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福岡&遠隔でヒーリングもやっています

自分と向き合う〜『発達障害とどう向き合うか』

また脱線します(といっても私の中では深くつながっているのですが)。

 

最近、友人でありセッションも受けていただいている方から勧められて読んだこの本がとても良かったです(その方は当事者ではないのですが、同僚にそういう方がいて、とても参考になったそうです)。

 

私の発達障害グレーゾーンの経緯と「こじらせ」については、去年、ADHDグレーゾーンのこじらせと今の混乱そのまま出しという記事に書いた通りです。

 

今思えば、ですが、この記事を書いてからの約半年、私は自分のADHD(&少しアスペルガー)傾向と向き合っていたのだと思います。

 

その主なものは自動車の運転っていう、私に適性がないことは明らかだけど「やりたい!」と強く思っていることへの取り組みでした(私が「やりたい」と思うのは貴重なので(笑))。この、運転ができるようになるプロセスというのは非常に面白い経験だったので、いつかまとめたいな、と思っています。

 

もうひとつ大きかったのが、受信・発信する情報量を制限したことでした。それまでは毎日のように数百のブログに目を通し、Twitterを見て、何かあったら書き込んで、、とやっていたのを、一旦全部やめました。

 

それまではそういうことを好きでやってるつもりだったんですね。

 

でも、やめてみると予想以上に楽になってしまったんです。

 

楽になってみて、そういえば、私はマルチタスキングが大の苦手だった・・・・・・と気づきました。多種多様な物事を同時にさばいて、頭をサクサク切り替えていくことができない性質で、「今注意が向いていること」に没頭してしまう性質なんだから(さらっと受け流すこととかできない)、それだけたくさんの「他人の」情報を毎日頭の中に流し込んでいたら、自分に使う時間がなくなったり、自分がどう思っているのか分からなくなってしまうのは当たり前じゃないか!となりました。

 

ADHD特性的には新しい刺激が入ってくるのは大歓迎・大好物なんですが、一方で、脳の情報処理的には容量オーバーでかなりのストレスになっていたんだなぁということに初めて気づきました。

 

発信についても、その場その場で出していって、即反応があったりすると楽しいですし、スピーディに展開していい感じなのですが、やはり、そのやりとりに割くリソースという意味では、アスペルガー傾向で雑談が元々苦手な私には負担の方が大きいと分かり、やめることにしました。ブログのコメント欄を閉じたのも、Facebookページの更新を最小限にしたのもそのためです。

 

おそらく、最近の一連の記事で書いている<クリエイティビティ>の解放的なことは、そうやって作りだした「空白」があってこそ可能になった気がしています。

 

そういうのが、「自分を知る」メリットであり、ポジティブな活用法なんだなぁ、ということを最近思っています。

 

うん、「こじらせ」は抜けたように感じます。

 

こじらせていたとき、私は、自分の発達障害的なところ、ダメなところを「必要な対策は講じた上で、そのまま肯定しよう」と頑張っていました。

 

なんていうかな、自分の中に「問題児さん」がいて、その子を「できる自分」が一生懸命監督し、しつけをし、肯定しよう、愛そうとしてた感じ???「問題な自分」と「OKな自分」に分断されてたんですね。

 

でも、、、なんか、ひとつになりました。

 

「マイナスの症状はプラスの特徴になりうる」って、いろんなところで目にしていて、深く分かっているつもりだったのに!!!

 

まあ、ここまでは本の内容とは関係がない、最近の私の気づきなのですが、そんな中で読んだこの『発達障害とどう向き合うか』は、自分の特性を「知り」、ポジティブに「使っていく」ために使えそうなヒントが満載の本でした。

 

かなり実用的な本なのですが、ご本人が当事者で、大変な苦労をされた方なので(仰天エピソード多数)、発達障害的な「生きづらさ」への限りない共感が本全体に漂っており、読んでいるだけで癒される、という面もあります。ご本人は重度だそうですが、グレーゾーンならではの辛さも把握され、触れられています。

 

