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福岡&遠隔でヒーリングもやっています

『母という病』

母という病』を読みました。

母問題の枠組みは「知ってるつもり」だったし、今さら感がぬぐえなかったのですが、今読めて良かったです。

ADHDなどの発達障害と、幼少期の母子関係との関連についても書いてありました(全体的にちょっと極端な記述が多いので真偽はわかりませんが・・・)。

スピリチュアルの分野での親問題の捉え方では、まず、親に反発して自己を肯定・確立するフェーズがあり、、、、最終的には親に感謝する方向へ、、、そこまでいって初めて、本当に癒され、自分らしく生きられるようになるといいます(私の理解)。ちゃんとそのあたりまで、簡潔ではあるけれど、カバーしている本でした。

親への怒りは、こう書いているとまだ燃えたぎっているように思われるかもしれませんが、以前にくらべればかなり静まっていて、ピーク時に比べれば「ない」も同然なのです。だからこそ、わたしはもう「癒された」ことにして、親に感謝するフェーズに一足飛びに行きたかったんだと思うのです。

それがここ半年くらいかな・・・・・・。

うまくいきませんでした。

自分の中で、絶対にそっちへ行かせまいとする、もうひとつの大きな力が大きくなってきていて、引き裂かれるような違和感。その象徴が、小さいころからずっとある「消えたい」という気持ちで。

p250の「死にたいと思う気持ちを克服するためには」あたりから最後までの数十ページが、今の私には有益でした。
死にたいという人の心の中には、お前なんか死ねと自分に言い続けるもう一人の自分がいる。
死にたいと思うのは、親に愛されない、認められない自分なんか無価値だと思うからだ。
(中略)
死にたいと思うのは、親にまだ支配されているからだ。お前なんか死ねと、言い続けるのは、親に支配された自分自身なのだ。

母という病』p250


消えたい気持ちが出てくるというのは、まだ、自分の内側に「支配する親」を入れてしまっているよ、というサインだととらえればいいのかも。
 

「親不孝」になってみることだ。親を一度蹴飛ばしてしまうことだ。それは、つらく悲しいことだが、そのプロセスなしでは、前に進めない。そんな自分に縛られなくなったとき、回復へと歩み出している。本当の自分へと、大きく近づいている。
親から自由になったとき、親をもう一度愛せるときがくるかもしれない。

同 p255


もう距離を置いて久しいし、正面対決もしたことあるし、十分「蹴っ飛ばしてきた」つもりだったんですね。もうそのフェーズは「終わった」ということにしたかった。でも、なんというか、目に見える部分で「やったよ」で終わることじゃなくて、本当に深いレベルで「ケリ」を付けるということなんだな、と。

本当は親を愛したいし、許したいんだけど、そのためには一度、(そのままの私を認めようとしない)親に認められるために、いろいろつくってきた、嘘で塗り固められた自分を打ち捨てなくてはならないみたい・・・・・・怖いけど・・・・・・

このままのペースで書いていると、全然終わらないので、覚えておきたいことを箇条書きに。

・勇気を出して「理想の自分」を放り出す。「良い子」をやめる。
・「良い子」に未練があるのは、親に愛されたいから。
・「良い子」の自分に縛られる限り、親の支配を脱して自立した大人になることはできない。
・百点を求めないこと。百点を求めていたら九十九点でも不幸になってしまう。
・五十点くらいが、人間らしくて一番いいと、発想を切り替える。百点は不自然。
・完璧を求めるのは、思春期までで十分。大人として円熟するということは、完璧へのこだわりを卒業すること。
・愛着の傷を修復する作業は、肝心の母との間でやるのは一番難しい。パートナー、友人、カウンセラーなど共感的な第三者との間で愛着の傷を癒すのが現実的。
・安全基地となって支えてくれるパートナーに出会えた人は幸運。しかし愛着は相互的なもの。一方的に甘えるのではなく、自分も相手の安全基地となるよう努力することが大切。
・対人関係のパターンや基本的安心感、基本的信頼感といったものは、愛着形成が行われる一歳から一歳半くらいまでの乳児期の間にほぼ決定される。
・アジア系の子どもは、欧米系の子どもなどに比べて、不安の強い遺伝子タイプの持ち主が多く、母親の関わりの影響を受けやすい(白人は、鈍感なタイプが六割、日本人などのアジア人種は、割合が逆で、三分の二が敏感なタイプ)
・「与えられなければ与えてみる」
・親が安定した愛着を育んでくれなくても、自分が誰かを愛し、その存在と安定した愛着を育むことができれば、自分が抱えている愛着の傷を癒し、不安定な愛着の問題を乗り越えることができる。

この最後の部分が、一番印象的で、嬉しかったです。

私は、親になるのが怖かったのですね。絶対に母親と同じ事をしたくないのに、してしまいそうだったから。

事実、この本にはその恐怖には生物学的根拠もあるとも書かれているのです。

幼い頃に愛されなかった女性では、オキシトシン受容体の数が増えず、オキシトシンの分泌も悪いんだそうです。出産の際にオキシトシンが大量に放出されて、母性愛のスイッチが入って、母性的な献身が喜びに変わるはずなのですが、オキシトシン受容体が少ししかないと、お乳を与えたり、子どもの世話をすることがよろこびとはならず、苦痛に感じられやすいのだそうです。。。

うわー、私、きっと、身体的に不利じゃん!!!と思うのですが。

でも、まずはパートナーとの関係で、愛着を活性化させていくことで、そして子育てを通して(めっちゃ大変だろうけど・・・)自分も育てていける道があるのだなぁ、というのは、救いでした。

そして、やはり親子問題は連鎖するな、、、と。母方の祖母もまったく母性的でなかったし(孫の私でもいわゆる「可愛がってもらった」記憶がない・・・)、父方の祖母も同じ。

連鎖は、断ち切る!

 
岡田 尊司
ポプラ社
(2012-11-02)
コメント:母という病の概要、それを乗り越えて両親に感謝できるようになるまで

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