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福岡&遠隔で「ラク」を体感するヒーリングをやっています☆

自分と向き合う〜『発達障害とどう向き合うか』

また脱線します(といっても私の中では深くつながっているのですが)。

 

最近、友人でありセッションも受けていただいている方から勧められて読んだこの本がとても良かったです(その方は当事者ではないのですが、同僚にそういう方がいて、とても参考になったそうです)。

 

私の発達障害グレーゾーンの経緯と「こじらせ」については、去年、ADHDグレーゾーンのこじらせと今の混乱そのまま出しという記事に書いた通りです。

 

今思えば、ですが、この記事を書いてからの約半年、私は自分のADHD(&少しアスペルガー)傾向と向き合っていたのだと思います。

 

その主なものは自動車の運転っていう、私に適性がないことは明らかだけど「やりたい!」と強く思っていることへの取り組みでした(私が「やりたい」と思うのは貴重なので(笑))。この、運転ができるようになるプロセスというのは非常に面白い経験だったので、いつかまとめたいな、と思っています。

 

もうひとつ大きかったのが、受信・発信する情報量を制限したことでした。それまでは毎日のように数百のブログに目を通し、Twitterを見て、何かあったら書き込んで、、とやっていたのを、一旦全部やめました。

 

それまではそういうことを好きでやってるつもりだったんですね。

 

でも、やめてみると予想以上に楽になってしまったんです。

 

楽になってみて、そういえば、私はマルチタスキングが大の苦手だった・・・・・・と気づきました。多種多様な物事を同時にさばいて、頭をサクサク切り替えていくことができない性質で、「今注意が向いていること」に没頭してしまう性質なんだから(さらっと受け流すこととかできない)、それだけたくさんの「他人の」情報を毎日頭の中に流し込んでいたら、自分に使う時間がなくなったり、自分がどう思っているのか分からなくなってしまうのは当たり前じゃないか!となりました。

 

ADHD特性的には新しい刺激が入ってくるのは大歓迎・大好物なんですが、一方で、脳の情報処理的には容量オーバーでかなりのストレスになっていたんだなぁということに初めて気づきました。

 

発信についても、その場その場で出していって、即反応があったりすると楽しいですし、スピーディに展開していい感じなのですが、やはり、そのやりとりに割くリソースという意味では、アスペルガー傾向で雑談が元々苦手な私には負担の方が大きいと分かり、やめることにしました。ブログのコメント欄を閉じたのも、Facebookページの更新を最小限にしたのもそのためです。

 

おそらく、最近の一連の記事で書いている<クリエイティビティ>の解放的なことは、そうやって作りだした「空白」があってこそ可能になった気がしています。

 

そういうのが、「自分を知る」メリットであり、ポジティブな活用法なんだなぁ、ということを最近思っています。

 

うん、「こじらせ」は抜けたように感じます。

 

こじらせていたとき、私は、自分の発達障害的なところ、ダメなところを「必要な対策は講じた上で、そのまま肯定しよう」と頑張っていました。

 

なんていうかな、自分の中に「問題児さん」がいて、その子を「できる自分」が一生懸命監督し、しつけをし、肯定しよう、愛そうとしてた感じ???「問題な自分」と「OKな自分」に分断されてたんですね。

 

でも、、、なんか、ひとつになりました。

 

「マイナスの症状はプラスの特徴になりうる」って、いろんなところで目にしていて、深く分かっているつもりだったのに!!!

 

まあ、ここまでは本の内容とは関係がない、最近の私の気づきなのですが、そんな中で読んだこの『発達障害とどう向き合うか』は、自分の特性を「知り」、ポジティブに「使っていく」ために使えそうなヒントが満載の本でした。

 

かなり実用的な本なのですが、ご本人が当事者で、大変な苦労をされた方なので(仰天エピソード多数)、発達障害的な「生きづらさ」への限りない共感が本全体に漂っており、読んでいるだけで癒される、という面もあります。ご本人は重度だそうですが、グレーゾーンならではの辛さも把握され、触れられています。

 

