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福岡&遠隔で「ラク」を体感するヒーリングをやっています☆

ADHDグレーゾーンのこじらせと今の混乱そのまま出し

1週間くらい前に書いて保留していた記事なのですが、思うところあってUPします。長文です。最後の方は今日付け足しました。今は、1回目のセッションから約3週間、2回目のセッションから約2週間経ったところで、だいぶ、頭が整理されてきています(でもまだ途中なのだと思います。まとまるかな、と思って書き足しを始めたけど、とにかくまとまらない!結果的に超長文になりましたが、そのまま出します)。

 

 

***

 

 

先日、初めて、念願ののりこさんのキネシオロジーセッションを2回受けることができました。

 

「わたし」に関するさまざまな側面が一気に揺り動かされて、たとえるなら、いろいろ工夫して(現実に適応させて)寝かしつけていた、、、眠った赤子みたいだった「わたし」のたくさんの側面が一気に目を覚まして、ぎゃんぎゃん泣いている、そんな混沌とした中にいます。

 

まさに調整期間の真っ最中だと思うのですが、特に発達障害との関わりについて、今思うことを書いてみます。

 

のりこさんが最近、ADHD(注意欠陥・多動性障害)やアスペルガー症候群のような、いわゆる発達障害的な性質をヒーリングで調整されていることは、ブログで読んで知っていました。

 

たとえばこんな感じですね。

アスペルガーに関するあれこれ

IH キネシオロジーの感想から 真の理解力

 

わたしは自分のADHD的(少しアスペルガーが入ってる)側面にずっと悩んできたけれど、10年以上前に自分は発達障害である、というアイデンティティを捨ててから、もう自分のADHD的アスペルガー的側面を調整したいとか、変えたいとか、思ってなかったのですね。

 

でも、今回のりこさんにしていただいたセッションで出てきたテーマのひとつがADHD的(&少しアスペルガー的)な性質の調整でした。

 

のりこさんのセッションでは、今に影響を与えている要素について、年齢遡行をしながら情報を拾いあげてくれます。だから、2回のセッションを通して、自分の人生の総振り返りをした感じで、だから、昔のことを思い出すのかもしれません。

 

過去をあまり思い出すことのないわたしが、のりこさんのセッションを受けた後から、幼い頃のこと、学生時代のこと、会社入ってからのこと、、、年代を問わず、過去の記憶が次々とリアルに浮かんできます。もちろん、それに伴って感情も動くので、、、きっと、統合されている過程なのだろうけど、結構しんどいです。

 

そんな中で、ADHDとの関わりの記憶について振り返ってみたいと思いました。

 

2001年〜ADHDの診断を求めた頃

わたしがADHD(ADD)や発達障害という概念を初めて知ったのは2001年、『片づけられない女たち』という本を読んだときでした。「私のことが書いてある!」って興奮したものでした(以下ADHDとADDの表記が混在しますが、現在はADHDにADDを含むので区別しないことにします)。

 

・忘れ物が異様に多いこと

・時間に間に合わないこと

・人の動作を見たまま真似できないこと(言語に変換すればOK)

・顔を覚えられないこと

・先延ばししてしまうこと

・音に敏感でびっくりしやすいこと

・複数の音から必要な音(特定の人の声とか)を聞き分けられないこと

などなど・・・

 

書こうとすればたくさんあるのですが、ずっと自分を責めていたことが、自分の意志の弱さや怠けのせいじゃないかもしれない!?

 

小さい頃からずっと、自己評価がむちゃくちゃでした。多くの人が難しいと言うことは簡単にできたりするのに、人が当たり前にやってることが私にはできない。さぼってるとか、たるんでるとか、自分が頭がいいと思って甘く見てるとか、気を抜いていると言われる。。。

 

わたしが、、、、忘れ物をしないために、人の顔を覚えるために、時間を守るために、普通の人みたいに振る舞えるように、いかに工夫して、いかに頭をフル回転させて気を張っていたか、、、、、、

 

最近ののりこさんのブログにあった他の方の感想(IH キネシオロジー+フィボナッチの感想から  人間意識への変容)に、

 

イメージぴったり合ってる!と思ったのが頭の中のデータベースでした。私は外に出る時や人と会うときに、いつもデータの中から必要な情報をピックアップして状況や相手に合わせた自分で装備していました。