著者の吉濱ツトムさんは重度のアスペルガー症候群を、アスペルガー的特性を活用してうまくコントロールする方法を独自に見つけ、ご自身の生活を一変させ、今では発達障害専門のカウンセラーとしてその方法を指導されているそうです。そのプロセスは、「知識獲得」、「食事改善」、「肉体強化」、「環境圧力の設定」、「行動療法」、「自己暗示による認知の是正」、「環境を設定する」、「才能の発掘、進展、活用」から成るとのこと。


面白いのは、この方も、ご自身の活用法を開発する前に、スピリチュアルに傾倒してスピリチュアル面だけで改善しようとしてドツボにハマった経験がおありだということ(具体的なことは、私の中でまだ整理がついていないので今ここでは触れませんが、すごく大きなヒントをいただきました)。

 

まず栄養から改善すべきっていう発想は、私も前に考えたことがあって、試したこともあるのですが、効果がわからないうちに飽きてやめてしまったんですね。私はADHD傾向優勢のためか、あれこれ新しいことに手を出すのは大好きだけど継続するのが苦手・・・・・・そういう意味では、モチベーションを掻き立ててくれるこういう本は燃料になります。もう一度、あらためて、自分の体で人体実験してみようと思っています。

 

そうそう、当事者でもある医師の方による発達障害の本も結構出ているように感じますが、この本の大きな特徴のひとつは、著者が「医師ではない」立ち位置で、発達障害専門のカウンセラー(&ヒーラー)として、たくさんの発達障害者(診断の有無にかかわらず)と出会い、変容を助けている、ということだと思います。だから「診断」がつくかどうかによって分断されていないんです。だから、私みたいなグレーゾーンの人でも、病院に行くまででもないけど少し当てはまるところがあるなーっていう人でも、「共感」をベースに分け隔てなく、役立つ部分をピックアップできると思います。

 

それと、私も子どもの頃からさまざまな創意工夫をして、自分なりのルールを決めてADHDの特性による負の影響が出ないようにし、特性があっても仕事が得られる職種を選び、環境を選び、ってやってきたのはパーフェクトなプロセスだったんだな、という自己全肯定の効果もありましたよ。

 

長い間、「消去法での選択」だった翻訳という仕事に誇りが持てなかったけれど、最近は、まったく正しい選択だったと思うし、翻訳も好きになってきました。「普通にならなきゃいけない」って縛りから解放されると本当にラクです!!!

 

吉濱ツトムさん公式ウェブサイト

吉濱ツトムさん公式ブログ「未来への思考法」

 

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カード決済が選べるようになりました&最近の遠隔セッションのやり方

Webからのお申し込み時に、銀行振込に加えてクレジットカード決済(VISA/Master)がお選びいただけるようになりました!

 

カード決済では、お申し込み時にクレジットカード情報を入力していただきますが、ご予約時点では仮決済で、セッション完了時にご請求が確定されるようになっています。

 

ご予約サイトでメニューの選択→日時の選択→お客様情報の入力、と進んでいくと、以下のような選択肢が表示されます。

 

ここで、クレジットカード決済をご希望の方は「事前カード決済」を、銀行振込をご希望の方は「現地決済」をお選びください。当日現金でのお支払いは基本的に承っておりません(ぶっちゃけ理由を言うと、ADHD傾向がある私には管理が難しいからです><)。少し紛らわしいですがよろしくお願いいたします。

 

支払い方法の選択画面

 

メニューの詳細はこちらです。

どうぞよろしくお願いいたします!

 

***

 

最近、またまたセッションの方法が変わってきています。

 

これを書いている現時点のメニューは3つで、対面ヒーリングのフルセッション、遠隔ヒーリングのフルセッション、そしてミニセッションの遠隔おまかせヒーリング(通話なし)になっています。

 

この中で、遠隔ヒーリングのフルセッションにおける「お話」と「音叉施術」の割合は、フィボナッチヒーリングとしてやり始めてから、ずっとずっと試行錯誤を重ねてきたところでした。

 

何が問題かというと、音叉のサウンドが、Skypeや電話を通すとかなーり変質してしまう!!!ということなんです。

 

