sakura-blossom

福岡&遠隔でヒーリングもやっています

ちょこっとメニュー変更&なんでヒーリングやってるんだろう

ヒーリングのメニューを少し変更しました。

 

遠隔ヒーリングのフルセッションを、メニューから外しました。

一旦、遠隔ヒーリングは約45分のおまかせ(通話なし)のみにさせていただきます(少し時間を増やしました。45分はちょうど落ち着いてフィボナッチプロセスができる時間です)。

詳しくはメニューページをご覧ください。

 

わたしは聞く・話すが読む・書くより苦手なタイプで、特に電話 x 初対面はむずかしい・・・

克服がんばろうと思ってたんですが、そういうの一旦やめることにしました。

他の仕事ならまだしも、ヒーリングに関してわたしが「苦手なことをがんばって」も何もいいことはないな、と思いました。

 

今のメニュー、いずれ大きく変えることになる気がしていますが、まずは、できる限りシンプルにしてみます。


今、特に自発的に「ぜひヒーリングをやっていきたい!」という気持ちはなく、自発的な「やる気」でいえば、翻訳やWebのほうがずっと上ですし、実際、最近は翻訳ばっかりやってます(いやあ、長かった!ようやく「やる気」というものが私にも出てきたwww)。

 

その中で、じゃあ、なぜヒーリングをやめてないのか。

 

そのひとつの理由は、たぶん、やめよっかな、と思うたびに、やってて良かった!と心から思う方が来てくださるから、です。

 

そういうとき、私の方に「ヒーリングをやりたい」とか「癒そう」という気がないのが、どうもポイントのひとつになっているんじゃないか、と思うことがあります。

 

「ヒーリングを受けたい」ときって、何らかの「欲」があるわけです(たまにそうではない方もいらっしゃいますが)。

 

わたしは無欲だとばかり自分のことを思っていたけど(汗)、内実、ずっと欲まみれでした――もっといい自分になりたい、人に対する恐怖をなくしたい、流ちょうに話せるようになりたい、オープンになりたい、etc...――この一見キレイキレイした(?)、尽きることのない欲望!(笑)

 

「自分を変えよう」としているとき、、、、自分から離れているから、まずは自分に戻ろうよ、ということですが・・・・それには何か「ハッ」と我にかえるような刺激があればいいだけで、そのために音叉はかなり良いとは思いますが、、、別にヒーリングじゃなくていいんですよね。

 

むしろ現実最強かと・・・。

 

ほんとは、自分で、我にかえる方法を見つけていく旅なんだと思うのです。

 

うーん、やっぱり、なんで、私はヒーリングやってるんだろう?って思いますねw

 

ひとつ思うのは、わたしは「生きていたくない」とか、人に対する過敏さの問題を、分かってもらえなくて本当に辛かった、、、だから、それについて何かできることがあるのでは、という思いはあります。だから、こうやって結構アケスケに今を書いているのだと思います。わたしなりのスタンスを、今後1年くらいで見つけたいと思っています。

 

Shinseki

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生きていたくない人の隠れた願望

これから軽く更新をしていこうかな、という気分なので書きます。

 

ここ数か月、自分と向き合っていました。

 

願望というもの」を書いた頃から、自分の「願い」っていうものをどんどん突き詰めていったら、やっぱり「生きていたくない」っていう願いと向き合わざるを得なくなって。別にうつ状態になったとかではないのだけど、このテーマでは、うかつに書けないなぁと自粛していました。

 

※毎度書きますが、「生きていたくない」は、いわゆる「自殺願望」というのとは違います。積極的に死にたいわけではないけれど、積極的に生きたいともどうしても思えないっていうやつです。私は消滅願望って言ったりします。私は物心ついた頃からずっとあり、これをどうにかしたくてスピに足をつっこんだのだと思います。

 

最近はほとんど思うこともなくなっていたんですが。

 

表面には浮かび上がってこなくなったけど、底の方には、その名残、ではなく、、、根っこがまだあって(根っこだから、何かあれば芽吹くってことですね)。

 

わたしが問題と思うほとんどすべては、結局のところ、その、生きることへの抵抗感がおおもとにあるんだな、というところに行き着きました。

 

今までは、ずっと、それをどうにかしようとしてきたのですが、それを「願い」として捉えなおそう、と思ってやってみました。

 

願望、夢、目標もしくは志がなぜ必要だと皆言うのかは、分かるようになってきました。

(願望と夢と目標と志は本当はそれぞれ違うけど、ここではあえて一緒にします。なぜなら、全部ひっくるめて、「生きたくない」私にはもてないものだったから)

 

で、願望って、人によってもちろん違っていて、一般的には願望とは呼べないような隠れた願望もあると思います。それを認識しない、ないものにする、のもひとつの手だけど、今わたしが目指しているのは、自分を360°分かること。そう、自己認識。そうなると、認識しない、手はないですね?