著者の吉濱ツトムさんは重度のアスペルガー症候群を、アスペルガー的特性を活用してうまくコントロールする方法を独自に見つけ、ご自身の生活を一変させ、今では発達障害専門のカウンセラーとしてその方法を指導されているそうです。そのプロセスは、「知識獲得」、「食事改善」、「肉体強化」、「環境圧力の設定」、「行動療法」、「自己暗示による認知の是正」、「環境を設定する」、「才能の発掘、進展、活用」から成るとのこと。


面白いのは、この方も、ご自身の活用法を開発する前に、スピリチュアルに傾倒してスピリチュアル面だけで改善しようとしてドツボにハマった経験がおありだということ(具体的なことは、私の中でまだ整理がついていないので今ここでは触れませんが、すごく大きなヒントをいただきました)。

 

まず栄養から改善すべきっていう発想は、私も前に考えたことがあって、試したこともあるのですが、効果がわからないうちに飽きてやめてしまったんですね。私はADHD傾向優勢のためか、あれこれ新しいことに手を出すのは大好きだけど継続するのが苦手・・・・・・そういう意味では、モチベーションを掻き立ててくれるこういう本は燃料になります。もう一度、あらためて、自分の体で人体実験してみようと思っています。

 

そうそう、当事者でもある医師の方による発達障害の本も結構出ているように感じますが、この本の大きな特徴のひとつは、著者が「医師ではない」立ち位置で、発達障害専門のカウンセラー(&ヒーラー)として、たくさんの発達障害者(診断の有無にかかわらず)と出会い、変容を助けている、ということだと思います。だから「診断」がつくかどうかによって分断されていないんです。だから、私みたいなグレーゾーンの人でも、病院に行くまででもないけど少し当てはまるところがあるなーっていう人でも、「共感」をベースに分け隔てなく、役立つ部分をピックアップできると思います。

 

それと、私も子どもの頃からさまざまな創意工夫をして、自分なりのルールを決めてADHDの特性による負の影響が出ないようにし、特性があっても仕事が得られる職種を選び、環境を選び、ってやってきたのはパーフェクトなプロセスだったんだな、という自己全肯定の効果もありましたよ。

 

長い間、「消去法での選択」だった翻訳という仕事に誇りが持てなかったけれど、最近は、まったく正しい選択だったと思うし、翻訳も好きになってきました。「普通にならなきゃいけない」って縛りから解放されると本当にラクです!!!

 

吉濱ツトムさん公式ウェブサイト

吉濱ツトムさん公式ブログ「未来への思考法」

 

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ADHDグレーゾーンのこじらせと今の混乱そのまま出し

1週間くらい前に書いて保留していた記事なのですが、思うところあってUPします。長文です。最後の方は今日付け足しました。今は、1回目のセッションから約3週間、2回目のセッションから約2週間経ったところで、だいぶ、頭が整理されてきています(でもまだ途中なのだと思います。まとまるかな、と思って書き足しを始めたけど、とにかくまとまらない!結果的に超長文になりましたが、そのまま出します)。

 

 

***

 

 

先日、初めて、念願ののりこさんのキネシオロジーセッションを2回受けることができました。

 

「わたし」に関するさまざまな側面が一気に揺り動かされて、たとえるなら、いろいろ工夫して(現実に適応させて)寝かしつけていた、、、眠った赤子みたいだった「わたし」のたくさんの側面が一気に目を覚まして、ぎゃんぎゃん泣いている、そんな混沌とした中にいます。

 

まさに調整期間の真っ最中だと思うのですが、特に発達障害との関わりについて、今思うことを書いてみます。

 

のりこさんが最近、ADHD(注意欠陥・多動性障害)やアスペルガー症候群のような、いわゆる発達障害的な性質をヒーリングで調整されていることは、ブログで読んで知っていました。

 

たとえばこんな感じですね。

アスペルガーに関するあれこれ

IH キネシオロジーの感想から 真の理解力

 

