sakura-blossom

福岡&遠隔でヒーリングもやっています

どうせつながってるこの世界で

最近は「書かない」ことの居心地の良さにすっかり安住していました。でも「今」を発信していることって大事かも、と思えてきたので、これから、ちょこっとずつ書いていこうと思います。

 

9月、10月とセッションは最小限にして、翻訳とWebに専念させていただいています。このままの状況だと、11月の予約もクローズするかもしれません。

 

でも、そんな生活の中で、実際のところ、「ヒーリング」が私の中で占める位置は、今までになく大きくなっています。「自分を癒すのは自分」という方向性がやっとしっくりきて、その方法を深めたい!と願ったら、じゃんじゃん情報を受け取れるようになりました。。。


そうなったきっかけは、クライアントさんとのやりとり。

 

「自分から」動いたときよりも、仕事とかで「向こうから」やってくる気づきのほうが大きい気がするのは気のせいかな。。。

 

そういえば、夏前から、出版翻訳の「リーディング(概要の作成)」っていう、私にとってまったく新しい仕事にも参入することになったのです。

 

仕事でなかったら手にとらなかったであろう本の一節に「はっ!」とさせられて、それまでの生活が一変したりして。自分ではどうにも解決できなかった問題が、あっという間に解決しちゃったわけです。

 

ヒーリングとは関係ない、どっちかというとIT系の本で、そんなことが起こる。

 

だから、ますます、ぜんぶつながっている、と確信。

 

私から見れば、私が無意識に発信した(求めた)ことの答えがそういうかたちで返ってきたと言えるし、クライアントさんは、私が「これはすごい!みんな知るといいよ!」と思いながら書いた原稿が受け取れるという。

 

ぜんぶつながって、循環してるんだなぁと。

 

それを止めちゃうのも「わたし」なんだけど。今も、いーっぱい止めてる。わかってる。わたしには止めるチカラもあるんだぞ!(笑)

 

どうせすべてつながってしまっているこの世界で、楽しく生きていくためには、何とつながるか、どうつながるかを意識することが大切なのだと思います。

 

こういうブログも、発信した瞬間に何かとつながるわけです。

 

それが重いなぁ、めんどいなぁ、と思ってしまっていたけれど、楽しくつながり、つながった方それぞれが軽く自由になっていくような方向性を、模索していきたいなと思います。

 

Kilauea Volcano and rainbow, Hawaii island

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生きていたくない人の隠れた願望

これから軽く更新をしていこうかな、という気分なので書きます。

 

ここ数か月、自分と向き合っていました。

 

願望というもの」を書いた頃から、自分の「願い」っていうものをどんどん突き詰めていったら、やっぱり「生きていたくない」っていう願いと向き合わざるを得なくなって。別にうつ状態になったとかではないのだけど、このテーマでは、うかつに書けないなぁと自粛していました。

 

※毎度書きますが、「生きていたくない」は、いわゆる「自殺願望」というのとは違います。積極的に死にたいわけではないけれど、積極的に生きたいともどうしても思えないっていうやつです。私は消滅願望って言ったりします。私は物心ついた頃からずっとあり、これをどうにかしたくてスピに足をつっこんだのだと思います。

 

最近はほとんど思うこともなくなっていたんですが。

 

表面には浮かび上がってこなくなったけど、底の方には、その名残、ではなく、、、根っこがまだあって(根っこだから、何かあれば芽吹くってことですね)。

 

わたしが問題と思うほとんどすべては、結局のところ、その、生きることへの抵抗感がおおもとにあるんだな、というところに行き着きました。

 

今までは、ずっと、それをどうにかしようとしてきたのですが、それを「願い」として捉えなおそう、と思ってやってみました。

 

願望、夢、目標もしくは志がなぜ必要だと皆言うのかは、分かるようになってきました。

(願望と夢と目標と志は本当はそれぞれ違うけど、ここではあえて一緒にします。なぜなら、全部ひっくるめて、「生きたくない」私にはもてないものだったから)

 

で、願望って、人によってもちろん違っていて、一般的には願望とは呼べないような隠れた願望もあると思います。それを認識しない、ないものにする、のもひとつの手だけど、今わたしが目指しているのは、自分を360°分かること。そう、自己認識。そうなると、認識しない、手はないですね?