 

私に願望がない、ように思えていたのは、、、、、「生きていたくない」を禁じ手にしていたからでした。

「生きたくない」も願望、しかも切実な願望だと認めたときから、気づきが展開しはじめた気がします。

 

もちろん、それを実行するっていうんじゃなくてね。死にたいのと違って、生きたくない、のだから実行できないし。

(本当は、、、願望を持たなかったり、様々な先延ばしをすることで、実際、実行していたのだけど)

 

つまり、「生きたくない」んだね、じゃあ、「もしこの世からいなくなれたとしたらどうしたいの?」つまり、「本当は何がしたいの?」を問い続けていました。今も、問い続けているところです。

 

もし、本当の本当にまったく願望(〜がもっとこうだったらいいのに)がないなら、今、心は完全に平和で幸せなはず。

 

もし「私は完璧に幸せだー!」と言って、心に少しでも引っかかりがあるのなら、気づいていない/認めていない/認められない、隠れた願望がある証拠だと思います。つまり、それは願望がないのではなくて、ただ、認識できていないだけ、ってことです。

 

要するに、ネガティブは自己認識の大事な道しるべで、見過ごすのはもったいない。

 

何かあるらしい、って分かったら、一体何が不満なんだ!ほんとはどうしたいんだ!って自分に問い続ければいいと思います。

 

問いかけさえすれば答えは来ます、ほんとに。

 

ステンドグラス

 

P. S. 私のスピリチュアルへの入り口だった、ルイーズ・ヘイさんが、8月30日、90歳でお亡くなりになったそうです。次回の「やなぎの木」Webリニューアルの参考になりそう、と、久しぶりに You Can Heal Your Life の本(全ページカラーでかわいい絵が盛り沢山の素敵な版なんだけど、今amazonでは見つけられず・・・)をめくっていたタイミングで知りました。。。

 

アファーメーションからあえて離れた時期もあったけれど、確かにそういう時期も必要だったけど、今、あらためて言葉の持つ魔法のようなチカラと出会っています。ルイーズさんからすでに教わっていたことを、今、ようやく、腑に落としています。

 

ルイーズさんに心からの感謝を捧げます。

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やなぎの木Webサイトのリニューアルが完了しました!

すっかりご無沙汰しております。

いま、大きな変容期(さなぎ期的な)に入っており、ブログは今しばらくお休みしたいと思っているのですが、今日は嬉しいご報告です。

 

私がデザインをお手伝いさせていただいている、スピリチュアルな美容室「やなぎの木」Webサイトの部分リニューアルが完了しました。ロゴのデザインもさせていただきました。スマホなどでも綺麗に見えるようがんばりました!!!

 

今回は、なんと、トップページに、写真を見るだけで癒しが届くような仕掛けがされているそうですよ♪

私も公開後に知って驚きました。

詳しくはえりさんのブログ記事をご覧くださいね。

 

→ やなぎの木ホームページ:https://www.yanaginoki.com/

→ えりさんのブログ記事:やなぎの木ホームページをリニューアルしました

 

9/1のリニューアル後から、早速、これまでよりもお若いお客様からのお申し込みが増えたり、、、という反応がすでにあるそうで、嬉しい限りです!

