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福岡&遠隔で音叉ヒーリングをやっています☆

フィボナッチ音叉と意図 - 那旺さんの記事のご紹介

昨日神戸から帰ってきました。神戸で宮岡先生に受けたマルセイユタロットは、人生の転機かも!というくらいの大きいものでした。インパクトが大きかった分、書くのは少し時間がかかりそうなので後回しにして・・・・・・今私にとってタイムリーな、フィボナッチ音叉と意図の話です。

 

どこに行き着くのだろう?とずーっと楽しみに読ませていただいていた、那旺さんの連載が完結しました!!!

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点19|弾ける笑顔 クオーレテラピー

 

那旺さんは、ハワイ島のフィボナッチ音叉講習で出会ったベテランのヒーラーさん。お会いしたのはそのときが初めてで、宿泊した部屋も遠く、特に接点もなく、、、結構な大所帯でしたので、普通なら、あーそういう方いらしたかも???というくらいで終わるはずだったのですが。

 

なぜかジャングルで一緒に迷子になって、「うんこシスターズ」になるという、、、強烈な思い出を共有してしまった方です(何言っているか分からないと思いますが、面白いこと大好きな那旺さんが、以前、克明に記事にしてくださっていまして、、、少し迷いますが、私からこの記事にリンクするとしたらタイミングは今しかないですね^^;「東大出(今も名前は知らない)」と書かれているのがわたしです・・・・・・えっと、名前は覚えてほしいですが、そういうノリの方です。大好きです(笑))

ハワイ島にて・フィボナッチ音叉その2|弾ける笑顔 クオーレテラピー

 

その那旺さんが、最近、フィボナッチ音叉についてブログで連載されていました。私用のメモを兼ねて以下にリンクさせていただきますね。

フィボナッチ音叉・気学と通ずる、その意味って?

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点11

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点12

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点13

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点14

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点15

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点16

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点17

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点18

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点19

 

フィボナッチ音叉を実際やらせていただくようになって、え、、、そこまでの好転反応が起きるかしら・・・?という疑問はずっとありました(まったく起きないとは言いませんが、↑の記事とかに書かれているほどの、ということです)。

 

19回、最初のも合わせて20回にわたる連載の帰着点は、とても共感できるものでした。

 

ロンさんがおっしゃった  "Intention is everything. (意図がすべてです)" という言葉がフィボナッチ音叉を提供する側にとって何を意味するのか。フィボナッチプロセスの実践を始めてからずーっと悩み、考えていました。

 

モニター募集を開始したばかりの最初の頃は「意図」というものをきちんと設定しよう!としてみたものの、すぐに、あれ?と違和感が出てきて、4月時点での私の思いは「遠隔フィボナッチプロセスのヒアリングについて。」などの記事に書いているとおりですが、それからも、ロンさんの言う「意図」が何を意味するのか、試行錯誤を続けていました。

 

先週くらいの時点で私がたどりついた結論は、強いて言えば、「意図しないことを意図する」ということでした。そのすぐ後の那旺さんの記事18に、まさにその言葉が書かれていて、、、しかも今私が大きな影響を受けつつあるマルセイユタロットも登場していて「!!!」となったのでした。

 

ここで、「意図しない」とロンさんの「意図する」は、たぶん、違う次元で、同じことを言っていると思います。

 

松本さつきさんという別のヒーラーさんのこの記事も、このテーマを考えるヒントになりました。

【イラスト付】天ヒーリングの基本のキ・講座ご報告|マワリテメグル〜人生は旅〜

 

今私が思うのは、言葉で具体的に「意図」したり「宣言」したりした場合、そもそも、言葉になっているという時点で、クライアントさんや自分が「分かる範囲」の具体的次元まで落として、限定することになる。だから、おかしくなるんじゃないかと。

 

フィボナッチ音叉の周波数はもっと高い次元で働くのに、、、、魂も、ブループリントも、そもそも、すべてを理解することは不可能なくらい高い次元にあるもので、それにアクセスするのがフィボナッチ音叉のプロセスであるというのに、自分が「分かる」次元(枠組み)まで落としてしまうわけだから、、、

 

あ!これは、以前赤塚さんが教えてくださったことにも通じると思います。

 

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赤塚高仁さんの聖書塾 第1回:立派な青虫の話

 

本当は、この大きい丸全体に働きかけるチカラを手にしているというのに!必死に赤い矢印の「分かる」変化を追い求めようとしてしまうのです。本当は蝶になれるのに、青虫である自分ではそんなこと想像もできないから、立派な青虫になろうと「意図」するのです。。。

 

特に、自分のことだとそうなりがち。だから、セラピスト(でなくても第三者)が介入する余地があるんだと思います。フィボナッチ音叉も、それ以外のツールやセラピーも、本来、そこを抜けるためにある・・・・・・

 

でも、人の「意図」の力って、その本来大きいものを「小さくしてしまうこともできるくらい」強い。

 

だから、意図するとしたら、そういう勘違いの意図をしないこと、すなわち(三次元的には)「意図しないこと」を意図することになるのだと思います。

 

同じ言葉を使ってはいるけれど、見ている次元が違うのですね。

 

本人が「これが問題だ」と思っている次元を抜ける。そのことは、宮岡先生のタロットで一番感銘を受けた部分です。次回、そのことについて書けたらなぁと思っています。

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