sakura-blossom

福岡&遠隔でヒーリングもやっています

発信

「〜が終わるまで好きなことをやってはいけない」縛りから抜けられてないので、仕事が山積みの間は、本来、更新できません。

そんな自分をやめたい、、、

ならば!

率先して、その禁忌を破っちゃえばえーやん!

ってことで、今月末までに数万ワード分(英日、日英混在なのでざっくり)の翻訳物を控えている今、好きなことをやって、好きなことを書きます。

〜だから〜できないの、ってまぁ実際そのとおりなんだけど、できないできない言ってても始まりませんからね・・・・・・。

書いてない間に、たくさんの書きたいアイデアが頭をすり抜けていって、キラキラ輝いているように思ったものもあったけれど、結局「今」じゃないといかんのですわ・・・・・・。てか、最近私が書いたブログ記事は、周回遅ればかりで、その消化不良感も嫌だった。本来ブログ書くのは好きなのに、せっかく書いてもモヤモヤが残るなんて。

本当は垂れ流ししたい。これから、もっと、そういう場にしていきたいなーと思ったり。

今日、fummyさんのブログの孤独についてぁ仝鋲箸反佑箸隆悗錣 という記事を読んで、なるほどーって思ったのが、発信することの大切さの話。

発信、必ずしも建設的な意味のある発信ではなくても、必要以上に良く見せようとせず、卑下もせず、そのまんま、思ってることや、今の状態を周りに素直に発信できれば、それはきっと、ネット上に限らず、言葉だけでなく、外見や、表情とかも含めてだと思うんだけれど、もっといろいろシンプルになるのかなぁと思います。

多分、Twitterってそういう風にも使えるよなー、使えてたのだよなーと思ったり。

私はコミュニケーションをずっとアタマでやってきた人間で(素でやるから失敗すると思ってた・・・今は必ずしもそう思ってないけど)、だからこそ、言っちゃいけない言葉リストみたいなのが無意識にいっぱい作られてて。経験則も伝聞もごちゃまぜでね。ルール化されてる。

たとえば、「忙しい」「忙しい」というと人が逃げていきますよ、とか、できない人ほど「忙しい」と言うとか。

仕事てんこもりでも、忙しぶってるって思われるかと思って言えない。

そうすると、すんごいどうでもいい頼まれ事が振ってきて、まぁ、できなければ断るんだけど、私のことヒマだと思ってるでしょって余計な怒りがわいたりする。相手、私の状況知らないんだもん、私がそれをあえて表に出してないんだもん、しょうがないよね。

仕事がなければないで(といっても翻訳の仕事が1件もない状態になったことは、自分で断ると決めた期間しかないのだけど、と補足したくなるこの根性!!!)、フリーランスとして忙しくないことは恥ずかしいことだと思って言えない。

結局、発信の基準が、自分にないのですよ。

他人にどう思われるか、が自分の発信の一切の基準になってしまっているのです。

すごい自意識過剰だから、そのまんま言えないのですよね。

と、提起した問題を展開しないまま、記事を終えてみるw
私にとって、ブログってこのくらい緩いものだったわ!
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「自分なんていらない」と思っていた私のスピリチュアル失敗談・・・

昨日、先日と同じ友人から2回目のアクセスバーズの施術を受けました。

1回目のときの記事→アクセスバーズ体験と、怒りの解放

今回はケンカすることもなく(笑)、友人の「どんどん出して〜」という言葉に甘え、施術中に盛大に咳はするは、しゃべり続けるわ。

おかげで、私の深いところにあった罪悪感が浮き彫りになってきました。

そして咳がほぼ止まった!!!!!のです!2週間ぶりに!

パーフェクトなタイミングのパーフェクトな施術。ありがとう。

Hayama

以下は、その後思ったことです。

前のプリミ恥部さんの記事を読んだ、当時の私をよく知る友人から、「確か、自分なんていらない、ツールでいたいって言ってた日から、とっても苦労してた」と教えてもらいました。

確かにわたしはあの頃、自分なんてなくなってしまえばいいのに、と思っていたのでした(小さい頃からそう思っていたのです)。

そういう気持ちで見えない世界に関わると、それは簡単に、持って行かれます・・・・・・。お望みどおり、自分をなくす方向へ。そして、それは、決して幸せな道ではありませんでした。

つい最近、初めて意識的に分かったことですが、私だって、本当は、綺麗だと(私が)思うものを身に着けて気分が上がり、美味しいと(私が)思うものを食べて幸せになって、好きだと(私が)思う人と一緒にいることで幸せを感じる生き物だったのです。

が、当時のわたしには、そういう、ほとんどの人が普通に感じるらしい感情がほとんどない、、、にもかかわらず、私がいかに否定しようと、生き物であるからエネルギーはあるわけで、行き場のないエネルギーを持てあましているような状態でした。

