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福岡&遠隔でヒーリングもやっています

明けましておめでとうございます!

明けましておめでとうございます。

 

2016年は思いがけず多くの方に音叉ヒーリングを施術させていただくことができ、また車の運転も思いがけずできる(自信はまだない)ようになったりと、予想外の嬉しい出来事がたくさんありました。

 

年末は実家に帰省しまして、今また福岡に戻ってきて、来年のハワイのための翻訳作業にいそしんでおります。

 

内面的には、「わたし」というものに目覚めた年になったように思います。わたしは何が好きで、何がやりたいのか。。。もともとキネシに興味を持ったのも、「わたし」に近づきたかったからでした。

 

数年ぶりにヒーリングをさせていただく機会をいただき、まず「わたし」を癒すこと、「わたし」を確立することの大切さをあらためて感じた日々でもありました。

 

だいぶ遠回りをしてきてきました。今でもすぐにトラップに引っかかっては落ち込んでの繰り返しですが、それでも、少しずつ自分に近づき、自分に戻りつつある実感があります。

 

今年も引き続き、自分に戻ることに専念しつつ、その中で、周りの人々のお役に立っていけたらと思っております。

 

今後とも、えりことキララワークスをどうぞよろしくお願いいたします。

 

宮島口からの日の出

 

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消滅願望の終わり

この1か月間で、私には、とてつもないことが起こりました。

 

9月末に近づいたある日の明け方ですね(まさかこうなるなんて思わなかったからメモも取っていなくて覚えてない)、目が覚めてみると、胸にヒューヒューと今まで感じたことのなかった風が通っていました。あれ?何か呼吸がラクで、カラダも軽い気がする・・・?

 

そのときは何が起こったのか分からなかったのですが、その日から、生きることが、ラクになり続けています。

 

急に変わったというよりは、実際の生活の中で「あれ?わたし、こんなことできたっけ?」「こんなにラクだったっけ?」という発見の日々が、今も続いている感じです。

 

根本的なところで、何かが抜けました(不思議と、新しい能力が加わった、という感じはしません。障害になっていたものが取り除かれた感じ)。

 

その「抜けた」性質は、わたしが、ADHDとかアスペルガー的性質だ(だからどうしようもない)、と自分で見ていた部分と、かなりかぶっています。

 

生きていていいと思えるようになり、マルチタスクがある程度可能になり、自分の予定を見渡してある程度前もって行動を起こすことができるようになり、だから仕事するのも遊ぶのも楽しくなり、、、また身の回りのことに関心が芽生えはじめ、その結果として、雑誌やTVをある程度楽しめるようになり、人との会話もある程度楽しくできるように、なりました。

 

あえて「ある程度」と書いているのは、その度合いが、今も少しずつ進んでいるので、パキッと1か0で変わったんじゃないよ、変化の完了地点が存在して突然そこに到達したというわけではないよ、ということを強調したいからです。

 

何より根本的なのは、「消えたい」「いなくなりたい」と思わなくなったことです。誤解を受けるので、これまでおおっぴらに書くことはありませんでしたが、物心ついたころから「いなくなりたい」と思っていました。

 

超重要な注意:「自殺」をしたいわけではありません。死のうとしたこともありません。私にとっては大分違うことです。


誰も傷つけることなく、この世からスーッと消えられたらいいのに、いや、もう最初から存在していなければいいのに、とつい思ってしまう、という感じです。わけもなく、とにかくこの世にいるということが辛くて、いつ死ねるのだろう、と無意識にずっと思っていました。そうそう、むしろ、ホームシックに近いのだと思います。現実が居場所と思えなくて、常にどこか間違った場所に来ている感じ。

 

で、その部分は、いろいろな生きることがラクになってきても、ずっと、根本的には消えなかったのですね。思う頻度はかなり減っていたのですが。うつ病にかかって症状としてそうなったわけじゃなくて、物心ついた頃からある感覚だからですね。

 

前回の記事に書いた、宮岡和宏先生のタロットセッションで相談したことも、一言でいえば、これでした。わたし、現実を楽しめないんです、ということです。いろいろやってラクにはなってきたけれど、まだ、現実に興味がもてない。ヒーラーとして活動しているのに、自分がこんなんでいいのだろうか?というのも、ありました。いただいた素晴らしいアドバイスは、ブログには結局まとめられませんでしたが、最近の宮岡先生のブログの「生きづらさの肯定から観る。」という記事がそのエッセンスと少しかぶっていたのでご紹介しておきますね。

 

***

 

で、先月末、それが消えたのですよ・・・・・・。

 

生きづらさが消えたというよりは、とにかく、私が生きることを阻んでいた何かが、消えたのです。

 

消えてみて初めて、これまで、私の世界の中がいかにノイズだらけだったのか、知りました。生きることに前向きになれない。底なしの無気力が底流を流れ続けている感じ。頑張ろうとしても足をすくわれる。いとも簡単に無気力に落ち込んで出てこれない。あの沼に半分浸かっているような感覚は・・・・・・普通は!?ないものなのか!?という。

 

