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福岡&遠隔でヒーリングもやっています

見えない怒りと無気力

大嶋さんがまたやってくれました!

 

大嶋さん、どんどん人気者になられて、最近立て続けに出版されていますね。この本はおとつい発売の最新刊。

最近は出版社主導になっているからか、どんどん読みやすく、洗練されていっていますね。

 

で、この本、今、最初の数十ページ読んだ(というよりもざっと流した)だけの段階なのですが、「すげ〜!」(大嶋さん風に!)という発見が起こって、とりあえずそこだけ書いておこうかな、と(だって本当は今、本読んでる場合でも、ブログ書いている場合でもない・・・(汗))。

 

この本も、タイトルが中身と合ってないように感じます。大嶋さんじゃなかったら、わたし、このタイトルの本ゼッタイ買わなかった!!!

 

あんまりイライラしないしね。怒りやすくもない、と思います。

 

何かに怒っている人の話を聞いても、「へえ、そういうことで怒りがわくのか〜」とか「えーそんなことで怒るの?」って思っていることが多いので、自分は「怒りにくい」という認識。

 

でもね、何年も前、みちよさんに、「「無気力感」も「生きづらさ」も、「人間として生きる」と決めれば解決する。怒りはエネルギー源だから、怒りを感じれるようになれば、喜びももっと感じられるようになり、生きる気力もわいてくる。」と言われていたんですよね。

 

ご興味がある方は、ちょっと黒歴史入っていて本当はあまり読んでいただきたくないのですが、、、2015年にみちよさんのスピリチュアルカウンセラー講座を受けたときのレポをどうぞ・・・・・・→ ハートのスピリチュアルカウンセラー養成講座 (1) アウェイ感と怒り (2017年の講座の募集が最近開始、、、と思ったら、もう満員お礼ですね!)

 

この頃は、必死に怒りのありかを探ってね、いやーひどかった(自分がってことですよwww)

 

そういうわけで、この頃にくらべれば私も「人間」ですけど、今でも、私は「怒りっぽくない人」のカテゴリーに入ると自認していたので、「ちいさなことにイライラしなくなる本」は、タイトルだけだったらまず手に取らないですよ。

 

(タイトル語るだけでこんなに長くなってしまった・・・)

 

えっと、要は、私は怒ってたのか!!!ということに気づきました。最初の数十ページで。何の辛いことも、感情の噴出も何もなく。淡々と。

 

怒りが見つかったというよりも、自分の中での「怒り」の定義が覆されたって感じですね。

 

あーーーー、これも「怒り」、あれも「怒り」、わたし怒ってたのか!!!っていう。ただ、怒り表出の仕方が、テンプレ的じゃなかっただけで、わたしなりの「怒り」はいっぱいあったんだなぁ、って。

 

もしかして、無気力タイプの方は、このタイプにあてはまることがあるかもしれないので、この本は、怒りやイライラを自覚していない人、「私、怒ることってほとんどないんです」とか、「怒ることってあるんですか?」とか言われるような人に、むしろ読んでほしいです!!!

 

(でも、まだ最初の数十ページしか読んでないんだった・・・読み終わって考えが変わったらごめんなさい)

 

「怒り発見器」が「すげ〜!」ですw

 

脳血流の画像では、温度が高い部位が赤く表示されます。その患者さん(怒りっぽい人:引用者補足)の場合、怒りを感じる部位から指を動かす部位までが真っ赤になっていました。つまり「怒っていると指を動かす部位が影響を受ける」ということがわかったのです。

ちいさなことにイライラしなくなる本 p56

 

へえ〜って感じではありませんか?

 

「怒り発見器」を利用して、自分としばし対話。

 

なんか、怒ってる。

 

何に怒ってるん?とどんどん聞いていったら、(他にもいろいろあるけど)何より自分に対して怒ってるんですよね。

 

NOって言ってる自分に対して怒ってる。

 

え!?わたし、結構イエスって言ってる人なのでは?(←自己認識・・・)

 

映画の「イエスマン」とか好きだし、V. E. フランクルの「それでも人生にイエスと言う」とか名著だと思うんですけど!

