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福岡&遠隔でヒーリングもやっています

願望というもの

これを書くぞ!って思うところまでなかなかアイデアがまとまらなくて、それを待っていると、どんどん通り過ぎてわけわからなくなるので。

 

なので、今日は、ちょっと趣向を変えて、まとめることは放棄して、ただ「今」を外に出すだけの書き方をしてみようかな、と。

 

30分のタイマーをかけました。

 

昨日はとても嬉しいことがありました。まさに「願いが叶った!」というやつ。

 

これは先日スピリチュアル美容師えりさんといった神社でお願いまでしていたような大きいやつなので(あ、私は神社でほとんど「お願い」することがありません、だってそんなに願うことがないので(汗))近々お礼にいってこなくては。

 

そういえば、「願い」とか「欲」とか「願望」とか「お金」について最近興味があります。

 

生命の樹の本のことは「マインドマップと(カバラの)生命の樹(22日間のワーク、始めます!)」の記事にちょこっと書きました。

 

で、この本、

正直なところ、筆者というよりは、主に編集の方との相性が合わないんだと思うのですが、(これを読んだ時点では)どうにもこうにも「合わない」本でした。なぜそこをそう書く!なぜこういう構成にした!となってしまうw

 

こんなことを書くと非難しているように思われるかもしれませんが(だから、私はこういうことをブログに普段は書きませんが)、あんなに素晴らしい『ニューアース』の朗読が全然聞けなかった件もありますから、この違和感も、「今、私がそういう状態だ」、ということを示しているだけと受け取っていただければと。

 

わたしが合わなかった理由は、これから書くように、たぶん少数派の観点なので、合う人には合う本だと思いますよ!

 

私が最近書いた記事の中で、私が特に気に入っているのは「「やりたいこと」神格化現象の中で」です。やりたいことがない、無気力なあの感じを、よくこめることができたと自画自賛しているのですが、これに対する答えを、まだ書ききった気がしていません。先日書いた続きは、自分の中で満足できていません(それが最近の問いのひとつでもあります。もうあの状態から脱してしまったので、完全に忘れてしまう前に、つながりがあるうちに、どうやって脱したか、あれは何だったのかなどをまとめたい・・・)。

 

で、↑の生命の樹のワークブックは、そういう「やりたいことのなさ」に悩む人の思考回路とは対極にある視点から書かれている(ように私には思える)んですね。

 

この本の要旨をざっくり言うと、筆者は、「引き寄せ」がうまくできるようになるためには、まず「受け取る」ことができる必要があって、「受け取る」チカラを育む不思議な力が、生命の樹にはありますよ、ということを言いたいのだと思います。なので、そもそも、「引き寄せ」たいと思っていない人への配慮がないですw

 

という形で、わたしの中に違和感が意識されたことで、わたしが、内心、「引き寄せ」を嫌っていることが浮上してきました。

 

いわゆる、ブロック的なものですね。

 

というよりも、「欲」「ほしい」的なものの扱いが苦手?まさしく第二チャクラマターですねw

 

これまで本気で願ったことは大体叶ってきたので(叶った願いは、叶う前からそうなる予感がしていて、ほんとにそうなったらめっちゃいいよね〜、わあ、なった!って感じなので、「引き寄せ」と言えるかどうかは?)、わざわざそんなに叶えたい、とかほしい、と思う気持ちが分からん、という感じだったのですが、、、、

 

もしかして、今から未来にいたる流れの中で自然に浮上してくるイメージ、とは違う、「今」とは接点がないように思える「願望」を普通は願うものなのか!!!?という。

 

そのあたりが、結構、わたしにとって、最近の新発見なのだと思います。

 

で、今回、それをあえて「やってみた」、そして叶ったんですね。というのは、昨日叶ったのは、↑の本が届いてすぐに描いてみた生命の樹に書き込んだ「願い事」だったから。22日間のワークは新月前夜から始めるようになっていて、それはまた別のことをやっているのですが(今ちょっと中断中><)、本を読んだ直後にとりあえず作ってみた願望の生命の樹が、叶ったわけです(でも、正直、叶うイメージはそもそもありましたがw)。

 

ちょっと、言いたいところまでいけてない(なんだか、私が、何でも叶って何不自由ない生活しているような人になってしまっている・・・そうじゃなかった!(そうだと思いたかったけど!)そこをほんとは書きたい〜)のですが、30分経ったので切ります!

