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福岡&遠隔で「ラク」を体感するヒーリングをやっています☆

セッションを受けたのに「変わってない」と思うとき

書く、書くって言って書いてないことが多いのだけど、、、

ちょっと前まで、毎日朝6時半からふみぃさんとフィボナッチの交換セッションをやっていて、お互いに44回やったところで一旦終了したのでした。

今思えば、好転反応を感じる暇もない程の、怒濤のスピードで、連日いろんなレベルでの癒しが起こった濃い時間でした。その中でも「あの日のあれは大きかった」っていうのがいくつかあって、その中のひとつについて、今日は書きたいのです。

あ!たとえばこの記事にチラッと書いたやつも、そういう記憶に残るセッションのひとつだわ。。。これは今回書きたいこととはまた別の話で、まだ書けていないんだけど、この頃とくらべると、本当にいろいろ変わったなぁ、としみじみ思います。

家は模様替えして別の家のようになったし、夫も別人のようだし(今までと180°違う社風の会社に転職して、、、OSの入れ替え?くらいの変容中。まさかの展開で面白いw)、私も夫に別人のようだと言われるし(料理や掃除や洗濯が前ほど苦じゃなくなった)、絵を描くのは怖くなくなったし、、、、、数か月間の間に起こる変化とは思えないですわ。

ていっても!まだ家を出るのに時間かかるから食材の買い物は苦手だし、先延ばし癖は健在だし、、、などなど、できないこと、変わっていないことを挙げようとすれば、これまた、たくさん書けるのです。もともと私はADHD&アスペルガー的な要素があって「普通の人には簡単にできるらしいけど私は苦手」ってことがとても多いからね。

でも、今日は、重要なポイントだと思うから、あえて書きます。

私は、いつもなら、その「変わってないこと」をブログで書く必要を感じないのね。できるようになったところを喜びたいし、記録に残しておきたいから、変わってないことについてはブログでは書かないの。それは、多くの人がそうなんじゃないかな???あんまり変わってないなーと思ったことをわざわざ書かないでしょう。だから、必然的にネット上には「こんなに変わりました〜!」だけが出回ることになる。。。

昨日、私の遠隔セッションを何度か受けていただいている方が「他の人のフィボナッチの感想を読んでいると、『すごく変わった!!!』って書いてあるのに、、、どうして私は変わらないんだろう」っておっしゃっていたので、今日はあえて書いてます。

私からすると、その方と話していて受ける感じは、最初の頃とは結構違っているのですが・・・・・・でも、ご本人としては、ピンとこないってこと、あると思うのです。

「変わりたい!」って思うから、お金を払って受けているんでしょう、本人が気づけない「変化」に意味があるの?って思いますよね。

このあたり、キネシオロジーを使えば、そのセッションでどういう変化が起こったの?っていうのは言葉で特定できるけど(シェアリングでお伝えしているのはその部分)、本人の実感とはまた違うレベルだから、言葉でお伝えしたところで、ご本人の「変わった!」という実感につながるかどうかは・・・・・・。

もちろん、体感としてすぐ変化を感じる場合もあります。

いろんなケースがあるんだと思います。

私も、今トータルでフィボナッチのヒーリングを60回くらい受けていて(あははーフィボナッチを習って一番良かったのはコレかもw)、毎回テーマは設定するけれど、それについてすぐ「変わった!」と思うときもあるし、ピンとこないこともある。

さっき書いたように、大きく変わった部分はたくさんあるんだけど、私は決して、、、「料理が苦なくできるようになりたい」なんて思ったこともなかったし!別に作らなくていいなら作りたくないし!(笑)そんなこと意図した覚えなんてない!のです。

先延ばし癖とかね、対人恐怖とかね、自分にとっての本丸ともいえる問題。そういうのについて、取り組んできたつもりでした。本当に変えたかったのはそこ。で、それについて、目に見えるような変化が出てきているか?というと、、、正直、分からないです。お、進んでる?って思うこともあるけど、一進一退です。

セッションでは、その本丸問題の要因になっているさまざまな心の癖、、、たとえば、自己価値の低さとかね。そういうのを地道にタマネギの皮むきみたいに進めている感じなのです。