 

いやー、いつもノーって言ってる、らしい。

 

で、よーく、自分の毎瞬毎瞬の行動を分解して見てみると、ものすごーく微細なノーを繰り返してるっていうことが分かったんです。

 

「洗ってない皿が目に入る」→「洗わなきゃな」→「めんどくさいから今はやだー」(ノー)

 

いちいち書くのは難しいですけど、仕事を含むすべてに対してですね「めんどくさいから今はやだー」と言いまくってるんです!

 

それが「無気力」の日常!

 

人から明示的にリクエストされたことについては、なるべくイエスと言うようにしていたし、ノーと言っている場合はノーと言ったことを自覚していたのですが・・・・・

 

ただ生きているだけで、部屋にいるだけで、ほこりはたまるし、洗い物は出るし・・・・・・それがぜーんぶ「めんどくさいから今はやだー」のネタになっていて、その膨大なノーはほとんど自覚されてなかったんですね〜。ただ、そのノーの結果放置された部屋を見ては、「あ〜、家事できない私ダメだな〜」という自己否定のネタにはなるものの。

 

でも、その毎瞬毎瞬の心の動きを自覚してみると、なんと。

 

片方にノーと言っている、ということは、別のことにイエスと言っているはずだってことが見えてきます。

 

「めんどくさいから今はやだー(ノー)」、そうじゃなくて「今は〜がしたい(イエス)」

 

わたしがノーといっているとき、私には「やりたいこと」があるのか〜!それを「やってる」んですね。

↑先日のやりたいことなんてなくていいにもつながります。

 

大概、このイエスはめっちゃくだらない、価値がないことに向かっていて、ノーはいいこと、価値があることに向かっています(自分の脳内ジャッジメントによる)。


つまり、私の脳内では「いいことだ」って持ち上げておきながら、同時にほぼ瞬殺で「ノー」を言う、さらには「だめなことだ」と落としておきながら、やっちゃうっていうwww、矛盾した両方の力が常時発生していると。

 

そりゃあ、疲れるし、怒りもわく(ひとつひとつは些細すぎて意識はされませんが、塵も積もれば・・・)。

 

つまり、今日の大きい発見としては2点です。

 

・外側からの要求には(意識的に)イエスと言うが、内側からの些細などうでもいいような要求には(ほとんど無意識で反射的に)ノーと言いまくっていた。毎瞬。

 

・ノーと言っているからには、イエスが存在する。イエスを否定しないで見れば、行動自体は変わっていないのに、「無」気力が「有」気力に!!!

 

(あれ?まとめで新たな発想が加わってるようなwww)

 

とりあえず今日はそんなところです!

 

昨日描いたフラワーオブライフ、まゆさんが記事にしてくださっています→古代をイメージするような味わい深さ|福岡・全国Skype パステルアート 宇宙とつながる神聖幾何学模様&生命の樹

どんどん色が濁っていって、本当に面白かったんだけど、それはまた後日〜^^

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最近の糖質制限状況と『カロリー制限の大罪』

やっぱり低血糖症でした。 で低血糖症が発覚してから、栄養について調べたいと思いつつ、このテーマについては、苦手分野なのもあって、なかなかすすみません。

 

本借りても、つい読むのを後回しにしてしまう・・・そして読まずに期限がきて返すwww

 

栄養はすべての基本なのにねえ・・・

 

でも、ゆるやかな糖質制限は続けています。

 

基本的に、家ではお米を口にしなくなりました。家族との外食では、ご飯を断れる状況なら断ったり。でも、人との外食では(そんなにあるわけじゃないので)、制限せずに食べたいものを食べることにしています。

 

変化といえば、順調に体重が落ちていることと。体脂肪から減っていきますね!