服なんてなければいいのに、顔なんて、髪なんて、存在しなければいいのにと、本気で、若い頃から、思っていました。

やりたいことがない・・・・・・。この地球で何やっていいか分からない(むしろいなくなりたい)、でも、仕事とか能力とかで器用な面はあるから、生きるのに必要なお金は稼げるし求められるんだけど、まったくワクワクしない、、、、という生活を長く送ってきた末に発見した「私がやりたいらしいこと」が、「自分をなくしてツールになる」ということだったような気もします。。。

2年前の秋、「自分」をなくす方向に行き、ただ寝てるだけ、数か月仕事できない、お金も底をつく、というようなどん底の時期を経て、コレジャナイ!!!!!と分かるという、過激なプロセスを辿り、、、スピリチュアルから離れた2年間を過ごし、さらに「自分軸」をスパルタ的に鍛えるみちよさんクラスでとどめを刺されて、今やっと、やりたいことをやる、というシンプルな生活を少しずつ送れるようになってきています。調布HANDSの園山先生の人間に対する抵抗をなくす施術もすごく大きかった!

今となっては、もう二度と、自分をなくそうとは思わないですね・・・

そして、2年前の一番ひどい時期を知っていて、今も付き合いを続けてくれる友人がいること。それには本当にただひたすらの感謝なのです。癒しのためのテクニックは数あれど、人は究極、人との関わりの中で癒されるのだと思います。

幼い頃から最近まで、わたしは対人恐怖、、、といえば少し聞こえはいい(?)ですが、プライドが高くてずっと弱みを見せられない人間だったのですが、人から逃げているうちは、人の本当の温かみというものが分からなかった気がします。

周りに生き恥をさらさざるを得なくなり、それでも、私の前を去らなかった友人がいてくれたことで、ようやく、こんな恥ずかしい人間でも、この地球上にいていいんだな、という、最低限の自己肯定感を手に入れられた気がします。マイナスからプラスへ。長い間、どんな自己肯定テクニックを自分に注いでも、自分という底なし沼に吸い込まれていっていたのが、底を打ったのは大きかったです。とてもとても必要な経験。

今回のアクセスバーズで浮上してきた罪悪感は、2年前、私がキネシオロジーのモニターさん100人のセッションを終えて、サロンをやろうとしていた頃の人との関わりに関するものでした。

私はまったく地に足着いていなくて、いろんな人を巻き込み迷惑をかけたと思います、、、、、、自分からやり出したのに放置して逃げたことへの罪悪感、、かな。この2年間、目を背けていた部分。罪悪感なんて持っていても何も益もないと頭では分かりつつも、このあたり、引っかかっています。その証拠に、当時のことを考えると、まだ少し咳が出るのです。しばらくは、ここに向き合っていかなければ。。。
 
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リラクゼーション・サロンを辞めた理由

短い期間ですが、リラクゼーション・サロンに勤めていたことがあります。

これまでのこと (1) の続きになりますが、「見えない」世界が怖くなった私は、「見える」世界の代表格である「身体」にフォーカスすれば、何かが見えてくるのではないかと思いつき、無謀にも、2013年春、リラクゼーション業界に飛び込みました。

幼い頃から、身体を使うことが大の苦手で、身体というものをほとんど意識せずに生きてきたところがありました。身体の部位の名称とかにもまったく興味がなく、二の腕って、腕の上の方だっけ下のほうだっけ?というようなレベル・・・

ですので、この挑戦は賭けでした。「もしこの経験が必要ないならば受からない」と意図して受けた面接試験。簡単な実技もあったのですが奇跡的に通り、計1か月半以上にも及ぶ無料研修を受けさせてもらえ、施術に入れるようになってからは、毎日少なくても3人〜6人くらい、ひたすら施術させてもらえました。

結局、手首を痛め、心も折れて、約4か月で辞めることになったのですが、その大きな理由のひとつが、身体をうまく使えないことでした(もうひとつの大きな理由はADD的欠陥です、、、といっても、身体感覚が鈍いこと自体が、ADDの症状のひとつである可能性が高いのですが)。

自分の苦手分野だということを分かった上で、あえて飛び込んだものの、そもそも、私は、ちゃんとまっすぐ立つ、ということができていないようでした(それまで、気づく機会がありませんでした)。他のセラピストの人が「こっちの体勢の方がずっとラクでしょ?」という姿勢こそが、私には難しい・・・・・・。腹筋が弱くて体重を支えられない。足先から指先まで、身体のあらゆる箇所が硬くて、お手本と同じ動きが不可能。セラピストとして、私の身体は欠陥品でした。