 

今日たまたまみつけた、森の中にいるとしか思えない動画。

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俯瞰的視点とヘリオセントリックな占星術と「らせん」

わたしが今、もうひとつ興味があるのは「見る」ということ。

 

そのテーマ自体については、まだまとまっていないので、今は書かないけれど、「見る」からには、どこから見るのか、視点をどこに置くのか、がまず、最も重要ですね。同じものでも、どこから見るかによってまったく違うものになりますから。

 

それについて、わたしに大きなヒントを与えてくれた、もうひとつの無料講座がこれでした。

 

星と心がつながる講座 (by 森野御土日古(もりのおとひこ)さん)

 

従来の西洋占星術(地球中心=ジオセントリック)とは違う、太陽中心(ヘリオセントリック)の占星術の動画講座です。

 

まだ、受けている途中なんですけどね。

 

ジオセントリックからヘリオセントリックへ、ということは、視点としては、「地球中心」から「太陽中心」への移動です。

 

で、「太陽中心」といってイメージするのは、こういうモデルではありませんか。私はそうでした。

via GIPHY

 

でも、実際には、こういうふうに、らせん状に(!!!※)、太陽系ごと、銀河系を移動しているんだそうですよ(さらに、その銀河系自体も移動しているらしい)。

※縁あって使わせていただいているフィボナッチ音叉も「らせん状」の幾何学図形を音で描くものですから、私にとってはびっくりマークがつきます〜!

 

 

あまりに見事すぎるので真偽を疑ったわたし(思考優位ばんざい!(笑))はすぐにネットサーチし、この動画は正確ではない、との批判も確かにあったので、とりあえず、ブログに書くのは保留していました。

 

有名な批判ブログ:

Vortex motion: Viral video showing Sun’s motion through galaxy is wrong.

日本語訳もあります:

違う、太陽系は渦巻きではない [BAD ASTRONOMY翻訳記事]【勝手に修正版】

 

この批判のポイントは、大きく分けると2点。

 

・太陽が惑星を先導しているかのように、太陽が惑星よりも前方に出て銀河を回っているように描かれているのはおかしい

――実際のところ、ビデオによってはそうなっているものもあるけれど、そうなってないビデオもある。

 

・太陽を垂直に周回するように惑星が描かれているのはおかしい(実際の惑星の軌道は、90度ではなく60度で傾いている)

――ああ、それはそうかも。

 

でも、角度は違うかもしれないけど、太陽系が銀河を動いているのは事実だし、その軌道が「らせん状」なのも事実なのでは?私を含め、一般の人にはそこが新鮮だったのではー、というのが、その時点のわたしの感想。

 

(「helical」=「らせん」と「vortex」=「渦」をごっちゃにしているのも、専門家からのツッコミのもとになっていたらしいですね。らせんと渦とは、科学的な定義上はまったく違う現象だと・・・でも一般的な言葉のイメージとしては、らせん=渦巻きですよね〜わたしは厳密なところは分かりませんが)

 

でね、今調べて知ったんですが、なんと、先の動画の作者さんは、その批判にぜーんぶ答えているんです!

60°の件についてもちゃんと答えています(たしかに、どこから見るかだけの問題だ!)。

Solar System 2.0 & Science Friction | DjSadhu.com

 

そして、それを受けて作られたのがこの新しいビデオ。

 

 

本質的に、イメージは変わっていないですよね!