 

そして、たまに糖質メインの食事――パスタとか、ケーキとか――を食べても、前ほどおいしく思わなくなってしまいました・・・。

 

「ごほうび♪」として選んだにもかかわらず、一口食べて「これは私が食べたいものじゃなかった」と後悔・・・。でも、メニュー見ると、美味しそうで、たまに与えたくなるのですよね。

 

過去のイメージと、今の実際の感覚の隔たりがすごいです。そこに慣れるのに、まだちょっと時間がかかりそうかなぁ。

 

そして、炭水化物メインの食事については、食べる量も知らないうちに減っていたようで、夫とよく行く中華で、前と同じ量を頼んだら、えー!こんなに多かったっけ?食べ切れん!となりました(夫も家で食べるときは低糖質に協力してくれているので)。

 

そういえば、大嶋さんの新刊に血糖値に関連する暗示があったんですが、それもいい感じです。

 

つまりね、「わたしは低血糖なんだから!糖質摂りすぎたら調子悪くなるんだから!」と自己洗脳しちゃっている可能性があるのでね(しちゃうよね〜、あのグラフみたら)。なので、暗示。

 

その中で、偶然、マツキヨさんが雑記で紹介しておられたこの本、読みました。

偶然にも?ロカボ(ゆるやかな糖質制限)を推奨されているお医者さんの本です。

 

2017/6/22の発売の本なので、最新データがたくさん載っているのがいいです。

 

私はもともと、体験的にカロリー制限を信じてなかったのですが、なぜカロリー制限は健康に良くないのか、なぜもっと油は摂るべきなのか、「科学的に」書いてくれるから、自信がつきますね。

 

今のわたしが「カロリー制限しても意味ないんです!」っていいながら、オイルじゃんじゃんかけて、好きなもの満腹になるまで食べてても、まーったく説得力がありませんからね!!!(爆)(この先生は、ゆるやかな糖質制限をする場合(←ここ重要w)、満腹になるまで食べることを推奨しています。)

 

でも、ほんと、子どもの頃から太りやすかった私は、1人暮らしになって以降、いろんな食事法を試したけど、少なくとも自分に関しては、これまでの経験では、食事の内容や量と体重の増減の間に関係はない!というのが結論でした。もちろん、ごく短期的に見れば相関はあるけれど、長期的にはね。食事をがんばって制限すればするほど、それがストレスになって逆効果、って感じです。

 

痩せるときは、仮に食べるもの変えなくても、ガーッと体重落ちていくし、太るときはもそうです。

 

だから、今回、糖質制限も試しにやってみただけで、まったく期待してなかったんですよね。それが、ここ数年で初めて体重が落ちてきていて、大変嬉しいです。

 

そのあたりの、自分のからだの仕組みも解明したいところ。

 

内面的なこと、見えないレベルも関係あると思うんですよね。でも、栄養は確実に脳の働きに影響与えますからね。結局つながってる。

 

あとがきが面白かったなあ。筆者さんの一番言いたいことなんだろうな。

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願望というもの

これを書くぞ!って思うところまでなかなかアイデアがまとまらなくて、それを待っていると、どんどん通り過ぎてわけわからなくなるので。

 

なので、今日は、ちょっと趣向を変えて、まとめることは放棄して、ただ「今」を外に出すだけの書き方をしてみようかな、と。

 

30分のタイマーをかけました。

 

昨日はとても嬉しいことがありました。まさに「願いが叶った!」というやつ。

 

これは先日スピリチュアル美容師えりさんといった神社でお願いまでしていたような大きいやつなので(あ、私は神社でほとんど「お願い」することがありません、だってそんなに願うことがないので(汗))近々お礼にいってこなくては。

 

そういえば、「願い」とか「欲」とか「願望」とか「お金」について最近興味があります。

 

生命の樹の本のことは「マインドマップと(カバラの)生命の樹(22日間のワーク、始めます!)」の記事にちょこっと書きました。

 

で、この本、

正直なところ、筆者というよりは、主に編集の方との相性が合わないんだと思うのですが、(これを読んだ時点では)どうにもこうにも「合わない」本でした。なぜそこをそう書く!なぜこういう構成にした!となってしまうw

 

こんなことを書くと非難しているように思われるかもしれませんが(だから、私はこういうことをブログに普段は書きませんが)、あんなに素晴らしい『ニューアース』の朗読が全然聞けなかった件もありますから、この違和感も、「今、私がそういう状態だ」、ということを示しているだけと受け取っていただければと。

 

わたしが合わなかった理由は、これから書くように、たぶん少数派の観点なので、合う人には合う本だと思いますよ!

