて、断っても断っても、この案件の納期はずらしますからこれを先に、みたいな感じで、気がついたら専業翻訳者時代とほぼ同じ分量をやっているのですが、自分を破壊することなくできています。

 

自分が変わったかどうかって、自分を動かしてみないと、やってみないと、どう変わったのか、分からないですから、ちょうどいいサンプルがあったようなものです。


同時並行でデザインの案件も進んでいて、ヒーリングもちょこちょこやらせていただいていて、習い事もある、という状況で、それを見渡して予定を立てたりできているんですね〜。まぁ、かなりギリギリですが。


今までは、「翻訳をやらねば」となったら、その沼の中にいるしかなかったのです。意識を振り分けることがどうしてもできなくて。でも今は、納期が迫っていても、予定を見渡して、スキマに別のことができる。本とかも読んだりできるようになったんですよ!

 

とにかく、世の中の人は、これをやっていたのかーーーーー、という感動です。

 

あ、翻訳専業に戻るっていうことではないですよ、念のため。でも、嫌だ、逃げ出したい、消えたいって感覚は本当になくなりました。納期前は確かに辛いけれど、ただの労働そのものの辛さです。

 

見える範囲が一気に広くなって、そのとき没入している対象以外にも、常時全体を見ている「自分」という一本の線のようなものが出現したのが、この1か月の大きな、大きな変化だと思います。


これまで、常に私である私はこの世界にいなくて、ところどころの没入の中に今が断片的にあるだけで、すべてが自分の中をただ通り過ぎていくというイメージでした。

 

でも、今は、自分が何をやりたいのか、自分が何を感じているのか、自分で感じ取れるようになった気がします。

 

わたしは、ずっと、ずっと、スピの探求を通して、ここに到達したかったのだと思います。

 

スピの言葉でいえば、「グラウンディング」というものでもあるのかもしれません。

 

でも、これは、「自分の感覚を感じよう」とか「グラウンディングしよう」いう努力や気合いでできることではなかったと思います。本当に見えなかった。見えないものは、わたしの世界では存在しませんでした。

 

コスモス*のこのしまアイランドパーク Cosmos - Nokonoshima Island Park

 

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