 

そういうわけで、わたしもアタマがカタイ一人としてこの一連の流れを説明しなくてはおさまらなかったのですが、そこが言いたかったわけではなく。

 

ん、で何が書きたかったんだっけ(笑)

 

そう、森野さんのおかげで、太陽系の新しいイメージを得ることができたってことです。

 

単に地球視点(見上げる)から太陽視点(見下ろす)になるだけでもすごく大きいんですよ。

 

そのあたりの視点移動については、最近、地球暦というものを買ったんです。

太陽系時空間地図 地球暦 HELIOCOMPASS(写真はお借りしました)

地球暦

 

これは、太陽系を「見下ろす」視点をイメージしやすくするツールなのだと思います。

 

でもね、これだけだと、一年経ったら、また同じところに戻ってくるような感じがするじゃないですか。

 

さっきの動画で見たように、太陽系そのものが宇宙が旅をしている存在で、今この一瞬、私たちがいるこの場所に、戻ってくることはもうない、、、進み続けている存在だと考えると、そしてその進みはらせん状なのだと考えると、地球、自分、そして今このときへのイメージが大きく変わりませんか。

 

そして、その宇宙レベルの視点の変化は、確実に、現実レベルにも影響を与えるのです。

 

外に見ることは、内に見ることだからです。

 

今、そのあたりを考えるのがマイブームです♪

 

※森野さんの星と心がつながる講座も、昨日書いたわたしの「惑星音叉の使い方を教えて!!!」という問いに対する答えのひとつと受け止めていて、今、森野さんの有料講座も受け始めたところです。

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外からの「情報」は答え合わせ

自分で考える

→こういうことか!と理解する・気づく

→それと同じことを本で読んだり、人から聞いて答え合わせする

 

っていう順序で起こることが、最近、多いです。

 

自分では、ずっと、逆の流れだとばかり思っていたのに。

本を読むことで、新しい発想を得て、自分なりにやってみて、考える、の順だと思っていたのに。

逆なんですね・・・

 

本や、人の言葉は、新しいことを学んだり、新しい境地に触れるためではなくて、自分でたどりついた理解の答え合わせ+αにつかう・・・そんなイメージです。

 

もしかしたら、私は特に、誰かに答えを教えてもらうんじゃなくて、体当たりで、実感して、自分でつかみ取りたい、という気持ちが強いタイプなのかもしれませんが、、、

 

この「流れ」について最初に「ん?」と思ったのは、はっしーさんの本のワークを最後までやったときだったと思います。

 

この記事を書いたときは、眠くてそこまで書き切れなかったんだけど、本当は、このとき、ワークそのものの成果以上に、印象的だったのは、そのほんの少し前に気づいて「やりたいことなんてなくていい」という記事にまとめたばかりのアイデア(やりたいことがない、っていうのは、「やりたいこと」を大きく捉えすぎていただけなのでは、という気づき)そのままが、あのワークブックの最後の方に書かれていたことでした。

 

最近では、​マインドマップと生命の樹って似てるよね〜♪という気づき(この記事参照)から、「生命の樹」に一気に親近感がわいて、気づいたらマツキヨさんの本が読めるようになったわけですが、マツキヨさんのパスワークの本(この記事参照)の後書きに、この本はマインドマップ(iMindMapというソフト)をつかって書いたと書いてあるではないですか。

 

これは別に、マインドマップと生命の樹との関係を言っているわけではないので、厳密にいえば違うんだけど、先の記事に書いたメッセージ(枠組みを使えば今見えてない領域を扱えるようになる)は、まさに、タロットのパスワークの発想でもあるということが分かりました(「何も道具がないと、偏ったところばかりを探索することになります。……今まで全く馴染んでいなかった、それがあることさえ知らなかったという「道」を、このパスワークの中で見つけ出すことができると思います。 「あなたの人生を変えるタロットパスワーク実践マニュアル」 p25)。

 

こうやって、現実レベルで見つけたり、再確認したりする、その「答え」なるものは、私の「問い」ありきで、返されてきているもの、という感覚があります。

 

自分が問うたもの――別の言葉でいえば、教えてほしいと願ったもの――について、タイムラグがあっても、答えがもたらされているようです。

 

そういう意味で、自分の発信が最初なのですね。

 

『A New Earth』の朗読が長い間、見事に馬耳東風だったのも、その時点では自分の中で対応する発信(問い)がまだなくて、キャッチできなかった、ということかもしれません。

 

わたしの発信も、複合的で、無意識なのもあって、おおもとの「問い」は自分でもこれとは言えないけれど、今今、降りてきているたくさんの答えは、具体的レベルでいえば、「この惑星音叉たちを使いこなせるようになりたいです!惑星音叉の使い方を教えてください!!!」と、惑星音叉を手にしたときに強く願ったことに、端を発している気がしています。