わたしは自分のADHD的(少しアスペルガーが入ってる)側面にずっと悩んできたけれど、10年以上前に自分は発達障害である、というアイデンティティを捨ててから、もう自分のADHD的アスペルガー的側面を調整したいとか、変えたいとか、思ってなかったのですね。

 

でも、今回のりこさんにしていただいたセッションで出てきたテーマのひとつがADHD的(&少しアスペルガー的)な性質の調整でした。

 

のりこさんのセッションでは、今に影響を与えている要素について、年齢遡行をしながら情報を拾いあげてくれます。だから、2回のセッションを通して、自分の人生の総振り返りをした感じで、だから、昔のことを思い出すのかもしれません。

 

過去をあまり思い出すことのないわたしが、のりこさんのセッションを受けた後から、幼い頃のこと、学生時代のこと、会社入ってからのこと、、、年代を問わず、過去の記憶が次々とリアルに浮かんできます。もちろん、それに伴って感情も動くので、、、きっと、統合されている過程なのだろうけど、結構しんどいです。

 

そんな中で、ADHDとの関わりの記憶について振り返ってみたいと思いました。

 

2001年〜ADHDの診断を求めた頃

わたしがADHD(ADD)や発達障害という概念を初めて知ったのは2001年、『片づけられない女たち』という本を読んだときでした。「私のことが書いてある!」って興奮したものでした(以下ADHDとADDの表記が混在しますが、現在はADHDにADDを含むので区別しないことにします)。

 

・忘れ物が異様に多いこと

・時間に間に合わないこと

・人の動作を見たまま真似できないこと(言語に変換すればOK)

・顔を覚えられないこと

・先延ばししてしまうこと

・音に敏感でびっくりしやすいこと

・複数の音から必要な音(特定の人の声とか)を聞き分けられないこと

などなど・・・

 

書こうとすればたくさんあるのですが、ずっと自分を責めていたことが、自分の意志の弱さや怠けのせいじゃないかもしれない!?

 

小さい頃からずっと、自己評価がむちゃくちゃでした。多くの人が難しいと言うことは簡単にできたりするのに、人が当たり前にやってることが私にはできない。さぼってるとか、たるんでるとか、自分が頭がいいと思って甘く見てるとか、気を抜いていると言われる。。。

 

わたしが、、、、忘れ物をしないために、人の顔を覚えるために、時間を守るために、普通の人みたいに振る舞えるように、いかに工夫して、いかに頭をフル回転させて気を張っていたか、、、、、、

 

最近ののりこさんのブログにあった他の方の感想(IH キネシオロジー+フィボナッチの感想から  人間意識への変容)に、

 

イメージぴったり合ってる!と思ったのが頭の中のデータベースでした。私は外に出る時や人と会うときに、いつもデータの中から必要な情報をピックアップして状況や相手に合わせた自分で装備していました。

 

とあったのですが、まさにこれをわたしも幼い頃からやっていました。ごく幼い頃から、こういう場合普通の人だったらどう振る舞うだろう?どう返事するのだろう?と考えて行動していました。

 

それでも、普通のことができていないと怒られる(この2001年というのは、わたしが新卒の新入社員として会社に入ったばかりだった、というのが大きかった><先輩社員、特に教育を任された社員としては、仕事の一部として新入社員を叱ります。今のわたしなら問題とはならないような些細なことでも指摘されていたのです。それはすべて、上に書いた”データベース”に記録されて、以降のわたしの「ちゃんとした」振る舞いに役立ってくれたので、心から感謝していますが、当時は辛かったのでした)。

 

もし、これが「ADD」のせいなら、私の努力不足のせいじゃないなら、私は救われるかもしれない!