(そういうことを言うと、「誰でもそうだよ〜」って感じで言われることも結構あったのですが、私からするとだいぶレベルが違うところで共感されている感覚でした)

 

何かをやろう!と決めては、できなくなってしまう、というパターンを繰り返してきたけれど、、、ADHDだからだと思っていたけれど、そこが取り払われてみると、ああ、、、これのせいだったのか、と思います。

 

「これ」の正体は具体的には特定できてないのですが・・・・・・

 

*****

 

とにかく、生まれてからずっと抱えていた、これからも死ぬまで共にすることを覚悟していた生きることへの違和感が薄くなったのですね。

 

そのインパクトは生活のあらゆる側面に及んでいて、今まで苦痛だった翻訳がかなり淡々とできるようになりました。

 

もうね、これは、信じられないことなんですよ(フィボナッチ音叉ヒーリングをあれだけ受けても、すぐには変わらなかった部分。もしかしたら、これはタイムラグありでのフィボナッチの効果でもあるのかもしれません。それ以外にもたくさんの試みをしてきたので、もう分からないのですが)。

 

ちょっと前に「もう大きい案件は受けない」と決めたものの、たまたま、10月はそこそこ大きい案件が入っていました。そして、「あれ?私できるんじゃない?」と思い始めた途端、なぜかどんどん入ってきて、断っても断っても、この案件の納期はずらしますからこれを先に、みたいな感じで、気がついたら専業翻訳者時代とほぼ同じ分量をやっているのですが、自分を破壊することなくできています。

 

自分が変わったかどうかって、自分を動かしてみないと、やってみないと、どう変わったのか、分からないですから、ちょうどいいサンプルがあったようなものです。


同時並行でデザインの案件も進んでいて、ヒーリングもちょこちょこやらせていただいていて、習い事もある、という状況で、それを見渡して予定を立てたりできているんですね〜。まぁ、かなりギリギリですが。


今までは、「翻訳をやらねば」となったら、その沼の中にいるしかなかったのです。意識を振り分けることがどうしてもできなくて。でも今は、納期が迫っていても、予定を見渡して、スキマに別のことができる。本とかも読んだりできるようになったんですよ!

 

とにかく、世の中の人は、これをやっていたのかーーーーー、という感動です。

 

あ、翻訳専業に戻るっていうことではないですよ、念のため。でも、嫌だ、逃げ出したい、消えたいって感覚は本当になくなりました。納期前は確かに辛いけれど、ただの労働そのものの辛さです。

 

見える範囲が一気に広くなって、そのとき没入している対象以外にも、常時全体を見ている「自分」という一本の線のようなものが出現したのが、この1か月の大きな、大きな変化だと思います。


これまで、常に私である私はこの世界にいなくて、ところどころの没入の中に今が断片的にあるだけで、すべてが自分の中をただ通り過ぎていくというイメージでした。

 

でも、今は、自分が何をやりたいのか、自分が何を感じているのか、自分で感じ取れるようになった気がします。

 

わたしは、ずっと、ずっと、スピの探求を通して、ここに到達したかったのだと思います。

 

スピの言葉でいえば、「グラウンディング」というものでもあるのかもしれません。

 

でも、これは、「自分の感覚を感じよう」とか「グラウンディングしよう」いう努力や気合いでできることではなかったと思います。本当に見えなかった。見えないものは、わたしの世界では存在しませんでした。

 

コスモス*のこのしまアイランドパーク Cosmos - Nokonoshima Island Park

 

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近況更新〜

「今もフィボナッチ受け付けされてますか?」と聞かれたので、更新してみます。

もちろん!してますよ〜(笑)

 

ここ数週間くらいかな、変な気負いが抜けたのか、セッションしていてただただ楽しいな〜という思いをさらに強く感じるようになりました。

 

それ以外は、特にここに書くことがないですね〜。書けることがないっていうほうが正しいかな?

 

先日受けたタロットについて書きたかったけど、、、あれは、私にとって世界がひっくり返るような衝撃でね、今の「ラクさ」はあそこから始まっているといっても過言ではないのだけど、、、やはり、今の私では、どうがんばっても誤解を招くような書き方しかできないな、と。

 

だから、今書くのはやめることにしました。いつか、準備が整ったら書きます!

 

わたしの根強い「生きづらさ」は、宮岡先生のマルセイユタロットセッション後に大きく軽減されました。だから、とにかく、「生きづらさ」を感じている人には、宮岡先生のタロットはオススメですよ!いわゆる占いってレベルじゃないですよ!と書いておきます〜^^;

 

9月はたくさんの友人が福岡に来てくれて、楽しく賑やかに過ぎていきました。10月はさらに忙しくなりそうですが、また書きたいことが出てきたら更新します。では!

 

☆フィボナッチプロセス音叉ヒーリング(遠隔・福岡対面)のご案内

 

Camellia?