 

えりさんの中にすでにある理想のイメージ、伝えたい想いを受け取って、かたちにする作業・・・・・・それは、毎回そうですが、単なるデザインではありませんでした。

 

あれ?こうではなくて・・・ほんとはこうしたいんだ!という気づきが波状に何度も起こって、どんどん変わって、身軽になって、シンプルになっていく、そのプロセスに寄り添って、わたしも一緒に脱皮させていただいた、そんな感じです♡

 

私がデザインをさせていただくと、結果的に、Webを通した自分発見・自己実現的なワークになってしまうようです。ときには出口が見えないような迷宮に入ることもあり、私とお客様の双方にとって決して簡単な道のりではありませんが、それでも、これが私のやりたいことだ!と思いました。

 

あらためて考えると、「ヒーリング」と名付けているセッションでも、私は「癒し」の提供というよりは、「あれ、わたしのほんとの願いはこれだったのか!」的な自己発見の気づきがクライアントさまに起こったときに大きな喜びを感じるのだなーと。。。ちょっとヒーリングの方もメニューを変えたくなってきています。

 

今回のデザイン完成は私にとって大きな喜びだったので、こんな感じの方向性で、これからも、翻訳&ヒーリングセッションとともに、Webデザインを続けていきたいなぁ、とあらためて思っています。いまだ自分のサイトはできておりませんが(汗)、ご興味がある方はご相談くださいね。

 

一応わたしの特性上、スピリチュアルな目覚めに興味がある方に向いていると思います(デザインをかたちにする過程で発生する幾度ものやりとり自体が、実質的に、結構ハードな内観ワーク(自分を知る・自分の本当の想いに気づくワーク)となります・・・。その覚悟がある方、少数限定で承りたいと思っております)。

→ Web制作問い合わせ用メールフォームはこちら(予約状況など詳細あり)

※Webデザインは、「かやの森 鈴」という名前でやっています。

 

今回リニューアルしたページをご紹介しますね。

スクリーンショットは2017年9月時点のものです。このサイトはJimdoという「自分で自由に編集できる」のが特長のシステムを使用しているので、これから変更されていく可能性があります。

 

トップページ

(画像をクリックすると「やなぎの木」の該当ページに飛びます)

やなぎの木ホームページのキャプチャ

 

メニューページ

(画像をクリックすると「やなぎの木」の該当ページに飛びます)

やなぎの木メニューページのキャプチャ

 

スピリチュアルメニューページ

(画像をクリックすると「やなぎの木」の該当ページに飛びます)

やなぎの木スピリチュアルメニューページのキャプチャ

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見えない怒りと無気力

大嶋さんがまたやってくれました!

 

大嶋さん、どんどん人気者になられて、最近立て続けに出版されていますね。この本はおとつい発売の最新刊。

最近は出版社主導になっているからか、どんどん読みやすく、洗練されていっていますね。

 

で、この本、今、最初の数十ページ読んだ(というよりもざっと流した)だけの段階なのですが、「すげ〜!」(大嶋さん風に!)という発見が起こって、とりあえずそこだけ書いておこうかな、と(だって本当は今、本読んでる場合でも、ブログ書いている場合でもない・・・(汗))。

 

この本も、タイトルが中身と合ってないように感じます。大嶋さんじゃなかったら、わたし、このタイトルの本ゼッタイ買わなかった!!!

 

あんまりイライラしないしね。怒りやすくもない、と思います。

 

何かに怒っている人の話を聞いても、「へえ、そういうことで怒りがわくのか〜」とか「えーそんなことで怒るの?」って思っていることが多いので、自分は「怒りにくい」という認識。

 

でもね、何年も前、みちよさんに、「「無気力感」も「生きづらさ」も、「人間として生きる」と決めれば解決する。怒りはエネルギー源だから、怒りを感じれるようになれば、喜びももっと感じられるようになり、生きる気力もわいてくる。」と言われていたんですよね。

 

ご興味がある方は、ちょっと黒歴史入っていて本当はあまり読んでいただきたくないのですが、、、2015年にみちよさんのスピリチュアルカウンセラー講座を受けたときのレポをどうぞ・・・・・・→ ハートのスピリチュアルカウンセラー養成講座 (1) アウェイ感と怒り (2017年の講座の募集が最近開始、、、と思ったら、もう満員お礼ですね!)