 

でも、いくらチェックリストで当てはまっていると思ったとしても素人判断はNGで、病院で診断してもらう必要があるとのこと。ADDかどうか知りたい一心で、私は初めて心療内科の門を叩きました。

 

初めて行った心療内科:「東大卒なのにADDのはずがないでしょう。卒業できたんでしょ?」

 

2軒目に行った心療内科:「あー最近多いんですよね」「こういうチェックリストはね、見ると大体あてはまってる気がするものなんですよ」「気分を上げるお薬出しておきますね!」

 

思ってたのと違う・・・。病院に行けば「あなたはADDですね」もしくは「ADDではありませんね」っていう診断が聞けると思ったのに。大人のADD自体が眉唾扱い。チェックリストもまともに取り合ってくれない。

 

でも、診断をしてくれる病院は存在するはず!飛び込みで行ったからダメなんだ、事前調査すればいい、と東京都医療機関案内サービス「ひまわり」っていう、医療機関を探せるサイトで電話番号を調べては、「大人のADD、注意欠陥障害かどうかの診断」がしてもらえる病院を探して電話をかけ続けました(大人のADD専門のクリニックは当時から存在しましたが、予約は数年〜10年以上待ちとかでした)。

 

ほとんどの病院が「ADDって何ですか?あーそれは子どもの病気だから小児科にいってもらわないと」みたいな反応の中、家から1時間くらいの場所にある、とある医院に電話をしたとき、珍しく丁寧に話を聞いてくれた上、「それならお住まいの地域にもっと近い場所で、とてもいい病院がありますよ」と、あるクリニックを紹介されたのです。精神科の個人医院でした。

 

そこでの初診は衝撃でした。アシスタントさん?の丁寧な問診後、院長登場。院長は開口一番、自信たっぷりの口調で、「あなたは間違いなくADDです!」と言ったのでした。そして二言目に「ただ、ADDというのは子供の病気の呼び名で、同じもののことを大人では境界性人格障害と言います」と・・・・・・。

 

当時の私は病名もよく知らなくて、自分はADDと診断されたと思い込んでしまいました。

 

※本当はADDと境界性は(症状として似ていることはあるけれど)ベツモノです。その後、何人もの医師に、私の特性は境界性人格障害とは全然違うと言われています。

 

そして、「元気が出るクスリ(ADHDの特効薬と言われている)」という院長直筆のメモ付きでリタリンが処方されました(他にもたくさんの薬)。

 

院長が輝かしく見えたのはその初診の日だけ、でした。

 

わたしはいつの間にか、院長のいじめのターゲットになっていました(今思えば、です。当時は分からなかった・・・・・・)。何かを聞かれて答えているのに、あなたの話は分かりづらい、話が長い、と遮られ、他の患者さんの迷惑だから、他の患者が終わるまで待っていなさい、と最後の診察まで待たされたり。できないことを話せと言われて話すと「そんなこともできないのか!」。基本、罵倒と嘲笑、自分の自慢話。そういえば、そのとき、その院長にアダルトチルドレンとの指摘も受けました。

 

薬の副作用もあって、私はどんどん不安定になり、会社にも行けなくなりました。

 

わたしはADDの診断が出たことを上司にも言ってしまっていて「病気になりたがっている」と言われ(今では上司の言っている意味も分かりますが・・・)、一方で、会社を休むよう診断書を出してくれている院長には罵倒され、、、もうボロボロでした。


会社を辞めたのと同時にその病院はやめたのですが、数年後、その院長はリタリンを乱処方していたことで逮捕されていました。後から知ったのですが、リタリンは合法の「覚醒剤」とも言われる劇薬で、、、要は、患者をリタリン漬けにして儲けるってことをやっていて、私はリタリンが処方できるADD/ADHDの患者として迎えられたのですね(院長本人としてはあくまで大人のADDなんて存在しないという考えで、ADDかも、と自己申告する人やそういう人の自助グループなどのことをバカにしていたのに。)。

 

会社を辞めたのと同時期くらいに、発達障害について何冊も本を出している先生の病院の予約が取れました。ようやく、専門家の方の診断が受けられるのだと思いました。子どもの頃の通知表など、指定されたたくさんの提出物を持っていきました。でも、東大卒と分かった途端、うすら笑いになり、「発達障害で東大に入れるはずないですから」と、まともにとりあってもらえませんでした。

 

その後、2003年に別の精神科の医院でアスペルガーの可能性ありと言われて検査を受けましたが、「アスペルガーといえる部分もあるが、完全にそうではない。ある面では非常に重なるが、ある面では全く違う」という結果で、診断は出ませんでした。