 

惑星音叉を手にしたのが4月30日。その間、約2か月(去年手にした惑星音叉は地球〜月までのみで、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、キロンの周波数の音叉を手にしたのが2か月前)。

 

惑星音叉は、ただ鳴らすだけでもパワフルなんだけど、使いこなせばすごいことになる、と直感してるのです。まだ、今の時点では、使いこなせてはいないけれど、確実に惑星とお近づきになってきている実感があります。

 

マツキヨさんは、私にとって、星(だけじゃないなぁ・・・ほんとは)の叡智との仲立ちをしてくれる人のイメージなので、マツキヨさんの言葉が分かるようになったのは、第一段階として、とても嬉しいです。

 

他にも立てている「問い」や「願い」があります。

 

今、それについても同時に答えがきてて、それこそ、マツキヨさんの本に書いてあったりするんですよ!読めるようになって初めてそこにアクセスできるという。

 

本当に面白いです。

 

野河内渓谷(のごうちけいこく) / Nogouchi River Valley, Fukuoka, Japan

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チューニングの変化

大きい変化が起こっているときほど書かない、というよりも、書いてる場合じゃなくなるって感じですね。

 

また少し間があいてしまったので、余計、一体どこから書けばいいのか、、、

でも、「出す」必要性は、あいかわらず感じています。

 

とりあえず、生命の樹の22日間のワーク、始めます!と書いた件は、やっています。でも、前の記事に書いた生命の樹の本にあるワークというよりは、マルセイユタロットのパスワーク&お絵描きになってしまっていますwww

 

っていうのは、生命の樹に馴染んだら、急にマツキヨさん(松村 潔さん)の本がアタマに入ってくるようになった!!!んです!!!

 

マツキヨさんの本はこれまで、何冊も積ん読にしていて、パスワークの本もその中の一冊でした。

 

それが、ワークの初日、久しぶりに手に取ったら、すごく「分かる」ではないですか。完全に分かるとはいいません。でも、頭に入ってくる!!!これまでは、何か分厚い膜を通して読んでいるようだったのに、ちゃんと入ってくる!

 

おそらく、マツキヨさんが分かりやすくするために引き合いに出しているはずの図形(生命の樹など)に、私が拒否反応を起こしていたから、頭に入らなかったんでしょうね。。。

 

しかも、この本には、マツキヨさんが吹き込んだパスワーク用の音源(誘導瞑想&バイノーラルビート)もついていて、それが素晴らしい〜!そこからの気づきも一杯あるのですが、そこを書きはじめると終わらないのでやめておきます。

 

そんなわけで、この1週間は、毎日1枚、タロットのパスワークをして、絵を描いていました。

 

曼荼羅ではないけれど、まゆさんに教わったパステルの技法もどんどん試してます。画像アップもしたいけど、PCに読み込むのが追いつかないのでそれはまたいずれ。

 

で、毎日マツキヨさんの声を聞いていたせいか、マツキヨさんの別の本も読めるようになっていることに今日気づきました!嬉しい!

 

そして、つながっているような、そうでないような、でも私にとって大きい、今週起こったもうひとつの事件。

 

 

この本の著者本人朗読のオーディオブック、何年も前に買い、その間、何度聞き始めても、まったくアタマに入ってこなかった(意味のある言葉として認識できない、なんだかムニョムニョ言ってるだけに聞こえる、言葉として認識できたとしても今度は訛りが気になってしょうがない(汗)、眠くなる、止めたくなる)のに、、、たった数か月前にも聞こうとしてみて、ムリだったのに、数日前から、急に、スーッと入ってくるようになってました。

 

まだ初めのほうだけしか聞いてないけれど、、、、もう感動モノですよ!どうして、これが「分からなかった」のか不思議なくらい、すーっと心に入ってきます。

 

聞ける、読める範囲が一気に増えた、1週間でした。

 

なんだか、脳のチューニングが変わったような感じです。

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マインドマップと(カバラの)生命の樹(22日間のワーク、始めます!)