 

この頃は、必死に怒りのありかを探ってね、いやーひどかった(自分がってことですよwww)

 

そういうわけで、この頃にくらべれば私も「人間」ですけど、今でも、私は「怒りっぽくない人」のカテゴリーに入ると自認していたので、「ちいさなことにイライラしなくなる本」は、タイトルだけだったらまず手に取らないですよ。

 

(タイトル語るだけでこんなに長くなってしまった・・・)

 

えっと、要は、私は怒ってたのか!!!ということに気づきました。最初の数十ページで。何の辛いことも、感情の噴出も何もなく。淡々と。

 

怒りが見つかったというよりも、自分の中での「怒り」の定義が覆されたって感じですね。

 

あーーーー、これも「怒り」、あれも「怒り」、わたし怒ってたのか!!!っていう。ただ、怒り表出の仕方が、テンプレ的じゃなかっただけで、わたしなりの「怒り」はいっぱいあったんだなぁ、って。

 

もしかして、無気力タイプの方は、このタイプにあてはまることがあるかもしれないので、この本は、怒りやイライラを自覚していない人、「私、怒ることってほとんどないんです」とか、「怒ることってあるんですか?」とか言われるような人に、むしろ読んでほしいです!!!

 

(でも、まだ最初の数十ページしか読んでないんだった・・・読み終わって考えが変わったらごめんなさい)

 

「怒り発見器」が「すげ〜!」ですw

 

脳血流の画像では、温度が高い部位が赤く表示されます。その患者さん(怒りっぽい人:引用者補足)の場合、怒りを感じる部位から指を動かす部位までが真っ赤になっていました。つまり「怒っていると指を動かす部位が影響を受ける」ということがわかったのです。

ちいさなことにイライラしなくなる本 p56

 

へえ〜って感じではありませんか?

 

「怒り発見器」を利用して、自分としばし対話。

 

なんか、怒ってる。

 

何に怒ってるん?とどんどん聞いていったら、(他にもいろいろあるけど)何より自分に対して怒ってるんですよね。

 

NOって言ってる自分に対して怒ってる。

 

え!?わたし、結構イエスって言ってる人なのでは?(←自己認識・・・)

 

映画の「イエスマン」とか好きだし、V. E. フランクルの「それでも人生にイエスと言う」とか名著だと思うんですけど!

 

いやー、いつもノーって言ってる、らしい。

 

で、よーく、自分の毎瞬毎瞬の行動を分解して見てみると、ものすごーく微細なノーを繰り返してるっていうことが分かったんです。

 

「洗ってない皿が目に入る」→「洗わなきゃな」→「めんどくさいから今はやだー」(ノー)

 

いちいち書くのは難しいですけど、仕事を含むすべてに対してですね「めんどくさいから今はやだー」と言いまくってるんです!

 

それが「無気力」の日常!

 

人から明示的にリクエストされたことについては、なるべくイエスと言うようにしていたし、ノーと言っている場合はノーと言ったことを自覚していたのですが・・・・・

 

ただ生きているだけで、部屋にいるだけで、ほこりはたまるし、洗い物は出るし・・・・・・それがぜーんぶ「めんどくさいから今はやだー」のネタになっていて、その膨大なノーはほとんど自覚されてなかったんですね〜。ただ、そのノーの結果放置された部屋を見ては、「あ〜、家事できない私ダメだな〜」という自己否定のネタにはなるものの。

 

でも、その毎瞬毎瞬の心の動きを自覚してみると、なんと。

 

片方にノーと言っている、ということは、別のことにイエスと言っているはずだってことが見えてきます。

 

「めんどくさいから今はやだー(ノー)」、そうじゃなくて「今は〜がしたい(イエス)」

 

わたしがノーといっているとき、私には「やりたいこと」があるのか〜!それを「やってる」んですね。

↑先日のやりたいことなんてなくていいにもつながります。

 

大概、このイエスはめっちゃくだらない、価値がないことに向かっていて、ノーはいいこと、価値があることに向かっています(自分の脳内ジャッジメントによる)。


つまり、私の脳内では「いいことだ」って持ち上げておきながら、同時にほぼ瞬殺で「ノー」を言う、さらには「だめなことだ」と落としておきながら、やっちゃうっていうwww、矛盾した両方の力が常時発生していると。

 

そりゃあ、疲れるし、怒りもわく(ひとつひとつは些細すぎて意識はされませんが、塵も積もれば・・・)。

 

つまり、今日の大きい発見としては2点です。

 

・外側からの要求には(意識的に)イエスと言うが、内側からの些細などうでもいいような要求には(ほとんど無意識で反射的に)ノーと言いまくっていた。毎瞬。

 

・ノーと言っているからには、イエスが存在する。イエスを否定しないで見れば、行動自体は変わっていないのに、「無」気力が「有」気力に!!!