 

そのとき自分用に取ったメモを貼っておきます(日本語がおかしい箇所があるけどそのまま)。

 

言語性IQの方が動作性IQよりも高いが、動作性IQも平均以上である。なので、これくらいできるだろうという思いが違和感につながるのでは。

 

しかし、1つ1つの能力は高いが、それを組み合わせて流れる動作がぎこちない。流れるようにできない。

社会性という面では、この流れるような動作、一人の人格としてバランスが取れていることのほうがより重視、評価されるので、、、、

 

ロールシャッハは、あまりに突飛すぎてまとめられなかった。何にも当てはまらない。脳に損傷を負った人が出すような変わったパターン。1ついえるのは、色に対する反応が非常に敏感。色だけでなく、光や音に対する感覚があまりに敏感なため、外にいると疲れてしまう。うつ病のパターンでは全く無い。全然違う。落ち込むときがあるのは「うつ状態」で、何かほかに原因があって落ち込む状態がある。


アスペルガーといえる部分もあるが、完全にそうではない。ある面では非常に重なるが、ある面では全く違う。

 

もう成長してしまったから、成長の過程で影響された部分もある。

 

結論: 診断は出ず。
      光、色、音への敏感さをなくす方向

 

これまで見たことがないような突飛なパターン、というのは、その後、別の心理カウンセラーさんに受けた箱庭療法でも言われたのでした。。。

 

2004年、大学病院での診断を機にADHDから離れる

2004年、引っ越し先の病院の紹介で、大学病院であらためてADHDかどうかの検査を受けました。

 

そこで検査を受ける前に言われたのは、「100%発達障害だ」「100%発達障害ではない」と検査結果で客観的に診断できるようなことは、どの病院でもないこと、つまり客観的に診断することは不可能であることを知っておいてほしい、ということでした。この検査はただ、普通ならこのパターンをとるけれど、このくらいずれている、というように見るものだということでした。

 

脳波を測定したとき、用紙にslightly abnormalと記されていたのがチラッと見えました。検査技師の人に「この分かりづらい検査室までよくひとりで来れたね!道に迷わなかった!?」と聞かれました(わたしの方向感覚のなさを脳波から分かってくれた・・・)。

 

でも、その他の検査も含めて総合的に判断すると、発達障害の範疇には入らない、との診断でした。

 

発達障害は、黒と白に分けられるのではなく、その間には広大なグレーゾーンが広がっているのだそうです。だから、わたしは、診断上、ADHDでもアスペルガーでもなくて、言うならグレーゾーン、もしくは軽度ということになります。

 

その結果が出た後、私は発達障害という概念から離れることにしました。

 

「私はADHDだ」という考え方はわたしを救ってくれるどころか、、、、、傷つくことばかりだったからです(そもそもバカ正直にカミングアウトしちゃうところが発達障害的でありアダルトチルドレン的な問題だったのですが・・・・・・)。

 

「問題」はなくなった

それからもう10年以上、わたしは、「ADHDではない」けれど、その傾向を自認して共感を覚えている人、として暮らしてきました。

 

自分のADHD的特性が特に問題になるような環境を避けたのもあるし(そういう環境に入っても続かないだけですが)、人慣れ、世間慣れする中で、前は気にしていたことを気にしなくなった、というのがとても大きいです。

 

それに、わたしの特性自体は変わらなくても、表現方法で結構変わることが分かってきました。

 

たとえば、「ADHDだから忘れ物が多い」とか言うと、病気のせいにするな、って反感を買うけれど、「ものすごく気をつけているのだけど、どうしても忘れ物が多くて」と言えば、笑って許してもらえたりするのですよね・・・・・・。

 

「できない」のは脳のせいだよ、って診断が出れば、私のせいじゃない、って思えるんじゃないかと思ったけど、病院の診断は、わたしを発達障害の範疇に入れなかった。

 