 

とあったのですが、まさにこれをわたしも幼い頃からやっていました。ごく幼い頃から、こういう場合普通の人だったらどう振る舞うだろう?どう返事するのだろう?と考えて行動していました。

 

それでも、普通のことができていないと怒られる(この2001年というのは、わたしが新卒の新入社員として会社に入ったばかりだった、というのが大きかった><先輩社員、特に教育を任された社員としては、仕事の一部として新入社員を叱ります。今のわたしなら問題とはならないような些細なことでも指摘されていたのです。それはすべて、上に書いた”データベース”に記録されて、以降のわたしの「ちゃんとした」振る舞いに役立ってくれたので、心から感謝していますが、当時は辛かったのでした)。

 

もし、これが「ADD」のせいなら、私の努力不足のせいじゃないなら、私は救われるかもしれない!

 

でも、いくらチェックリストで当てはまっていると思ったとしても素人判断はNGで、病院で診断してもらう必要があるとのこと。ADDかどうか知りたい一心で、私は初めて心療内科の門を叩きました。

 

初めて行った心療内科:「東大卒なのにADDのはずがないでしょう。卒業できたんでしょ?」

 

2軒目に行った心療内科:「あー最近多いんですよね」「こういうチェックリストはね、見ると大体あてはまってる気がするものなんですよ」「気分を上げるお薬出しておきますね!」

 

思ってたのと違う・・・。病院に行けば「あなたはADDですね」もしくは「ADDではありませんね」っていう診断が聞けると思ったのに。大人のADD自体が眉唾扱い。チェックリストもまともに取り合ってくれない。

 

でも、診断をしてくれる病院は存在するはず!飛び込みで行ったからダメなんだ、事前調査すればいい、と東京都医療機関案内サービス「ひまわり」っていう、医療機関を探せるサイトで電話番号を調べては、「大人のADD、注意欠陥障害かどうかの診断」がしてもらえる病院を探して電話をかけ続けました(大人のADD専門のクリニックは当時から存在しましたが、予約は数年〜10年以上待ちとかでした)。

 

ほとんどの病院が「ADDって何ですか?あーそれは子どもの病気だから小児科にいってもらわないと」みたいな反応の中、家から1時間くらいの場所にある、とある医院に電話をしたとき、珍しく丁寧に話を聞いてくれた上、「それならお住まいの地域にもっと近い場所で、とてもいい病院がありますよ」と、あるクリニックを紹介されたのです。精神科の個人医院でした。

 

そこでの初診は衝撃でした。アシスタントさん?の丁寧な問診後、院長登場。院長は開口一番、自信たっぷりの口調で、「あなたは間違いなくADDです!」と言ったのでした。そして二言目に「ただ、ADDというのは子供の病気の呼び名で、同じもののことを大人では境界性人格障害と言います」と・・・・・・。

 

当時の私は病名もよく知らなくて、自分はADDと診断されたと思い込んでしまいました。

 

※本当はADDと境界性は(症状として似ていることはあるけれど)ベツモノです。その後、何人もの医師に、私の特性は境界性人格障害とは全然違うと言われています。

 

そして、「元気が出るクスリ(ADHDの特効薬と言われている)」という院長直筆のメモ付きでリタリンが処方されました(他にもたくさんの薬)。

 

院長が輝かしく見えたのはその初診の日だけ、でした。

 

わたしはいつの間にか、院長のいじめのターゲットになっていました(今思えば、です。当時は分からなかった・・・・・・)。何かを聞かれて答えているのに、あなたの話は分かりづらい、話が長い、と遮られ、他の患者さんの迷惑だから、他の患者が終わるまで待っていなさい、と最後の診察まで待たされたり。できないことを話せと言われて話すと「そんなこともできないのか!」。基本、罵倒と嘲笑、自分の自慢話。そういえば、そのとき、その院長にアダルトチルドレンとの指摘も受けました。

 

薬の副作用もあって、私はどんどん不安定になり、会社にも行けなくなりました。

 

わたしはADDの診断が出たことを上司にも言ってしまっていて「病気になりたがっている」と言われ(今では上司の言っている意味も分かりますが・・・)、一方で、会社を休むよう診断書を出してくれている院長には罵倒され、、、もうボロボロでした。