 

私が最近書いた記事の中で、私が特に気に入っているのは「「やりたいこと」神格化現象の中で」です。やりたいことがない、無気力なあの感じを、よくこめることができたと自画自賛しているのですが、これに対する答えを、まだ書ききった気がしていません。先日書いた続きは、自分の中で満足できていません(それが最近の問いのひとつでもあります。もうあの状態から脱してしまったので、完全に忘れてしまう前に、つながりがあるうちに、どうやって脱したか、あれは何だったのかなどをまとめたい・・・)。

 

で、↑の生命の樹のワークブックは、そういう「やりたいことのなさ」に悩む人の思考回路とは対極にある視点から書かれている(ように私には思える)んですね。

 

この本の要旨をざっくり言うと、筆者は、「引き寄せ」がうまくできるようになるためには、まず「受け取る」ことができる必要があって、「受け取る」チカラを育む不思議な力が、生命の樹にはありますよ、ということを言いたいのだと思います。なので、そもそも、「引き寄せ」たいと思っていない人への配慮がないですw

 

という形で、わたしの中に違和感が意識されたことで、わたしが、内心、「引き寄せ」を嫌っていることが浮上してきました。

 

いわゆる、ブロック的なものですね。

 

というよりも、「欲」「ほしい」的なものの扱いが苦手?まさしく第二チャクラマターですねw

 

これまで本気で願ったことは大体叶ってきたので(叶った願いは、叶う前からそうなる予感がしていて、ほんとにそうなったらめっちゃいいよね〜、わあ、なった!って感じなので、「引き寄せ」と言えるかどうかは?)、わざわざそんなに叶えたい、とかほしい、と思う気持ちが分からん、という感じだったのですが、、、、

 

もしかして、今から未来にいたる流れの中で自然に浮上してくるイメージ、とは違う、「今」とは接点がないように思える「願望」を普通は願うものなのか!!!?という。

 

そのあたりが、結構、わたしにとって、最近の新発見なのだと思います。

 

で、今回、それをあえて「やってみた」、そして叶ったんですね。というのは、昨日叶ったのは、↑の本が届いてすぐに描いてみた生命の樹に書き込んだ「願い事」だったから。22日間のワークは新月前夜から始めるようになっていて、それはまた別のことをやっているのですが(今ちょっと中断中><)、本を読んだ直後にとりあえず作ってみた願望の生命の樹が、叶ったわけです(でも、正直、叶うイメージはそもそもありましたがw)。

 

ちょっと、言いたいところまでいけてない(なんだか、私が、何でも叶って何不自由ない生活しているような人になってしまっている・・・そうじゃなかった!(そうだと思いたかったけど!)そこをほんとは書きたい〜)のですが、30分経ったので切ります!

 

今日たまたまみつけた、森の中にいるとしか思えない動画。

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俯瞰的視点とヘリオセントリックな占星術と「らせん」

わたしが今、もうひとつ興味があるのは「見る」ということ。

 

そのテーマ自体については、まだまとまっていないので、今は書かないけれど、「見る」からには、どこから見るのか、視点をどこに置くのか、がまず、最も重要ですね。同じものでも、どこから見るかによってまったく違うものになりますから。

 

それについて、わたしに大きなヒントを与えてくれた、もうひとつの無料講座がこれでした。

 

星と心がつながる講座 (by 森野御土日古(もりのおとひこ)さん)

 

従来の西洋占星術(地球中心=ジオセントリック)とは違う、太陽中心(ヘリオセントリック)の占星術の動画講座です。

 

まだ、受けている途中なんですけどね。

 

ジオセントリックからヘリオセントリックへ、ということは、視点としては、「地球中心」から「太陽中心」への移動です。

 

で、「太陽中心」といってイメージするのは、こういうモデルではありませんか。私はそうでした。

via GIPHY

 

でも、実際には、こういうふうに、らせん状に(!!!※)、太陽系ごと、銀河系を移動しているんだそうですよ(さらに、その銀河系自体も移動しているらしい)。

※縁あって使わせていただいているフィボナッチ音叉も「らせん状」の幾何学図形を音で描くものですから、私にとってはびっくりマークがつきます〜!