だから、自分の特性自体を変えようとするんじゃなく、特性を防止するための手段は講じたうえで、もし失敗してしまったとしても、できるだけ人をいらつかせない、人に受け入れられる方法を工夫することに、努力の方向を変えたんです。そうすることが、ありのままの自分を肯定して、自己価値を上げることにもつながる気がしました。

 

それに、症状自体、自分のフィールドや道具を工夫することで、大きく軽減されるのです。基本的にはマルチタスクが苦手だけど、自分の家の台所であれば、少しのマルチタスクはできる、とか。普通の人と同じように荷物を持ってると90%忘れてくるけれど、カバンを工夫していれば大丈夫、とか。

 

そして今、のりこさんのセッションを受けて

その中でののりこさんのセッション。

 

のりこさんには私のADHDの自覚についてまったく伝えていないのですが、テーマとしてあがってきたことのひとつが基本ADHD的で、少しアスペルガーの要素もある、わたしの脳の特性の調整でした。。。。。。

 

その特性があることにはもちろん驚かないけれど、今さら、というか、うーん、なんというのだろう、、、、、私のできないことも含めて自己肯定するのだ!おー!と気合いを入れて(笑)向かっていた先に、あったのが、あ、脳が活性化してないですね、調整しましょう〜だったというのが、もう。

 

こじらせすぎて素直に受け取れないというか。2001年の私を現代に連れてきて代わりに受けさせてあげたいというかなんというか。

 

もちろん、のりこさんは医者ではなくヒーラー(キネシオロジストという方がいいのかな?)だから、ADHDかどうかの診断をするわけではないけれど、筋肉反射で脳のさまざまな部位の活性化の程度(その人がもともと持って生まれた青写真に対して何%活性化されているか)を読み取ってくれて、そこからわたしの脳の特性が立体的に浮き彫りになってくるのです。

 

のりこさんが筋反射を通して伝えてくださった、私の脳の状態や私のやりがちな行動(〜ということある?)は、2001年頃、ADHDっていう概念を知った直後の私が感じた「わたしを分かってくれた!」という癒しそのものでした・・・・・・。

 

分かってほしかった

わたしはただ分かってほしかったのだと思います。

 

本で「ADHD」という概念を知って、これは、私の意志の問題じゃなかったのかもしれない、と思ったとき、心に差した光明。ADHDと診断を受けることで「私は悪くない、悪いのは脳だ」って思いたかったんだと思っていたけれど、それ以上に、「それは大変だったね」と分かってほしかったのかなぁ。


「できるのが当たり前」とされていることを、ものすごく頑張ってやって人並みに見せていたのに、家族はもちろん、医師にも、誰にもそこを認めてもらえなかったのがさみしかったのかな。

 

だから、脳波の検査技師の人の「ここまで来るの大変だったでしょう!」っていう些細な言葉を今でも覚えているのかな。

 

本当は、診断上ADHDかどうか、だなんて、大したことがないのですよ。だって、大学病院の先生がおっしゃってくださっていたように、客観的に100%あなたはこれです、って言えるものではないのです(それに、私はコレについて薬を飲むつもりはもうないので、診断が出たってあまり意味がないし、対処方法も慣れてきて、もうこれ自体が一生なおらなかったとしても日々の生活に大きな問題はない)。

 

こんなにも自覚があるのに、「本物の」ADHD枠には入れてもらえないんだな・・・・とグレていた部分が、自分の中にあったみたい。

 

まさに、発達障害的な特徴でもある「白か黒か」という二元思考にとらわれていた部分もあったのだな、と。私は発達障害なの?そうじゃないの?って(笑)

 

そしてそれはわたしがこんなに頑張ってるのを認めて!っていう承認欲求でもあって。

 

のりこさんが普通にADHD的(基本ADHD的、少しアスペルガー的)な脳として見て、調整をしてくださったことで、その調整による変化は自分ではまだ分からないのだけど、抑圧されていた承認欲求が満たされたのだなぁ・・・と思います><

 

ほんとうは、自分で、辛かったね、って承認してあげればよかった。他の人(親や、周りの人や、医師)に承認を求めるんじゃなく。


診断から外れたときに、一生、これで生きていく!と決めたんですよね(また極端な・・・^^;)