音叉は打ち付け具に当てて音を出すので、カンッ(当てた音。周波数が違う)ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン(これが本来の音叉の音。かなり長く続く・・・)なのですが、Skypeだと、ほぼ、最初のカンッしか聞こえないんですね(音叉によります。比較的高い周波数の音叉はそこそこ聞こえるようですが、、、響きは実際とかなり違います)。

 

実際に対面で受けた方は分かると思うのですが、わたしが使っている音叉は特にカラダに直接響くタイプが多く、「音」というよりは「振動」がメインなのですね。

 

通話を介すと、完全なる別物と化してしまうので、実際に音叉の音を聞いたことがない方が初めてこれを聞くと「え・・・意外と癒されない音だな、むしろ耳障りなんですけど」となってしまう可能性が大いにアリなのです。

 

そのため、フィボナッチをメインに提供させていただいていた頃は、音叉の施術は通話を切ってやらせていただいていました。また、最初は事前通話でカウンセリングをしていたのですが、途中からはそれもなくしました。どうもセッションが分断している感じが居心地悪かったからです。

 

でも今は(ご希望をお聞きしてですが)通話をつなげたままでやるように変わってきています(おまかせヒーリングは通話なしです)。

 

で、通話をつなげて、話しながら、もう、最初から音叉を使っちゃいます。「今、地球の周波数をもつ、低い音の音叉のバイブレーションでグラウンディングしてます〜、音は聞こえないかもしれないですけど・・・」みたいな感じです。そして音叉を使いながらお話を聞いていき、その場で必要な施術を入れていく感じになってきています。

 

音は変になっていたとしても、バイブレーションはちゃんと届いている!私がそのあたりに確信がもてるようになったので、こだわらなくなったのかもしれません^^;;;でも音はベツモノですのでご了承くださいね(くどいかな?)。

 

ご希望に応じてキネシでの質問も受け付けてます(でも、キネシと音叉は同時にはできないので、ご質問が多い場合は音叉施術の時間がほとんどなくなることも・・・その場合も、最初と最後はグラウンディングの音叉をやります)。

 

なので、遠隔のフルセッションについては、対面セッションとの差があまりなくなってきている状況です。

 

しゃべると、どうしても思考が働くので、どちらがいいか、というと一概には言えません。

 

波動をキャッチしやすい方で、とにかく音叉のバイブレーションに浸りたい!という方は、90分間ずっとおまかせで(通話なしで)遠隔ヒーリングすることもできます。すべてご希望次第なので、なんでもご希望をお聞かせください!

 

と、最近はそんな感じです^^

 

 キララワークスヒーリングメニューの詳細はこちら

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クリエイティビティのブレークスルーが起こるまで

自分のために「情報」を汲み上げる方法

「やりたいこと」神格化現象の中で

からの続きです。

 

以前、クリエイティビティコンプレックスからの脱出と自己価値という記事を書いたことがありました。2016年5月12日。ちょうど1年前なんですね〜。

 

ここ数年にわたり、クリエイティビティコンプレックスから脱出する道のりを歩いてきて、何度かブレークスルーになる出来事がありました。

 

そのひとつがなかうち佑海さんから、カメラとPhotoshopとの付き合い方を学んだこと。これが大きな第一歩でした。

 

2015年5月1日にこんなことを書いていました。

【カメラと私 その1:カメラを持ち歩けない】

【カメラと私 その2:カメラを持ったライトワーカー、佑海さんとの出会い】

【カメラと私 その3 : カメラは最強の自己肯定ツール!】

(かやの森 鈴は私のクリエイティブ系の活動名です。まだほとんど活用されてませんが・・・)

 

これが写真のブレークスルー。この「0から1」的な進化は本当に大きかったです。

 

そして、最近、若林リアンさんから絵とのコミュニケーションの方法を学んだことで、第二のブレークスルーが起こりました。

 

写真のときは、すぐに分かるような変化があって、ひたすら楽しかったけれど、今回はブレークスルーはなかなか起こらなかったし、今やってることが何につながっているのか、私は本当に自発的に絵を描きたくなるのか、(今思えばですが)長い間分からないままでした。

 