 

私に願望がない、ように思えていたのは、、、、、「生きていたくない」を禁じ手にしていたからでした。

「生きたくない」も願望、しかも切実な願望だと認めたときから、気づきが展開しはじめた気がします。

 

もちろん、それを実行するっていうんじゃなくてね。死にたいのと違って、生きたくない、のだから実行できないし。

(本当は、、、願望を持たなかったり、様々な先延ばしをすることで、実際、実行していたのだけど)

 

つまり、「生きたくない」んだね、じゃあ、「もしこの世からいなくなれたとしたらどうしたいの?」つまり、「本当は何がしたいの?」を問い続けていました。今も、問い続けているところです。

 

もし、本当の本当にまったく願望(〜がもっとこうだったらいいのに)がないなら、今、心は完全に平和で幸せなはず。

 

もし「私は完璧に幸せだー!」と言って、心に少しでも引っかかりがあるのなら、気づいていない/認めていない/認められない、隠れた願望がある証拠だと思います。つまり、それは願望がないのではなくて、ただ、認識できていないだけ、ってことです。

 

要するに、ネガティブは自己認識の大事な道しるべで、見過ごすのはもったいない。

 

何かあるらしい、って分かったら、一体何が不満なんだ!ほんとはどうしたいんだ!って自分に問い続ければいいと思います。

 

問いかけさえすれば答えは来ます、ほんとに。

 

ステンドグラス

 

P. S. 私のスピリチュアルへの入り口だった、ルイーズ・ヘイさんが、8月30日、90歳でお亡くなりになったそうです。次回の「やなぎの木」Webリニューアルの参考になりそう、と、久しぶりに You Can Heal Your Life の本(全ページカラーでかわいい絵が盛り沢山の素敵な版なんだけど、今amazonでは見つけられず・・・)をめくっていたタイミングで知りました。。。

 

アファーメーションからあえて離れた時期もあったけれど、確かにそういう時期も必要だったけど、今、あらためて言葉の持つ魔法のようなチカラと出会っています。ルイーズさんからすでに教わっていたことを、今、ようやく、腑に落としています。

 

ルイーズさんに心からの感謝を捧げます。

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願望というもの

これを書くぞ!って思うところまでなかなかアイデアがまとまらなくて、それを待っていると、どんどん通り過ぎてわけわからなくなるので。

 

なので、今日は、ちょっと趣向を変えて、まとめることは放棄して、ただ「今」を外に出すだけの書き方をしてみようかな、と。

 

30分のタイマーをかけました。

 

昨日はとても嬉しいことがありました。まさに「願いが叶った!」というやつ。

 

これは先日スピリチュアル美容師えりさんといった神社でお願いまでしていたような大きいやつなので(あ、私は神社でほとんど「お願い」することがありません、だってそんなに願うことがないので(汗))近々お礼にいってこなくては。

 

そういえば、「願い」とか「欲」とか「願望」とか「お金」について最近興味があります。

 

生命の樹の本のことは「マインドマップと(カバラの)生命の樹(22日間のワーク、始めます!)」の記事にちょこっと書きました。

 

で、この本、

正直なところ、筆者というよりは、主に編集の方との相性が合わないんだと思うのですが、(これを読んだ時点では)どうにもこうにも「合わない」本でした。なぜそこをそう書く!なぜこういう構成にした!となってしまうw

 

こんなことを書くと非難しているように思われるかもしれませんが(だから、私はこういうことをブログに普段は書きませんが)、あんなに素晴らしい『ニューアース』の朗読が全然聞けなかった件もありますから、この違和感も、「今、私がそういう状態だ」、ということを示しているだけと受け取っていただければと。

 

わたしが合わなかった理由は、これから書くように、たぶん少数派の観点なので、合う人には合う本だと思いますよ!