 

わたしは一生、この特性とつきあっていく覚悟だったよ。だから、その制限外せますよ!?外しちゃいましょう〜♪ってなって、戸惑ってるのだと思います。

 

「正しい」答えがほしかった

と一旦まとめたのですが、今、この記事をUPする時点で思うのは、「自分の外からくる情報が正しい」という思い込みのために戸惑い、混乱していたのだな、ということです。

 

本を読んで(本は外からやってきた情報)「ここに書いてあるのはわたし!これで説明がつく!」って思ったその感動と共感は紛れもなくわたしのものだったのに、「病気になろうとしている」とか「そんなのは誰でもあることだ」(外の人の意見)とか言われて、その感動はシュルシュルシュル・・・と縮んでしまい、じゃあ、病院の診断(外の、権威ある意見)が出れば、私はそう思ってもいいのでは、って承認を求めたのですね。それでも診断は出なくて、ADHDではない、って解釈を採用して。で、10年以上経って、のりこさんの筋反射を通した解釈ではADHD的と出てハッとする・・・・・・

 

それだと、変わらないわけですよ。誰に聞こうと、どんな風に言われようと、たとえ分かってもらえても、外からの判断に委ねている以上、変わらない。

 

それは、病院の診断だけでなくて、カウンセリング、コンサルティング、スピリチュアルなリーディング、占い、友人との会話、家族の意見、とにかく、人から何か言われる機会すべてに言えることですね。いろんな人がいろんなことを言います。キネシの結果もそのひとつ。自分の潜在意識が言っていることを通訳するといっても、やっている側はそのつもりでも、他者を介する限り、そして「あー本当にそうだよな!」って心底腑に落ちない限り、「外」ですよ・・・。

 

いろんな意見を参考情報として役立てるのはいいんだけど、それが自分の思いよりも正しい、として受け入れると、ますます自分が分からなくなります。

 

たぶん、私の「わかってほしい」は、もともとは、「私が思ったことは正しいよね???」だったのです。「正しいよ」「いや違う」どちらを言われても、混乱しました。

 

結局、「わたしが自分をどう見るか」に他人のお墨付きなどいらない!のですね。わたしは自分を見たいように見ていい。仮に「間違って」いてもいいのですよ。人はひとりひとり違うから、ある人から見たら正しいし、ある人から見たら間違ってる、それが”正しい”あり方なわけですから。

 

その「正しさ」へのあくなき追求自体が、アスペルガー的傾向だったとも言えるわけですが。うん、こういうひとつひとつの情報や気づきを得るたびに「あら、正しさを求めていたわたし間違ってた!」って自分を変えようとするパターンがまさにそれですわ^^;;;

 

 

「正しい」答えや情報が現実を解決してくれるわけでもない

何かに名前が付くのって素敵なことです。名前がなければ、ああいう感じで、こういう感じで・・・って長々説明して「あ!いるいる、そういう人」ってやる必要があるけれど、一言で言い表せるわけですから。

 

ADHDって名前を知って、「私はこれだ!」「これで説明がつく!」と興奮しました。

 

結果的に、診断は出なかったから「私はADHDです」とは言えないわけだけど、実際問題、診断されること自体では問題は解決しないと思うのです(解決法として薬をつかう場合には診断が必要ですが)。

 

「ADHD」は、わたしの特性をうまいこと形容してくれている!!!という気づきは、他の人はしていない工夫を積極的にするように促してくれました。

 

目が悪い人が裸眼で強引に見ようとするんではなくて、いや、自分は視力が弱いのだから、と気づいてメガネを使うという感じです。高い視力が必要とされるような場面は避けて暮らせば、何の問題もないかもしれません。

 

わたしが自分でやってきた工夫自体は効果が出ていたし、それは発達障害という概念を知らなかったら、やれていなかったかもしれないことです。

 

つまり、わたしは診断は出なかったけれど、その概念は取りいれて現実に適応させてきたわけで、結局、うまくやってきたらしい、となるのですね。

 