もちろん、毎回楽しくやってはいたんですが、12回っていうカリキュラムがあり、前払いしてあったので、途中長期の休みをいただきながらも続けられた、というのが大きかったです(本来、3ヶ月くらいで終わるはずのものを、1年かけてやりました)。

 

ブレイクスルーが起こったのは、レッスンを始めてから実に1年以上経ってからでした。

 

思えば、リアンさんとの1年間は、私にとって「欲求のないところに絵を描くのに慣れる」プロセスでした。

 

頭の中になんのビジョンもない、描きたい気持ちもわいてこない、けれど、宿題だから描く、という、、、、、、、(汗)

 

リアンさんのワークって、最初の段階では、目をつぶって描くところから始めるんですよ。(すでに頭の中にある完成形を)きちんと描く、みたいな思い込みをぶっこわすことから始まるんです。
 
私には描きたいものがないんですから、リアンさんのやり方は好都合でした。

 

このやり方だから「何でもいいからただ描く」ことへのハードルはぐぐっと下がるのですけど、意味のあることをやりたい、やることによって価値を得たいタイプの私にとっては、しんどい作業でした。

 

特に、醜い絵(自分的にね)と向き合うのは嫌でした。

 

佑海さんが、写真で教えてくれたようにね。気に入らない写真を何枚撮ったっていいように、どうしようもなく下手くそな絵を何枚描いたっていいんですよね。その中で気に入るのが数枚あれば、全然いい。。。はずなのに。

 

たぶん、、、ダメダメな写真を何枚撮ってもOK!と思えるようにはなっていたけれど、あくまでもそれは、その中から「いいもの」が出てくるなら、という条件ありきだったのかな、と思います。

 

価値を、選び抜いた「いいもの」にしか置いてなくて、撮るプロセスそのものを楽しむ境地にはまだ達していなかったんですね。ここからも、自分の目標達成型思考が透けて見えます。

 

駄文をいくら書いても自分の価値は下がらないように、本当は、ぐっだぐだな絵を何枚描いても自分の価値は影響を受けませんね。それが体感で分かるのに、結構時間がかかりました。

 

これは、私が子どもの頃、「評価されるため」、つまり「自己価値を得るため」にしか絵を描いてなかったからだと思います。写生などは得意でよく表彰されていたけれど、学校から与えられた課題以外で絵を描きたいと思うことはありませんでした。高校では美術を取らなかったので、高校以降、絵を描くことはなくなりました。

 

今回も、課題という形で出されるから、どうにか描くことができたのですね。最近まで、絵を描くのはリアンさんとのアポイントの数時間前だけでした(滝汗)「失敗」しても、描き直すような時間はないですから、自分では到底認められないような絵をリアンさんに見せるわけです。

 

ジェネシスカード

若林リアンさん開発のジェネシスカード

厚みがあって、絵の具が飛んじゃったりしてもすぐ拭けば平気な頑丈さ。絵と一緒にワークするのにぴったりなのです。

 

でも、リアンさんの「目」を通して見ると、毎回、その、描きたいことも何にもなしに、わけもわからず、でたらめに描いたものの中に、びっくりするほど「私」が露呈している、ということに気づかされるのです。描いた絵を見せたときのリアンさんの「リーディング」は怖いほどです。え・・・なぜ、それが分かるの・・・?と。それは絵のうまい下手とはまったく別次元でね。

 

それを12回以上繰り返しました。

 

それで、私、最近ようやく分かったんです。
 
クリエイティブになるために「作りたいものが分かっている」必要はない!ということを。
 (かなり語弊がある言い方です。そもそも誰もがすでにクリエイティブであって、「クリエイティブになろう」とすること自体がおかしいです。「描きたいものもない」「描いた絵を見ても何も読み取れない」そういう自分でも、リアンさんの目を通してみれば――つまり、見る目さえ変えれば――雄弁に自分を表現していた、すでにクリエイティブだった、ということを言いたいのですがうまく伝わるかな?意識で分かってなくても、無意識で完璧に分かっている、そういう自分は相当クリエイティブですよ?)
 