 

 

あまりに見事すぎるので真偽を疑ったわたし(思考優位ばんざい!(笑))はすぐにネットサーチし、この動画は正確ではない、との批判も確かにあったので、とりあえず、ブログに書くのは保留していました。

 

有名な批判ブログ:

Vortex motion: Viral video showing Sun’s motion through galaxy is wrong.

日本語訳もあります:

違う、太陽系は渦巻きではない [BAD ASTRONOMY翻訳記事]【勝手に修正版】

 

この批判のポイントは、大きく分けると2点。

 

・太陽が惑星を先導しているかのように、太陽が惑星よりも前方に出て銀河を回っているように描かれているのはおかしい

――実際のところ、ビデオによってはそうなっているものもあるけれど、そうなってないビデオもある。

 

・太陽を垂直に周回するように惑星が描かれているのはおかしい(実際の惑星の軌道は、90度ではなく60度で傾いている)

――ああ、それはそうかも。

 

でも、角度は違うかもしれないけど、太陽系が銀河を動いているのは事実だし、その軌道が「らせん状」なのも事実なのでは?私を含め、一般の人にはそこが新鮮だったのではー、というのが、その時点のわたしの感想。

 

(「helical」=「らせん」と「vortex」=「渦」をごっちゃにしているのも、専門家からのツッコミのもとになっていたらしいですね。らせんと渦とは、科学的な定義上はまったく違う現象だと・・・でも一般的な言葉のイメージとしては、らせん=渦巻きですよね〜わたしは厳密なところは分かりませんが)

 

でね、今調べて知ったんですが、なんと、先の動画の作者さんは、その批判にぜーんぶ答えているんです!

60°の件についてもちゃんと答えています(たしかに、どこから見るかだけの問題だ!)。

Solar System 2.0 & Science Friction | DjSadhu.com

 

そして、それを受けて作られたのがこの新しいビデオ。

 

 

本質的に、イメージは変わっていないですよね!

 

そういうわけで、わたしもアタマがカタイ一人としてこの一連の流れを説明しなくてはおさまらなかったのですが、そこが言いたかったわけではなく。

 

ん、で何が書きたかったんだっけ(笑)

 

そう、森野さんのおかげで、太陽系の新しいイメージを得ることができたってことです。

 

単に地球視点(見上げる)から太陽視点(見下ろす)になるだけでもすごく大きいんですよ。

 

そのあたりの視点移動については、最近、地球暦というものを買ったんです。

太陽系時空間地図 地球暦 HELIOCOMPASS(写真はお借りしました)

地球暦

 

これは、太陽系を「見下ろす」視点をイメージしやすくするツールなのだと思います。

 

でもね、これだけだと、一年経ったら、また同じところに戻ってくるような感じがするじゃないですか。

 

さっきの動画で見たように、太陽系そのものが宇宙が旅をしている存在で、今この一瞬、私たちがいるこの場所に、戻ってくることはもうない、、、進み続けている存在だと考えると、そしてその進みはらせん状なのだと考えると、地球、自分、そして今このときへのイメージが大きく変わりませんか。

 

そして、その宇宙レベルの視点の変化は、確実に、現実レベルにも影響を与えるのです。

 

外に見ることは、内に見ることだからです。

 

今、そのあたりを考えるのがマイブームです♪

 

※森野さんの星と心がつながる講座も、昨日書いたわたしの「惑星音叉の使い方を教えて!!!」という問いに対する答えのひとつと受け止めていて、今、森野さんの有料講座も受け始めたところです。

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外からの「情報」は答え合わせ

自分で考える

→こういうことか!と理解する・気づく

→それと同じことを本で読んだり、人から聞いて答え合わせする

 

っていう順序で起こることが、最近、多いです。

 