会社を辞めたのと同時にその病院はやめたのですが、数年後、その院長はリタリンを乱処方していたことで逮捕されていました。後から知ったのですが、リタリンは合法の「覚醒剤」とも言われる劇薬で、、、要は、患者をリタリン漬けにして儲けるってことをやっていて、私はリタリンが処方できるADD/ADHDの患者として迎えられたのですね(院長本人としてはあくまで大人のADDなんて存在しないという考えで、ADDかも、と自己申告する人やそういう人の自助グループなどのことをバカにしていたのに。)。

 

会社を辞めたのと同時期くらいに、発達障害について何冊も本を出している先生の病院の予約が取れました。ようやく、専門家の方の診断が受けられるのだと思いました。子どもの頃の通知表など、指定されたたくさんの提出物を持っていきました。でも、東大卒と分かった途端、うすら笑いになり、「発達障害で東大に入れるはずないですから」と、まともにとりあってもらえませんでした。

 

その後、2003年に別の精神科の医院でアスペルガーの可能性ありと言われて検査を受けましたが、「アスペルガーといえる部分もあるが、完全にそうではない。ある面では非常に重なるが、ある面では全く違う」という結果で、診断は出ませんでした。

 

そのとき自分用に取ったメモを貼っておきます(日本語がおかしい箇所があるけどそのまま)。

 

言語性IQの方が動作性IQよりも高いが、動作性IQも平均以上である。なので、これくらいできるだろうという思いが違和感につながるのでは。

 

しかし、1つ1つの能力は高いが、それを組み合わせて流れる動作がぎこちない。流れるようにできない。

社会性という面では、この流れるような動作、一人の人格としてバランスが取れていることのほうがより重視、評価されるので、、、、

 

ロールシャッハは、あまりに突飛すぎてまとめられなかった。何にも当てはまらない。脳に損傷を負った人が出すような変わったパターン。1ついえるのは、色に対する反応が非常に敏感。色だけでなく、光や音に対する感覚があまりに敏感なため、外にいると疲れてしまう。うつ病のパターンでは全く無い。全然違う。落ち込むときがあるのは「うつ状態」で、何かほかに原因があって落ち込む状態がある。


アスペルガーといえる部分もあるが、完全にそうではない。ある面では非常に重なるが、ある面では全く違う。

 

もう成長してしまったから、成長の過程で影響された部分もある。

 

結論: 診断は出ず。
      光、色、音への敏感さをなくす方向

 

これまで見たことがないような突飛なパターン、というのは、その後、別の心理カウンセラーさんに受けた箱庭療法でも言われたのでした。。。

 

2004年、大学病院での診断を機にADHDから離れる

2004年、引っ越し先の病院の紹介で、大学病院であらためてADHDかどうかの検査を受けました。

 

そこで検査を受ける前に言われたのは、「100%発達障害だ」「100%発達障害ではない」と検査結果で客観的に診断できるようなことは、どの病院でもないこと、つまり客観的に診断することは不可能であることを知っておいてほしい、ということでした。この検査はただ、普通ならこのパターンをとるけれど、このくらいずれている、というように見るものだということでした。

 

脳波を測定したとき、用紙にslightly abnormalと記されていたのがチラッと見えました。検査技師の人に「この分かりづらい検査室までよくひとりで来れたね!道に迷わなかった!?」と聞かれました(わたしの方向感覚のなさを脳波から分かってくれた・・・)。

 

でも、その他の検査も含めて総合的に判断すると、発達障害の範疇には入らない、との診断でした。

 

発達障害は、黒と白に分けられるのではなく、その間には広大なグレーゾーンが広がっているのだそうです。だから、わたしは、診断上、ADHDでもアスペルガーでもなくて、言うならグレーゾーン、もしくは軽度ということになります。

 

その結果が出た後、私は発達障害という概念から離れることにしました。

 

「私はADHDだ」という考え方はわたしを救ってくれるどころか、、、、、傷つくことばかりだったからです(そもそもバカ正直にカミングアウトしちゃうところが発達障害的でありアダルトチルドレン的な問題だったのですが・・・・・・)。

 