 

私が最近書いた記事の中で、私が特に気に入っているのは「「やりたいこと」神格化現象の中で」です。やりたいことがない、無気力なあの感じを、よくこめることができたと自画自賛しているのですが、これに対する答えを、まだ書ききった気がしていません。先日書いた続きは、自分の中で満足できていません(それが最近の問いのひとつでもあります。もうあの状態から脱してしまったので、完全に忘れてしまう前に、つながりがあるうちに、どうやって脱したか、あれは何だったのかなどをまとめたい・・・)。

 

で、↑の生命の樹のワークブックは、そういう「やりたいことのなさ」に悩む人の思考回路とは対極にある視点から書かれている(ように私には思える)んですね。

 

この本の要旨をざっくり言うと、筆者は、「引き寄せ」がうまくできるようになるためには、まず「受け取る」ことができる必要があって、「受け取る」チカラを育む不思議な力が、生命の樹にはありますよ、ということを言いたいのだと思います。なので、そもそも、「引き寄せ」たいと思っていない人への配慮がないですw

 

という形で、わたしの中に違和感が意識されたことで、わたしが、内心、「引き寄せ」を嫌っていることが浮上してきました。

 

いわゆる、ブロック的なものですね。

 

というよりも、「欲」「ほしい」的なものの扱いが苦手?まさしく第二チャクラマターですねw

 

これまで本気で願ったことは大体叶ってきたので(叶った願いは、叶う前からそうなる予感がしていて、ほんとにそうなったらめっちゃいいよね〜、わあ、なった!って感じなので、「引き寄せ」と言えるかどうかは?)、わざわざそんなに叶えたい、とかほしい、と思う気持ちが分からん、という感じだったのですが、、、、

 

もしかして、今から未来にいたる流れの中で自然に浮上してくるイメージ、とは違う、「今」とは接点がないように思える「願望」を普通は願うものなのか!!!?という。

 

そのあたりが、結構、わたしにとって、最近の新発見なのだと思います。

 

で、今回、それをあえて「やってみた」、そして叶ったんですね。というのは、昨日叶ったのは、↑の本が届いてすぐに描いてみた生命の樹に書き込んだ「願い事」だったから。22日間のワークは新月前夜から始めるようになっていて、それはまた別のことをやっているのですが(今ちょっと中断中><)、本を読んだ直後にとりあえず作ってみた願望の生命の樹が、叶ったわけです(でも、正直、叶うイメージはそもそもありましたがw)。

 

ちょっと、言いたいところまでいけてない(なんだか、私が、何でも叶って何不自由ない生活しているような人になってしまっている・・・そうじゃなかった!(そうだと思いたかったけど!)そこをほんとは書きたい〜)のですが、30分経ったので切ります!

 

今日たまたまみつけた、森の中にいるとしか思えない動画。

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俯瞰的視点とヘリオセントリックな占星術と「らせん」

わたしが今、もうひとつ興味があるのは「見る」ということ。

 

そのテーマ自体については、まだまとまっていないので、今は書かないけれど、「見る」からには、どこから見るのか、視点をどこに置くのか、がまず、最も重要ですね。同じものでも、どこから見るかによってまったく違うものになりますから。

 

それについて、わたしに大きなヒントを与えてくれた、もうひとつの無料講座がこれでした。

 

星と心がつながる講座 (by 森野御土日古(もりのおとひこ)さん)

 

従来の西洋占星術(地球中心=ジオセントリック)とは違う、太陽中心(ヘリオセントリック)の占星術の動画講座です。

 

まだ、受けている途中なんですけどね。

 

ジオセントリックからヘリオセントリックへ、ということは、視点としては、「地球中心」から「太陽中心」への移動です。

 

で、「太陽中心」といってイメージするのは、こういうモデルではありませんか。私はそうでした。

via GIPHY

 

でも、実際には、こういうふうに、らせん状に(!!!※)、太陽系ごと、銀河系を移動しているんだそうですよ(さらに、その銀河系自体も移動しているらしい)。

※縁あって使わせていただいているフィボナッチ音叉も「らせん状」の幾何学図形を音で描くものですから、私にとってはびっくりマークがつきます〜!