おそらく、料理や掃除ができるようになったりしているのは、自己価値が上がってきたことによる、思いがけない「副作用」みたいなものなんだと思うのですね。

で、ある日、あれ?私料理ふつーにしてるじゃん、辛くなくない?ってことに気づいて、「スゲー自分!」って思えることで、自己価値がさらに向上するっていう、そういうプロセスの中に、今いるんだと思います。

***

私はまだ模索している段階だけど、自分の「心の声」を意図的に聞かない、聞こえない設定にしてきた人の場合。両親の声とかね、世間の声をずっとずっと優先してきた人の場合。私もそうなのですが、まず、自分の本当の気持ちに気づくセンサーを育てる必要があるんだと思います。

自分の本当の気持ちを感じるのって、言葉で言えば素敵だけど、長年それをやらないできた人にとって、相当まどろっこしいプロセスだし、相当ストレスでもあると思います。

だから、抵抗も生じる。

でね、その、、、慣れてない「心の声」がわき上がってきたときにね、「ん、このモヤモヤ、イケナイモノデスネ、ムダナモノデスネ」とフィルタリングして、なかったことにしちゃったりするんですよ!脳が!勝手に。無意識に。

でも、そこを感じていく、味わっていく、なんか、そういう地味で、けっこう痛い、、、プロセスなんだと思うのです。抑圧してきた本来の自分を出していくときって。特に、言葉や対話でやろうとすると、痛い。

その分、フィボナッチは、ダイレクトに、波動(音の振動、周波数)で根本から「チューニング」してしまう。鳴ってる音叉を鳴ってない音叉に近づけると鳴るというのと同じで。体感としては「気持ち良かった!」とか、ひたすら「よく眠りました!」みたいな。。。(笑)だから、自分が見てない部分については、変化を知覚できないのも分かる、、、、、、

でも、(他人の声ではなくて)自分の声を聞くっていう感度が育ってこれば、自分の変化にも気づきやすくなってくる。だから、ピンとこない状態である場合、まず、そのセンサーを開くような変容が、まず起こってくるんだなーーー、で、それは自分ではなかなか気づけないよなぁ、と思ったりするのです。

で、感じるチカラを育てるには、本当は、こういうセッションを受ける以外にも、本当にいろんな方法があると思うのですよね。

魔法のようにね、ある日、「感じるチカラ」が授けられたらそりゃあいいな、って、思うんですけど。でも「感じる」って、自分がやることですからね・・・・。いや、むしろそこは、セッションを受ける(受け身)というよりも、「あ、わたし感じてないんだ」と気づき、「よし、(痛いかもしれないけれど)感じよう」と思うかどうか、というか。

私にそれを教えてくれたのはみちよさんで。(感じるチカラを開くには)自然に触れること。感情を紙に書くこと、などなど、、、やってるときは「こんなんに何の意味があるの!」とプンスカしてましたが、本当にやってよかったなぁ、と。

うーん、まとまらなかった^^;;;

しかも、今日は、先月やってもらった「時間は私のもの」のセッションについて書きたかったのに!!!記事のタイトルは付け直そう、、、また書きます。。。

Fibonacci Tuning Forks - フィボナッチ音叉
フィボナッチ音叉、撮り直し第1弾。
こういう低い音(長い。重りついてる)から高い音(短いほど高い)まで9本の音叉を、低い方から高い方へ順に使っていきます。
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セッションを受けた際に
周りの方が言うほど変化を感じられず、困惑しているうちに
こちらにたどり着きました。

ああ、書いてあることに一つ一つ納得しています。

ADHDからの、自己肯定や許しを経ての、変化を感じられる、、、
なるほど、このページを読めてよかった、、、。
ここでも、変化を感じられない自分を責めていました。

ありがとうございました
しげこ | 2016/09/28 08:45
しげこさん、

コメントありがとうございます!
タイムリーにお役に立てて良かったです&#9825;

上の記事でいってるような「本丸問題」が(明らかに分かるかたちで)
動くときってのはあきらめなければ必ず来るのだと思いますが、
どうやら、そこを「問題」と見て、必死に動かそうとしているときではないようなんですね。

あんな自分も、こんな自分も全部オッケーだったのか!!!
というのが本当に腑に落ちたときに、からだとココロが緩んで、
結果的に、あれ、いつの間にか変わってる!?となるようですね〜^^;
えりこ | 2016/09/30 01:19

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