自分では、ずっと、逆の流れだとばかり思っていたのに。

本を読むことで、新しい発想を得て、自分なりにやってみて、考える、の順だと思っていたのに。

逆なんですね・・・

 

本や、人の言葉は、新しいことを学んだり、新しい境地に触れるためではなくて、自分でたどりついた理解の答え合わせ+αにつかう・・・そんなイメージです。

 

もしかしたら、私は特に、誰かに答えを教えてもらうんじゃなくて、体当たりで、実感して、自分でつかみ取りたい、という気持ちが強いタイプなのかもしれませんが、、、

 

この「流れ」について最初に「ん?」と思ったのは、はっしーさんの本のワークを最後までやったときだったと思います。

 

この記事を書いたときは、眠くてそこまで書き切れなかったんだけど、本当は、このとき、ワークそのものの成果以上に、印象的だったのは、そのほんの少し前に気づいて「やりたいことなんてなくていい」という記事にまとめたばかりのアイデア(やりたいことがない、っていうのは、「やりたいこと」を大きく捉えすぎていただけなのでは、という気づき)そのままが、あのワークブックの最後の方に書かれていたことでした。

 

最近では、​マインドマップと生命の樹って似てるよね〜♪という気づき(この記事参照)から、「生命の樹」に一気に親近感がわいて、気づいたらマツキヨさんの本が読めるようになったわけですが、マツキヨさんのパスワークの本(この記事参照)の後書きに、この本はマインドマップ(iMindMapというソフト)をつかって書いたと書いてあるではないですか。

 

これは別に、マインドマップと生命の樹との関係を言っているわけではないので、厳密にいえば違うんだけど、先の記事に書いたメッセージ(枠組みを使えば今見えてない領域を扱えるようになる)は、まさに、タロットのパスワークの発想でもあるということが分かりました(「何も道具がないと、偏ったところばかりを探索することになります。……今まで全く馴染んでいなかった、それがあることさえ知らなかったという「道」を、このパスワークの中で見つけ出すことができると思います。 「あなたの人生を変えるタロットパスワーク実践マニュアル」 p25)。

 

こうやって、現実レベルで見つけたり、再確認したりする、その「答え」なるものは、私の「問い」ありきで、返されてきているもの、という感覚があります。

 

自分が問うたもの――別の言葉でいえば、教えてほしいと願ったもの――について、タイムラグがあっても、答えがもたらされているようです。

 

そういう意味で、自分の発信が最初なのですね。

 

『A New Earth』の朗読が長い間、見事に馬耳東風だったのも、その時点では自分の中で対応する発信(問い)がまだなくて、キャッチできなかった、ということかもしれません。

 

わたしの発信も、複合的で、無意識なのもあって、おおもとの「問い」は自分でもこれとは言えないけれど、今今、降りてきているたくさんの答えは、具体的レベルでいえば、「この惑星音叉たちを使いこなせるようになりたいです!惑星音叉の使い方を教えてください!!!」と、惑星音叉を手にしたときに強く願ったことに、端を発している気がしています。

 

惑星音叉を手にしたのが4月30日。その間、約2か月(去年手にした惑星音叉は地球〜月までのみで、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、キロンの周波数の音叉を手にしたのが2か月前)。

 

惑星音叉は、ただ鳴らすだけでもパワフルなんだけど、使いこなせばすごいことになる、と直感してるのです。まだ、今の時点では、使いこなせてはいないけれど、確実に惑星とお近づきになってきている実感があります。

 

マツキヨさんは、私にとって、星(だけじゃないなぁ・・・ほんとは)の叡智との仲立ちをしてくれる人のイメージなので、マツキヨさんの言葉が分かるようになったのは、第一段階として、とても嬉しいです。

 

他にも立てている「問い」や「願い」があります。

 

今、それについても同時に答えがきてて、それこそ、マツキヨさんの本に書いてあったりするんですよ!読めるようになって初めてそこにアクセスできるという。

 

本当に面白いです。

 

野河内渓谷(のごうちけいこく) / Nogouchi River Valley, Fukuoka, Japan

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