自分なりの方法を編み出してしまえば、施術自体は意外と好評で、指名をいただくこともあったくらいなのですが、姿勢が悪いということは、余計な力が入るということで、結局、自分の身体に負担がかかります。

人の身体を揉むよりも、まずはこの身体をどうにかしよう!という覚悟でお店をやめました。

でも、いざお店を辞めてしまうと、差し迫った必要がないので、モチベーションは薄れ。。。あっという間に時間は過ぎていきました。ちゃんと立てないといっても、1日中施術をするには問題だけど、デスクワークでたまに電車に乗るくらいでは、まったく問題ないのですから。。。

最近、お店を辞めてからほぼ1年経った今になって、やっと、自分の身体を改善するための取り組みを始めました。見えない世界への恐怖を乗り越えたタイミングで、身体(見える世界)の問題に取り組めるようになったというのは、とても興味深いです。

今、私の身体は、自分のベスト体重を17kgほどオーバーしていて、かなり変化が分かりやすい状態です。せっかくなので、変化の記録を残していきたいと思っています。
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共感を惜しむ私の発見

最近、「共感なんかするもんか!」と思ってる自分に気づきました。

「私も共感されたかったよーーーーー!!!」という思いがブワッとわいてきたのは、毎度のことながら、深大寺温泉。女風呂の中に強いジェットバスがあるのです。胸にジェット水流を浴びせまくっていると、出るんですよ、いろいろと。ジェットバスの説明書きには「ゲップが出たら効果アリ」とあるけど、ゲップも胸の奥にこびりついた感情も似たようなものかと。ちょうど内湯に背を向けられる配置なので、さりげなく?大号泣・・・・・・。

私は共感しすぎるくらいの方だと自分では思っていたのに!

実際は、「私だけ共感してもらえていない」といつも感じていて、、、共感されたくてたまらなくて・・・・・・でも、どうせ共感されないからと本音を言わないことも板についてしまっていて、たまに言っても「え?」と不思議そうな顔をされて悲しくなって。そこにあるのは、渇望感。分け与えるような共感なんて持ってなかったのです。

なのに、私は「共感」の大盤振る舞いを確かにやってきたのでした。

私は「いい人」に見られたくて、共感できないことも共感したフリをずっとやってた・・・・・・なのに、どうしててめえら私には共感しないんだよ!!!と。私はずっと、小さい頃から、共感されなくてもそれが当たり前だと思って我慢してきたのに、共感なんかしてたまるか!っていう感情が確かにあった。

だから、言葉主体のカウンセリングに抵抗があるんだと思う。

受ける側として、プロの人でも(医療系スピ系問わず)、私に的確に共感してくれた人(的外れな反応と私が思わなかった人)の方が少ない・・・・・・。自分が発した言葉がそのまま通じるだけでびっくりするくらい!

提供する側としては、自分がそうやって何度も失望してきた分、やっぱり怖い・・・自分が失望させてしまうことが。そして、自分の言葉が通じにくいということは、人の言ってることの真意がよく分からないことが多い。。。さらに、「共感してなんかあげないもん!」という拗ねた自分も内側に抱えてるという^^;;;

共感するフリは、いい人、普通の感性を持ってる人に見られたいという私の欲望の現れでもあり、共感されたいよね、という私の優しさの表現でもあったのだけど、、、、、、私に対して素直じゃなかったし、私に対して優しくなかった・・・・・・いいことだと思ってやってたんだよ!今の今まで・・・・・・・

キネシのりこさんの「IH キネシオロジーの感想から ハートチャクラと感性と」という記事の「不思議ちゃん」の感想は、まさに自分のことだ!と思って読んだのですが、この記事ののりこさんの言葉を借りると、私は感受性は強いけど、感性はうまく使えてないんだと思います。。。

他人の感情を感じて引き受けてしまうことを、共感と混同していたけれど・・・・・・違うんだと、初めて気づきました。



共感、されづらい家庭環境だったなぁと思います。特に、母親に共感されたかったな。父親は宇宙人みたいな人だからか、特にそういう気持ちはわかないというより、、、言葉にしない共感がすでにある気がする。母親は、言葉が巧みな人だからか、「ちょっと違う」共感ばかりされていて、「これじゃない」飢餓感を余計に感じてたのか・・・・・・。当たり前すぎて、不満に思うという発想もなかったよ!言ってることがわかんなかったとしても!感情には共感してほしかったよ!

まとまってないけど、まずは、小さい頃の私、共感、されたかったね・・・・・・というところから。
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アクセスバーズ体験と、怒りの解放

昨日は友人が家に来てくれて、夫婦でアクセス・バーズの施術をしてもらいました。

アクセス・バーズ。めっちゃ面白いです!