リアンさんとの1年間は「自分から生まれるものと向き合う」プロセスでもあったのだと思います。それはすなわち、「いい」自分だけじゃない、闇もヘドロも含めた、ありのままの自分を見ることそのものでした。

 
1年と数か月たった最近になって、初めて、文章を書いて自分でどんどん内側と対話していくのと同じように、自分で絵とコミュニケーションする感覚が掴めてきています。それまではレッスンでリアンさんの目をお借りしないと気づけなかった、自分の絵に潜んでいる無意識のメッセージに、自分である程度気づける感覚が、1年かけてやっと育ってきてくれたんです。


そうなると、俄然、絵を描くのが楽しくなってきました。

 

私が駄文をいくら書いても平気なのは、書いたプロセスそのものに意味があって、それによって自分の心の中に生まれている「何か」に価値を見出しているからです。心とのコミュニケーション手段としての役割を立派に果たしているから。絵も同じになりました。

 

急に、絵を描くことが特別なことではなくなり、文章と同じ自分との対話「ツール」となり、ただその時々のアウトプットであるだけのものに格下げされ、私にとって人に見せるためのよそいきではなく、自分で使う日用品になりました。

 

「あ、書こう」って思うのと同じように、「あ、描こう」と思うようになっていました。つまり、「描きたく」なっていました。


あれ、「やりたいという気持ちが出てこない」のが私のコンプレックス、でしたよね?

 

すでに解消されてるではないですか!!!

 

 

 

「書きたい・描きたいことなんてなくていい」「書けば・描けば何か出てくる」

 

これが、私にとってのクリエイティビティ、第二のブレイクスルーでした。

(もちろん、書きたい・描きたいことがある人はそれをすればいいと思います、あくまで私の場合です!)

 

ここで、やっと、先日の「やりたいこと」神格化現象の中での記事につながってきました。

長くなりすぎるので一旦切ります。まだ少し続きます。

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福岡県糸島市の万蔵鉱泉「希望の水」がすごいです♡

脱線ついでに、写真を撮っただけで放置していたこちらのネタを。

 

去年の年末あたりから、毎週、お水を汲みに行っているのが糸島の万蔵鉱泉「希望の水」。なめらかで美味しいのです〜!!!

 

2017/2/16に鉢植えのアイビーから同じような枝を2本ずつ切って、同じ形のビンに入れました。以下の写真を撮って実験を終了したのが2017/4/25です。

 

水道水を入れたビンに2か月差しておいたアイビー

(2本あったうちの1本は枯れてしまいました)

水道水で育てたアイビー

 

同期間、同じ場所、同じ条件で万蔵鉱泉「希望の水」に差しておいたアイビー

万蔵鉱泉「希望の水」で育てたアイビー

 

この2つのビンはアイアンのカゴにセットされていて、カゴごと常にまったく同じ場所、条件に置いていました。どちらも肥料はやらず、大体窓から3〜4mくらい離れた直射日光は当たらない場所でした(だからヒヨワなんですね。同じ水道水でも、窓際に置いてあったのはピンピンしてます。別にあえて日陰に置いたわけではなく、窓際にスペースがなかっただけなのですが、おかげで結果が分かりやすくなりました)。

 

すごい差ですよねーーー!!!?

 

温泉分析書

2017/4/30撮影 万蔵鉱泉「希望の水」の温泉分析書

 

水汲み場に掲示してある温泉分析書によると、ラドン含有量41.0マッヘ。私は詳しくありませんが、8.25マッヘ以上で「療養泉(温泉のうち、特に治療の目的に供しうるもの)」として認められるんだそうです。

 

お水は美味しい!でも、放射能泉ってホントに大丈夫なの!?と半信半疑だった私は、まったく同じ条件の観葉植物を水道水と「希望の水」で数か月育ててみて比較する、、っていうのを始めたんですね。

 

どうせそんなに違わないんでしょー?という軽い気持ちで始めたので、最初の時点の写真も撮ってない、いい加減ぶりなのですが。びっくりするほど分かりやすい差が出てきたので、あわてて写真を撮って実験をやめました。

 

写真的に差が分かりやすかったのが根っこだったのですが、葉の触り心地や張りも全然違っていました。

 