 

 

あまりに見事すぎるので真偽を疑ったわたし(思考優位ばんざい!(笑))はすぐにネットサーチし、この動画は正確ではない、との批判も確かにあったので、とりあえず、ブログに書くのは保留していました。

 

有名な批判ブログ:

Vortex motion: Viral video showing Sun’s motion through galaxy is wrong.

日本語訳もあります:

違う、太陽系は渦巻きではない [BAD ASTRONOMY翻訳記事]【勝手に修正版】

 

この批判のポイントは、大きく分けると2点。

 

・太陽が惑星を先導しているかのように、太陽が惑星よりも前方に出て銀河を回っているように描かれているのはおかしい

――実際のところ、ビデオによってはそうなっているものもあるけれど、そうなってないビデオもある。

 

・太陽を垂直に周回するように惑星が描かれているのはおかしい(実際の惑星の軌道は、90度ではなく60度で傾いている)

――ああ、それはそうかも。

 

でも、角度は違うかもしれないけど、太陽系が銀河を動いているのは事実だし、その軌道が「らせん状」なのも事実なのでは?私を含め、一般の人にはそこが新鮮だったのではー、というのが、その時点のわたしの感想。

 

(「helical」=「らせん」と「vortex」=「渦」をごっちゃにしているのも、専門家からのツッコミのもとになっていたらしいですね。らせんと渦とは、科学的な定義上はまったく違う現象だと・・・でも一般的な言葉のイメージとしては、らせん=渦巻きですよね〜わたしは厳密なところは分かりませんが)

 

でね、今調べて知ったんですが、なんと、先の動画の作者さんは、その批判にぜーんぶ答えているんです!

60°の件についてもちゃんと答えています(たしかに、どこから見るかだけの問題だ!)。

Solar System 2.0 & Science Friction | DjSadhu.com

 

そして、それを受けて作られたのがこの新しいビデオ。

 

 

本質的に、イメージは変わっていないですよね!

 

そういうわけで、わたしもアタマがカタイ一人としてこの一連の流れを説明しなくてはおさまらなかったのですが、そこが言いたかったわけではなく。

 

ん、で何が書きたかったんだっけ(笑)

 

そう、森野さんのおかげで、太陽系の新しいイメージを得ることができたってことです。

 

単に地球視点(見上げる)から太陽視点(見下ろす)になるだけでもすごく大きいんですよ。

 

そのあたりの視点移動については、最近、地球暦というものを買ったんです。

太陽系時空間地図 地球暦 HELIOCOMPASS(写真はお借りしました)

地球暦

 

これは、太陽系を「見下ろす」視点をイメージしやすくするツールなのだと思います。

 

でもね、これだけだと、一年経ったら、また同じところに戻ってくるような感じがするじゃないですか。

 

さっきの動画で見たように、太陽系そのものが宇宙が旅をしている存在で、今この一瞬、私たちがいるこの場所に、戻ってくることはもうない、、、進み続けている存在だと考えると、そしてその進みはらせん状なのだと考えると、地球、自分、そして今このときへのイメージが大きく変わりませんか。

 

そして、その宇宙レベルの視点の変化は、確実に、現実レベルにも影響を与えるのです。

 

外に見ることは、内に見ることだからです。

 

今、そのあたりを考えるのがマイブームです♪

 

※森野さんの星と心がつながる講座も、昨日書いたわたしの「惑星音叉の使い方を教えて!!!」という問いに対する答えのひとつと受け止めていて、今、森野さんの有料講座も受け始めたところです。

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外からの「情報」は答え合わせ

自分で考える

→こういうことか!と理解する・気づく

→それと同じことを本で読んだり、人から聞いて答え合わせする

 

っていう順序で起こることが、最近、多いです。

 