アクセス・バーズとは、「脳のデトックス」という触れ込みのヒーリングの手法のひとつで、今急速に広まっているらしいです。

だいぶ前に名前は聞いたことがあって、その時いろいろネットで調べたんですが、内容云々よりも、テンションが異様に高い文章の胡散臭さにドン引きしてそのままにしていました。

でも、先日、IHキネシオロジーののりこさんが、「筋反射とアクセスバーズ 」という記事で、キネシオロジーを基本ツールとしてさまざまなヒーリング手法を縦横無尽に使いこなすのりこさんの視点からのアクセス・バーズのメリット、デメリットについて、ご自身の経験からとても分かりやすく解説されているのを読んで、かなり興味を持ったのです。

そのタイミングで、ちょうど、友人から夫婦でモニターをさせてもらえることになりました。

まず、私が先に受けました。受けている間は、しゃべりたかったらしゃべってもいいし、自由な感じ。

アクセス・バーズされている間の体感としては、レイキなどの他のヒーリングと似たような感じ、と思いました。頭のいろいろな部位にやさしく手を置かれる、というのが基本で、置かれる場所によって、ビリビリ来たり、ふわっとしたり、そんな感じ。

が、その後がすごかった・・・・・・。

夫が受けている間に、友人が発した一言に私がブチ切れて、私怒る怒鳴る、友人まったく引かず言い返してくる、さらにわたし泣きながら怒鳴るというケンカが勃発・・・(その間も悠々とヒーリングを受け続ける夫w)

わたし、家族以外の人に正面からキレたのは初めてだったんですね(このあたり、HSKキネシによる「人間」に対する調整が効いている気がします)。

その後、仲直りしていろいろ話したのですが、いやこれは、本当に深いところからの解放だ、と・・・^^;;;;

私が爆発したきっかけは、簡単に言うと、私のADD的傾向についてです。

私が何かモノを落として、空間把握能力がないね、という話になって、「やっぱりえりさんは三次元が課題なのよね」みたいな一言に、爆発。友人は、まったく私を傷つけるつもりなく言ったんだと思います。わたしは普段だったらそれは傷つかなかったことにして(だって相手に悪意がないことも頭では分かってる)スルーするはずなのに、そういうことを言われるのはむかつく!!!と爆発した。

「世の中の80%以上の人ができることについて、私が不得意だからって、それをできるようにならなくちゃって言われるのはむかつくーーーーーーーー!!!!!」

心からの叫びでした。三次元が苦手であることへのコンプレックスは、ここまで強かったか、と。だから、「人間やってない」的なことを言われたときも、すごく反発したのだな、と。

これまで、スルーしてたのは、たぶん、爆発したら、相手との関係が壊れると思ってたからだと思うのですが、その時はなぜか、全然そういうことを考えませんでした。それに、友人も引かなかったですね。私も言いたいことを言う、友人も言いたいことを言って、お互い安易な妥協とかせずに出し切る、っていう、まったく初めての体験を、思いがけず、させてもらいました。

わたしを知ってる人は、そういう風に私がキレるなんて、信じられないんじゃないかしらん。

あ、こう書くと、アクセス・バーズを受けるとキレやすくなるって誤解されるかもしれないけれど、私のこれまでの記事を読んでもらえば分かるとおり、怒る、ということは今の私のテーマなのです。

そして、怒りをちゃんと出せて、最後には、ちゃんと笑い合ってお別れできたのは、大きな自信になりました。そして、たぶん、こういう流れになったのは、この友人には受け止めてもらえるっていう無意識の信頼があったからこそで、誰彼構わずキレる人、みたいになることは、これからもないと思うのです。

そして、みちよさんの言う、「根っこを掘る」重要性。これも痛感しました。弱点を突かれると、わたしは激高する。これまで外には出してなかったけれど。私の内側には、古い、いらないものがありますわ!確実に。掘ろう。

でも、夫いわく、「さんまさんが言ってたって言ってたじゃん、わざと打たせればいいんだよ」と。たしかに、それもそうです。弱点の根っこを掘って解決するっていうのが一番だけど、自分から見せびらかして笑いに変えるのもひとつの昇華方法かもしれません。

そう、アクセス・バーズが終わった後、夫は背が伸びていました・・・。びっくり。明らかに目線の位置が違っている。施術中、ずっと腰のあたりが動いていたから(腰には手を当てていないのに)、骨盤が調整されたっぽい、というのと、シークレットシューズを履いているみたいにかかとが分厚くなった感覚なんだそうです。

アクセス・バーズ、面白すぎです。

そうそう、あとから、夫といろいろ試してて気づいたのですが、レイキのポジションって手の平をつけますが、それを指先に変えるだけで、なんちゃってアクセス・バーズ的に体感が変わって面白かったです。アクセス・バーズ、私も習いたくなりました。
 
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