何に悩んで、何と闘っていたのか、それもよく分からなくなってきました。でも、それもそれでOKなのだと思います。

 

のりこさんによる脳の調整によって何が変わったか、というのはまだ現実との絡みでは体感していないのですが、エネルギーレベルでの変化と現実的変化にはタイムラグがあるものだし、さらに、本人の体感として見た場合、「本来の自分に戻る」方向の変化は、大きく変わっていても実感がないことはよくあって、私がいま書いているこの文章も、私の意識では分からないけれど、調整の影響をすでに受けているのでしょう。でも、変わった!って体感は楽しいので、「あれ!?私ってこんなんだっけ!?」という気づきの瞬間を楽しみに待っていようと思っています。気づいたらまた書きます^^

 

Stars, Hoshino-mura, Fukuoka, Japan 星空、福岡県八女市星野村

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先延ばし癖についてのメモ

修羅場の真っ最中なんだけど、さっき夜の海に質問を投げかけて、返ってきた気づきのメモ。
(動けるようになったって前の記事で書いたけど、仕事以外のことについてなのでした。仕事をできるところまで先延ばししまくった結果の今の苦しみです)

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Q. どうしてやろうと思ったことができないのーーーーーーー!
A. すでにやりたいことはやってる。「やりたくないぜー!絶対にやらないもんねー!」っていうのがやりたいこと。
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すでに、私はやりたいことをやってる!


頭で自分にやらせようとしてる。頭が、こいつは管理・監督してないとロクなことにならないから、仕事やらせなきゃ!と思いすぎてる。思いの強さに比例して、心が「やりたくないぜ!」って反発して、結果として「動けない」になってる。



私が動けないのは頭が元凶だというモデル・・・・

「あーまた先延ばししちゃうよ」「先延ばししちゃわないように〜しないとね」「明日こそは」・・・・・・・「やっぱり先延ばしした」
(※いつか詳しく書きたいけど、ミラーニューロンの人がいってることとも重なる)



頭が先陣切って、上から目線で、下位の自分をコントロールしようとしてる(そもそも、先延ばし癖の克服っていう発想そのものがそんな感じ)

仕事以外については、コントロールを手放したときに、不思議とうまくいくっていうことが当たり前になっているのに。仕事って、最後に残った聖域だったのね。

だから、これからの指針としては、これは仕事だから、これは仕事じゃないからって分けないこと。自分の生活の一構成要素としてフラットに見ること。仕事を特別視しないこと。上位に置かないこと。

やりたくないという抵抗(「しない」という行為)は、自分が、本来の流れに逆らってでも「しよう」としていることの裏返し。

「自分が何かをする」、という態度を捨てる。

私が何かしようとしなくても、偶然の一致が重なってスムーズに流れていくことは、いろんな場面で経験してるはず。だから、仕事も特別扱いしない。仕事についても、自分が何かしようとしない。

納期はあるけど、納期も特別視しない。本来、いつまでに終わらせる、いつ始める、とかも、パーフェクトなタイミングは、本当は内側が知っているはず。もうそういうのもすべて手放して、任せてしまおう。

結局、出来上がった時点でよくよく考えれば、自分では何もやってないじゃない???「自分」が生み出したものが何かあるとでも?

やるやる言ってても、その結果生まれているものは「私はやっていない」のだと言い張るのなら、もう、やろうとすること自体、やめちゃいなよ。

最後に残った砦だということは、ものすごく分かるけれど。

********

実際のところ、切羽詰まったときだけ魔法のようにスイッチが入り、その「入っている」感覚はたまらなく好き。

「入っている」ときの、頭がクリアで、目に入るすべての粒が揃って見える、明確で迷いがない、頭が整理されている、爽快感、至福感、自信。きっと、ドラッグってこんな感じなんだろうなぁと思うし、一種の中毒に近いと思う。

それを手放すのか、と聞かれていることも分かってる。

手放すよ。

日常を犠牲にするような、非日常的至福感なんて、もういらない。
だから、最後に、十分味わいきるのだ!

Japanese tree frog
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