「問題」はなくなった

それからもう10年以上、わたしは、「ADHDではない」けれど、その傾向を自認して共感を覚えている人、として暮らしてきました。

 

自分のADHD的特性が特に問題になるような環境を避けたのもあるし(そういう環境に入っても続かないだけですが)、人慣れ、世間慣れする中で、前は気にしていたことを気にしなくなった、というのがとても大きいです。

 

それに、わたしの特性自体は変わらなくても、表現方法で結構変わることが分かってきました。

 

たとえば、「ADHDだから忘れ物が多い」とか言うと、病気のせいにするな、って反感を買うけれど、「ものすごく気をつけているのだけど、どうしても忘れ物が多くて」と言えば、笑って許してもらえたりするのですよね・・・・・・。

 

「できない」のは脳のせいだよ、って診断が出れば、私のせいじゃない、って思えるんじゃないかと思ったけど、病院の診断は、わたしを発達障害の範疇に入れなかった。

 

だから、自分の特性自体を変えようとするんじゃなく、特性を防止するための手段は講じたうえで、もし失敗してしまったとしても、できるだけ人をいらつかせない、人に受け入れられる方法を工夫することに、努力の方向を変えたんです。そうすることが、ありのままの自分を肯定して、自己価値を上げることにもつながる気がしました。

 

それに、症状自体、自分のフィールドや道具を工夫することで、大きく軽減されるのです。基本的にはマルチタスクが苦手だけど、自分の家の台所であれば、少しのマルチタスクはできる、とか。普通の人と同じように荷物を持ってると90%忘れてくるけれど、カバンを工夫していれば大丈夫、とか。

 

そして今、のりこさんのセッションを受けて

その中でののりこさんのセッション。

 

のりこさんには私のADHDの自覚についてまったく伝えていないのですが、テーマとしてあがってきたことのひとつが基本ADHD的で、少しアスペルガーの要素もある、わたしの脳の特性の調整でした。。。。。。

 

その特性があることにはもちろん驚かないけれど、今さら、というか、うーん、なんというのだろう、、、、、私のできないことも含めて自己肯定するのだ!おー!と気合いを入れて(笑)向かっていた先に、あったのが、あ、脳が活性化してないですね、調整しましょう〜だったというのが、もう。

 

こじらせすぎて素直に受け取れないというか。2001年の私を現代に連れてきて代わりに受けさせてあげたいというかなんというか。

 

もちろん、のりこさんは医者ではなくヒーラー(キネシオロジストという方がいいのかな?)だから、ADHDかどうかの診断をするわけではないけれど、筋肉反射で脳のさまざまな部位の活性化の程度(その人がもともと持って生まれた青写真に対して何%活性化されているか)を読み取ってくれて、そこからわたしの脳の特性が立体的に浮き彫りになってくるのです。

 

のりこさんが筋反射を通して伝えてくださった、私の脳の状態や私のやりがちな行動(〜ということある?)は、2001年頃、ADHDっていう概念を知った直後の私が感じた「わたしを分かってくれた!」という癒しそのものでした・・・・・・。

 

分かってほしかった

わたしはただ分かってほしかったのだと思います。

 

本で「ADHD」という概念を知って、これは、私の意志の問題じゃなかったのかもしれない、と思ったとき、心に差した光明。ADHDと診断を受けることで「私は悪くない、悪いのは脳だ」って思いたかったんだと思っていたけれど、それ以上に、「それは大変だったね」と分かってほしかったのかなぁ。


「できるのが当たり前」とされていることを、ものすごく頑張ってやって人並みに見せていたのに、家族はもちろん、医師にも、誰にもそこを認めてもらえなかったのがさみしかったのかな。

 

だから、脳波の検査技師の人の「ここまで来るの大変だったでしょう!」っていう些細な言葉を今でも覚えているのかな。

 

本当は、診断上ADHDかどうか、だなんて、大したことがないのですよ。だって、大学病院の先生がおっしゃってくださっていたように、客観的に100%あなたはこれです、って言えるものではないのです(それに、私はコレについて薬を飲むつもりはもうないので、診断が出たってあまり意味がないし、対処方法も慣れてきて、もうこれ自体が一生なおらなかったとしても日々の生活に大きな問題はない)。

 