自分では、ずっと、逆の流れだとばかり思っていたのに。

本を読むことで、新しい発想を得て、自分なりにやってみて、考える、の順だと思っていたのに。

逆なんですね・・・

 

本や、人の言葉は、新しいことを学んだり、新しい境地に触れるためではなくて、自分でたどりついた理解の答え合わせ+αにつかう・・・そんなイメージです。

 

もしかしたら、私は特に、誰かに答えを教えてもらうんじゃなくて、体当たりで、実感して、自分でつかみ取りたい、という気持ちが強いタイプなのかもしれませんが、、、

 

この「流れ」について最初に「ん?」と思ったのは、はっしーさんの本のワークを最後までやったときだったと思います。

 

この記事を書いたときは、眠くてそこまで書き切れなかったんだけど、本当は、このとき、ワークそのものの成果以上に、印象的だったのは、そのほんの少し前に気づいて「やりたいことなんてなくていい」という記事にまとめたばかりのアイデア(やりたいことがない、っていうのは、「やりたいこと」を大きく捉えすぎていただけなのでは、という気づき)そのままが、あのワークブックの最後の方に書かれていたことでした。

 

最近では、​マインドマップと生命の樹って似てるよね〜♪という気づき(この記事参照)から、「生命の樹」に一気に親近感がわいて、気づいたらマツキヨさんの本が読めるようになったわけですが、マツキヨさんのパスワークの本(この記事参照)の後書きに、この本はマインドマップ(iMindMapというソフト)をつかって書いたと書いてあるではないですか。

 

これは別に、マインドマップと生命の樹との関係を言っているわけではないので、厳密にいえば違うんだけど、先の記事に書いたメッセージ(枠組みを使えば今見えてない領域を扱えるようになる)は、まさに、タロットのパスワークの発想でもあるということが分かりました(「何も道具がないと、偏ったところばかりを探索することになります。……今まで全く馴染んでいなかった、それがあることさえ知らなかったという「道」を、このパスワークの中で見つけ出すことができると思います。 「あなたの人生を変えるタロットパスワーク実践マニュアル」 p25)。

 

こうやって、現実レベルで見つけたり、再確認したりする、その「答え」なるものは、私の「問い」ありきで、返されてきているもの、という感覚があります。

 

自分が問うたもの――別の言葉でいえば、教えてほしいと願ったもの――について、タイムラグがあっても、答えがもたらされているようです。

 

そういう意味で、自分の発信が最初なのですね。

 

『A New Earth』の朗読が長い間、見事に馬耳東風だったのも、その時点では自分の中で対応する発信(問い)がまだなくて、キャッチできなかった、ということかもしれません。

 

わたしの発信も、複合的で、無意識なのもあって、おおもとの「問い」は自分でもこれとは言えないけれど、今今、降りてきているたくさんの答えは、具体的レベルでいえば、「この惑星音叉たちを使いこなせるようになりたいです!惑星音叉の使い方を教えてください!!!」と、惑星音叉を手にしたときに強く願ったことに、端を発している気がしています。

 

惑星音叉を手にしたのが4月30日。その間、約2か月(去年手にした惑星音叉は地球〜月までのみで、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、キロンの周波数の音叉を手にしたのが2か月前)。

 

惑星音叉は、ただ鳴らすだけでもパワフルなんだけど、使いこなせばすごいことになる、と直感してるのです。まだ、今の時点では、使いこなせてはいないけれど、確実に惑星とお近づきになってきている実感があります。

 

マツキヨさんは、私にとって、星(だけじゃないなぁ・・・ほんとは)の叡智との仲立ちをしてくれる人のイメージなので、マツキヨさんの言葉が分かるようになったのは、第一段階として、とても嬉しいです。

 

他にも立てている「問い」や「願い」があります。

 

今、それについても同時に答えがきてて、それこそ、マツキヨさんの本に書いてあったりするんですよ!読めるようになって初めてそこにアクセスできるという。

 

本当に面白いです。

 

野河内渓谷(のごうちけいこく) / Nogouchi River Valley, Fukuoka, Japan

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