 

(あれ?まとめで新たな発想が加わってるようなwww)

 

とりあえず今日はそんなところです!

 

昨日描いたフラワーオブライフ、まゆさんが記事にしてくださっています→古代をイメージするような味わい深さ|福岡・全国Skype パステルアート 宇宙とつながる神聖幾何学模様&生命の樹

どんどん色が濁っていって、本当に面白かったんだけど、それはまた後日〜^^

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最近の糖質制限状況と『カロリー制限の大罪』

やっぱり低血糖症でした。 で低血糖症が発覚してから、栄養について調べたいと思いつつ、このテーマについては、苦手分野なのもあって、なかなかすすみません。

 

本借りても、つい読むのを後回しにしてしまう・・・そして読まずに期限がきて返すwww

 

栄養はすべての基本なのにねえ・・・

 

でも、ゆるやかな糖質制限は続けています。

 

基本的に、家ではお米を口にしなくなりました。家族との外食では、ご飯を断れる状況なら断ったり。でも、人との外食では(そんなにあるわけじゃないので)、制限せずに食べたいものを食べることにしています。

 

変化といえば、順調に体重が落ちていることと。体脂肪から減っていきますね!

 

そして、たまに糖質メインの食事――パスタとか、ケーキとか――を食べても、前ほどおいしく思わなくなってしまいました・・・。

 

「ごほうび♪」として選んだにもかかわらず、一口食べて「これは私が食べたいものじゃなかった」と後悔・・・。でも、メニュー見ると、美味しそうで、たまに与えたくなるのですよね。

 

過去のイメージと、今の実際の感覚の隔たりがすごいです。そこに慣れるのに、まだちょっと時間がかかりそうかなぁ。

 

そして、炭水化物メインの食事については、食べる量も知らないうちに減っていたようで、夫とよく行く中華で、前と同じ量を頼んだら、えー!こんなに多かったっけ?食べ切れん!となりました(夫も家で食べるときは低糖質に協力してくれているので)。

 

そういえば、大嶋さんの新刊に血糖値に関連する暗示があったんですが、それもいい感じです。

 

つまりね、「わたしは低血糖なんだから!糖質摂りすぎたら調子悪くなるんだから!」と自己洗脳しちゃっている可能性があるのでね(しちゃうよね〜、あのグラフみたら)。なので、暗示。

 

その中で、偶然、マツキヨさんが雑記で紹介しておられたこの本、読みました。

偶然にも?ロカボ(ゆるやかな糖質制限)を推奨されているお医者さんの本です。

 

2017/6/22の発売の本なので、最新データがたくさん載っているのがいいです。

 

私はもともと、体験的にカロリー制限を信じてなかったのですが、なぜカロリー制限は健康に良くないのか、なぜもっと油は摂るべきなのか、「科学的に」書いてくれるから、自信がつきますね。

 

今のわたしが「カロリー制限しても意味ないんです!」っていいながら、オイルじゃんじゃんかけて、好きなもの満腹になるまで食べてても、まーったく説得力がありませんからね!!!(爆)(この先生は、ゆるやかな糖質制限をする場合(←ここ重要w)、満腹になるまで食べることを推奨しています。)

 

でも、ほんと、子どもの頃から太りやすかった私は、1人暮らしになって以降、いろんな食事法を試したけど、少なくとも自分に関しては、これまでの経験では、食事の内容や量と体重の増減の間に関係はない!というのが結論でした。もちろん、ごく短期的に見れば相関はあるけれど、長期的にはね。食事をがんばって制限すればするほど、それがストレスになって逆効果、って感じです。

 

痩せるときは、仮に食べるもの変えなくても、ガーッと体重落ちていくし、太るときはもそうです。

 

だから、今回、糖質制限も試しにやってみただけで、まったく期待してなかったんですよね。それが、ここ数年で初めて体重が落ちてきていて、大変嬉しいです。

 

そのあたりの、自分のからだの仕組みも解明したいところ。

 

内面的なこと、見えないレベルも関係あると思うんですよね。でも、栄養は確実に脳の働きに影響与えますからね。結局つながってる。

 

あとがきが面白かったなあ。筆者さんの一番言いたいことなんだろうな。

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