こんなにも自覚があるのに、「本物の」ADHD枠には入れてもらえないんだな・・・・とグレていた部分が、自分の中にあったみたい。

 

まさに、発達障害的な特徴でもある「白か黒か」という二元思考にとらわれていた部分もあったのだな、と。私は発達障害なの?そうじゃないの?って(笑)

 

そしてそれはわたしがこんなに頑張ってるのを認めて!っていう承認欲求でもあって。

 

のりこさんが普通にADHD的(基本ADHD的、少しアスペルガー的)な脳として見て、調整をしてくださったことで、その調整による変化は自分ではまだ分からないのだけど、抑圧されていた承認欲求が満たされたのだなぁ・・・と思います><

 

ほんとうは、自分で、辛かったね、って承認してあげればよかった。他の人(親や、周りの人や、医師)に承認を求めるんじゃなく。


診断から外れたときに、一生、これで生きていく!と決めたんですよね(また極端な・・・^^;)

 

わたしは一生、この特性とつきあっていく覚悟だったよ。だから、その制限外せますよ!?外しちゃいましょう〜♪ってなって、戸惑ってるのだと思います。

 

「正しい」答えがほしかった

と一旦まとめたのですが、今、この記事をUPする時点で思うのは、「自分の外からくる情報が正しい」という思い込みのために戸惑い、混乱していたのだな、ということです。

 

本を読んで(本は外からやってきた情報)「ここに書いてあるのはわたし!これで説明がつく!」って思ったその感動と共感は紛れもなくわたしのものだったのに、「病気になろうとしている」とか「そんなのは誰でもあることだ」(外の人の意見)とか言われて、その感動はシュルシュルシュル・・・と縮んでしまい、じゃあ、病院の診断(外の、権威ある意見)が出れば、私はそう思ってもいいのでは、って承認を求めたのですね。それでも診断は出なくて、ADHDではない、って解釈を採用して。で、10年以上経って、のりこさんの筋反射を通した解釈ではADHD的と出てハッとする・・・・・・

 

それだと、変わらないわけですよ。誰に聞こうと、どんな風に言われようと、たとえ分かってもらえても、外からの判断に委ねている以上、変わらない。

 

それは、病院の診断だけでなくて、カウンセリング、コンサルティング、スピリチュアルなリーディング、占い、友人との会話、家族の意見、とにかく、人から何か言われる機会すべてに言えることですね。いろんな人がいろんなことを言います。キネシの結果もそのひとつ。自分の潜在意識が言っていることを通訳するといっても、やっている側はそのつもりでも、他者を介する限り、そして「あー本当にそうだよな!」って心底腑に落ちない限り、「外」ですよ・・・。

 

いろんな意見を参考情報として役立てるのはいいんだけど、それが自分の思いよりも正しい、として受け入れると、ますます自分が分からなくなります。

 

たぶん、私の「わかってほしい」は、もともとは、「私が思ったことは正しいよね???」だったのです。「正しいよ」「いや違う」どちらを言われても、混乱しました。

 

結局、「わたしが自分をどう見るか」に他人のお墨付きなどいらない!のですね。わたしは自分を見たいように見ていい。仮に「間違って」いてもいいのですよ。人はひとりひとり違うから、ある人から見たら正しいし、ある人から見たら間違ってる、それが”正しい”あり方なわけですから。

 

その「正しさ」へのあくなき追求自体が、アスペルガー的傾向だったとも言えるわけですが。うん、こういうひとつひとつの情報や気づきを得るたびに「あら、正しさを求めていたわたし間違ってた!」って自分を変えようとするパターンがまさにそれですわ^^;;;

 

 

「正しい」答えや情報が現実を解決してくれるわけでもない

何かに名前が付くのって素敵なことです。名前がなければ、ああいう感じで、こういう感じで・・・って長々説明して「あ!いるいる、そういう人」ってやる必要があるけれど、一言で言い表せるわけですから。

 

ADHDって名前を知って、「私はこれだ!」「これで説明がつく!」と興奮しました。

 

結果的に、診断は出なかったから「私はADHDです」とは言えないわけだけど、実際問題、診断されること自体では問題は解決しないと思うのです(解決法として薬をつかう場合には診断が必要ですが)。

 