それからは、飲み水や料理につかう水はもちろん、植物の水やりも、ぜんぶ「希望の水」に変えました(それまでは植物には水道水をあげていたのです)。

 

対面セッションに来られた方にお出しするお水やお茶も基本的に全部「希望の水」を VitaJuwel で宝石水にしたものにしています。

 

万蔵鉱泉の近所には、「ラドン鉱泉」の水汲み所がたくさんあります。私は他の水汲み場を試したことがないのですが、「希望の水」がダントツで美味しい&健康に良いとの噂です^^

 

ちょっと車で走るだけでこういう美味しいお水もお安くGETできる福岡は最高です!

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お手軽DIYで音叉のディスプレイ棚を作りました

記事が途中ですが、今日は別の話です。でも少し関係しているかな???

 

ゴールデンウィークに、ずっとほしかった壁面音叉ディスプレイ棚を夫と作りました♪

 

今までのように棚の上に並べるだけだとスペースが足りなくなってきたので、取り出しやすくて、見た目も綺麗な棚を作りたい、とずっと思っていたのです。

 

音叉のディスプレイ棚、といって思い浮かんだのは、大きく分けてふたつのタイプでした。

 

まず、これみたいに逆さに引っかけるタイプ。

acutonics

(画像はAcutonics社のサイトからお借りしました)

 

もうひとつは、こういう穴に差して立てるタイプ。

acutonics

(Acutonics社のフィボナッチセットです。この木製スタンドは別売り50ドル^^この画像もAcutonics社のサイトからお借りしました)

 

一番周波数が高い音叉は先端に重みがないため、杭には掛けられないことが分かったのもあって、穴をあけて立てるタイプで作ってみることにしました。

 

夫もわたしもDIYはほとんど未経験なのですが、今は便利なものがあるのですね〜。2×4(ツーバイフォー)材っていうその辺で安く売っている木材を必要な長さにカットしさえすれば(カットはホームセンターで無料〜数十円とかでやってもらえます)簡単につっぱり壁面収納が作れるパーツを発見♪

 

主なものでは、「ディアウォール」と「ラブリコ」があるようです。機能としてはほぼ同じものですが、突っ張りの仕組みが、ディアウォールはバネ式、ラブリコはねじどめ式。ねじが見えないディアウォールの方が見た目は綺麗だと思いましたが、何かあったときにねじを締め直して調整できそうなラブリコにしました。

 

これです↓

 

棚板の部分に電動ドリルで穴をあけたわけですが、このときのポイントは、ドリルの刃をちゃんと「バリが出にくい」やつにすること!!!最初、普通のを使っていたのですが、穴の周りがバリバリ割れて汚かったです。それは後からやすりで削ってもどうにも修復できないレベルでした。

 

途中でコレ↓に変えたら、びっくりするほど綺麗な穴に♪

AcutonicsとBiosonicsの音叉の軸の直径はほぼ同じで約7mmだったので、穴の直径は9mmにしました。8mmの穴だと、ぐりぐり回さないと音叉を抜き差しできない感じでした。今Amazonで見ると8.5mmの刃もあるようなので(私が行ったホームセンターにはなかった)、8.5mmのほうがいいかもしれません。9mmは少し緩いので、音叉がちょっと斜めになります。

 

完成!

音叉のディスプレイ棚

 

使い心地は最高です♪選びやすく、持ち替えやすい♪

 

何より、部屋に入ったときの空気感が変わりました。コンテンポラリー風水のマークさんの言うとおり、目に入るものが私たちの心に与える影響はすごいですね。フワッと上がる↑感じです。

 

こういう穴に差して立てるタイプの良いところは、鳴っている音叉を穴に差すとしばらく鳴り続けているところだと思いました。掛けるタイプだとこうはいきませんね。フィボナッチ音叉を下から上まで重ねて鳴らしていくと、かなりすごいですw 棚の上に置いてやると、棚がちょうど共鳴器の役割を果たすというオマケ付き♪

 

これも、好きなものを好きなように作れる!作っていいんだー!っていう、ひとつのブレークスルーでした!

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