※さっきはあわてていて、編集したはずのものが消えたりしているものをアップロードしていたようだったので、後から大幅に書き直し、タイトルも変えました。

 

棚ぼたの日々。。。棚からぼた餅が落ちてきて、ぼた餅を食べていると、また別のものが落ちてきて拾う、すると、、、みたいな。

それが、あれこれ同時多発的に起こって、複雑に絡み合ってるんですね。もう、どんどんつながる。

 

すべて書くのはムリがありますが、今はちょっと情報が飽和気味で、出したい(ガス抜きしたい)気分です。

 

起こっていることはすべてが絡み合っていて、切り取り方によって全然ちがう話になるっていうことを先に書いておきますね。先に書いているから先に起こったわけではないです。便宜上、直線化しないと文章にならないので、そういう話の流れにしているだけです。

 

***

 

ここ数年は普通のノート(ページの最初から最後に向かって直線的に文章を書く)に戻っていたのですが、最近また、マインドマップをよく書くようになっていました。

 

マインドマップってこういうやつです(Flickrで適当に検索してきた画像)

マインドマップ

 

マインドマップは中心にテーマを表すイラストを描き、そこから放射状に木の枝(ブランチ)を伸ばしていきます。​詳しい説明はWikipediaなどで。これはパソコンのソフトを使って描いてあるけど、私はもっぱら手描きです。

 

 

 

話は変わりますが、先日、​パステルと曼荼羅の記事で書いたパステルの先生、まゆさんは、生命の樹カウンセラーでもあって、そこから(そのあたりの経緯も面白いのですが省略してw)、カバラの「生命の樹」と出会いました。

 

カバラの生命の樹はこういうのです。

Tree of Life Kabbalah

 

最初、この本を読んだとき、あまりピンと来なかったんですが。

 

昨日偶然、別のことを調べていて知ったのは、カバラの生命の樹の図は、木としては、天地が逆の「さかさまの木」らしい!ということ。天が根っこ!地が葉っぱ!

 

ロバート・フラッドの「生命の樹」

ロバート・フラッドの「生命の樹」

 

今朝、マインドマップを眺めていて思ったんですが、マインドマップもまさに世界樹だなぁと。生命の樹と、、、似てる!!!

 

マインドマップのセントラルイメージは生命の樹の根っこの部分みたいだし、生命の樹はまるで1ブランチのみのマインドマップみたい。

 

ああ!カバラの生命の樹は、全体の構成、つまりブランチや分岐点が(覚醒のために!?)すでに最適化されている、一種のマインドマップだ!と考えると、私にはものすごくしっくりきました。

 

(どちらも「意識の地図」ですし。)

 

もともと、タロットのパスワークつながりで、ちらっと図を見たことがあるくらいで、全部の丸(スフィア)だけでも覚えきれないのに、なんでそれをつなぐ線の方が大アルカナやねん!!!などと思っていたのですが、マインドマップで考えれば、マインドマップにはブランチしかない、分岐点には名前もつかないし意識もしないわけで、大切なのは、むしろ、線のほうなのですね。

 

それは、「木」のイメージで考えれば、至極当たり前のことでした。幹や枝が途中で折れてるのに、その先の枝もしくは花や実だけあるって、ありえないですからw

 

マインドマップを習ったとき(山口佐貴子さんから。素晴らしい講習でした)、枝は書いちゃったけど、書くことが思いつかないから空欄にしとこう、っていうのはNGだと教わりました。枝を伸ばしたからには、必ず、潜在意識的にはそこに何かあるので、徹底的に探れば出てくると。

 

「生命の樹のワーク」はそういうことをやるのかもしれない、とおぼろげながら思っています。

 

つまり、普通、「見えない」ものは目指せないんだけど(普通に自由にかくマインドマップは、今見えている部分だけのマップ)、生命の樹の枠組みを活用することで、見えてないけど、ここに何かあるはず!として、視野に入れる、扱えるようにする。。。

 

で、強引に、何かあるはず、と思い、あるつもりで過ごしていると、あるとき「ハッ!」とつながったりするのでは。

 

つまり、枠組みを借りることで、今の自分よりも上の次元の自分で見る視点を手に入れられる、、、のかもしれません。

 

まわりまわって、さっきの本のワークはかなり良いかもしれない、と気づきました(汗)

 

というわけで、今日(新月前夜)から、↓の本にある生命の樹の22日間ワークを開始します。

 

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