「ADHD」は、わたしの特性をうまいこと形容してくれている!!!という気づきは、他の人はしていない工夫を積極的にするように促してくれました。

 

目が悪い人が裸眼で強引に見ようとするんではなくて、いや、自分は視力が弱いのだから、と気づいてメガネを使うという感じです。高い視力が必要とされるような場面は避けて暮らせば、何の問題もないかもしれません。

 

わたしが自分でやってきた工夫自体は効果が出ていたし、それは発達障害という概念を知らなかったら、やれていなかったかもしれないことです。

 

つまり、わたしは診断は出なかったけれど、その概念は取りいれて現実に適応させてきたわけで、結局、うまくやってきたらしい、となるのですね。

 

何に悩んで、何と闘っていたのか、それもよく分からなくなってきました。でも、それもそれでOKなのだと思います。

 

のりこさんによる脳の調整によって何が変わったか、というのはまだ現実との絡みでは体感していないのですが、エネルギーレベルでの変化と現実的変化にはタイムラグがあるものだし、さらに、本人の体感として見た場合、「本来の自分に戻る」方向の変化は、大きく変わっていても実感がないことはよくあって、私がいま書いているこの文章も、私の意識では分からないけれど、調整の影響をすでに受けているのでしょう。でも、変わった!って体感は楽しいので、「あれ!?私ってこんなんだっけ!?」という気づきの瞬間を楽しみに待っていようと思っています。気づいたらまた書きます^^

 

Stars, Hoshino-mura, Fukuoka, Japan 星空、福岡県八女市星野村

comments: comments(4)
 
そうだったんですね&#12316;。
えりこさんがどんなに辛かったのかよく分かりました。
まあこ | 2016/11/13 14:36
まあこさん、ありがとうございます!

えりこ
えりこ | 2016/11/15 13:36
すごい文章だわぁ。。
私はこんなにうまく文章化できないけど、同じような事を今ぱっかんしてて、ブログに書きかけていながら進まないわ。
正しさの追求、、ってか。まさに。
自分のスピショッピング傾向も、誰か本当の私はこれだ!って教えて!ってなってて、外側からのジャッジを待ってるよね。
みんな私のある側面について感じたことを言ってくれるし、何も間違いはないんだけど、そこに確固たる正しさなんてないし、そんでエゴがこうあらねばならぬ私!っての持って離さない状態の時は何聞いてもえー、そうかなぁ?この人腕は確か?みたいにやさぐれてヒントにすらしようとしなかったりもある。。一発根治なヒーリングはないけど、少しづつ外側からの情報を聞いて、少しずつ心を開きながらヒントにして、最後は自分で引き受けていく、みたいなことなのかなと思う。

どんだけ自分が生きづらさの中で頑張ってサバイブしようとしてきたのか、ムツゴロウさんが月の輪熊を可愛がるように自分を抱きしめ、その努力と健気さを労って欲しいだよ。
夏子 | 2016/11/15 15:10
夏子さん、

おおお、ありがとう><><><

> 一発根治なヒーリングはないけど、少しづつ外側からの情報を聞いて、
> 少しずつ心を開きながらヒントにして、最後は自分で引き受けていく、
> みたいなことなのかなと思う。

まさにそうだと思います。

「本当の私はこれだ!」って教えてってなって、外側からの情報を鵜呑みにする段階もあれば、全拒否する段階もあって、振り子の動きが収束していくみたいに、最終的に、中心にいる「自分」で引き受けるというか。

スピリチュアルな領域からの言葉や気づきを提供する側に立ったとき、いまだ迷いがあったのは、中心の「自分」への確信がない状態でそれを聞くと情報に振り回されてしまう、っていうのを、自分が受け手として体験してたからでもあったんだなー、と思います。

でも、じゃあ、そういう情報は無意味なのかっていうとそういうことでもないので、そういうところも含めて、ケアできたらいいのかなぁとかとか考え中です。

> どんだけ自分が生きづらさの中で頑張ってサバイブしようとしてきたのか、
> ムツゴロウさんが月の輪熊を可愛がるように自分を抱きしめ、
> その努力と健気さを労って欲しいだよ。
ムツゴロウさん&#9825;
たしかに!!!ありがとう!自分をいたわりまする〜♪
えりこ | 2016/11/16 17:46

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