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ハザマの世界

前回のブログを書いた後は、怒濤の日々でした。

 

今はぽかーん( ゜Д゜)としています。

 

あの後すぐ、用があって東京に行きました。3年前、わたしが目に見えないチカラを使いはじめた頃に一緒に喜びを分かち合ってくれ、その後、目に見えない世界を初めて怖いと思ってブルブル震えていたときに手を差し伸べてくれた友人達に再会することができました。再会は、祝福そのものでした><

 

ひとつの段階が終わったのだな、これで卒業だ!と思いました。

 

そして同時に、首の痛みが発生。1回目と2回目は東京にいたときで、ピキッと痛みがきてすぐ治ったのですが、3回目は福岡に帰ってからで、これがなかなか治らない。

 

(その間、いくつかセッションも受けましたが、それについてはここでは書かないかなー。クライアントさん本人の意識で理解できるということを大事にするタイプのヒーリングと、意識で分からなくてもいいから、今本当に必要なことをしようぜ!というタイプのヒーリングがある気がします。いや、そういうヒーリングがある、というのではなくて、ヒーラーさんの考え方によるものだと思いますが。その両方を短期間で受けちゃったのでね、文章で書くとなると、意識で理解しやすいヒーリングの方をメインに書くことになり、それだと実情とズレる。でも、どちらも影響はとても大きかったのだと思います。)

 

結局、首の痛みがとれたのは、長崎でひとみさんにプチセッションをしてもらい、その後にツインフィボナッチをやって、無事すべて終わって、ご飯屋さんに向かっていたとき。「首の調子はどう?」って聞かれて初めて「あ!なくなってる!!!」と。良くなったときって、気がつかないものですね〜

 

で、痛みがなくなってみると、なんだか、あれ、私、どうしてここにいるんだっけ?みたいな、ぽかーんとした状態です。

 

もう前回のブログ(対人恐怖と英語)とか、なんでそんなに頑張ろうと思ってたの〜って、思いますね。

 

対人苦手でもえーやん!英語しゃべれなくてもえーやん!って^^;;;

 

できなかったことが「できるようになること」で、自己の存在をこの世に証明する必要があった時代が、いつの間にか終わってました・・・。うん、終わったな、って感じです。

 

長崎で伺った赤塚高仁さんのお話も、個を超えていけ、というメッセージが最も心に響きました。

 

ここからは、違うのでしょうね。今、前の時代が終わってしまったことだけがあきらかで、新しいことは何にも浮かんできませんが・・・。

 

前の自分が入れていた予定があるので、なんだか、別の人の中に入ってしまったような、一歩引いた感じで、その予定をやっています。

 

明日からは弾丸で関西!マルセイユタロットの宮岡和宏先生の今月のモニターリーディングに当選していたので、受けに入ってきます。これは8月初旬、技術翻訳の大規模案件をやめるかどうかで散々悩んでいたときに、告知がパッと目に飛び込んできて、ダメ元で応募し、当選していたのですね。

 

今、ひとつの「世界」が終わって、0すなわち「愚者」にもまだなりきれてない、狭間の世界にいるような感じですが、だからこそ、こんなときに宮岡先生のリーディングを受けることができるなんて、采配は完璧ですね^^

 

長崎伊王島海水浴場

 

長崎伊王島海水浴場

そんな状態だったので長崎はほとんど観光もしていないのですが、赤塚さんの講演会の前にドライブで立ち寄った伊王島。長崎市街から40分くらいで、この夢のような綺麗さ!!!

 

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対人恐怖と英語

今日からラジオの英語講座、再開です!

 

私は英語がちゃんとしゃべれません(なかなか信じてもらえないのですが、翻訳やっててしゃべれない人はたまにいます。自分以外に見つけたときは嬉しかった!)。


私がきちんとした英語を話せないのは、ぶっちゃけ、ここ20年くらい、英語で話したことがほとんどないからなんですよね・・・。人が怖くて、外国人はもっと怖かったから。

 

今は、高校時代までに話せていた分の貯金(で忘れていない分)を引っ張り出しているだけです。高一まで英会話に通っていて、高三で英検1級取ったりしているので、高校時代までは(帰国子女でない高校生としては)かなり話せていました。

 

当時そこまでできていたのは単に、英語の音を聞いたり真似たりするのが好きで、ラジオ講座を毎日欠かさず聴いてて、洋楽を歌うのが好きだった、というだけのことでした。

 

人とコミュニケーションをすることについては興味がないというか、(人が怖いので)できれば遠慮させていただきたい!という気持ちでした。大学入って、対人恐怖的傾向が開花して引きこもってからは、英語から遠ざかりました。

 

その後、離婚を前にして、稼ぐための英語(翻訳)で英語と再会するのですが、、、、そのときにはもう、英語が純粋に好きという気持ちは消えていました。

 

翻訳を選んだのは、人と話さなくてもいい仕事だと思ったからですが、その中でも、技術翻訳にしたのは、まぁ仕事として需要が多いというのも大きいですが、日常英語が分からないから(使ったことないから)でもあるんですよ・・・・・。

 

だから、技術系の翻訳でいくら評価されたとしても、わたしの英語は所詮、限定的なものだから、不完全だから、非実用的だから、というコンプレックスがありました。

 

外資系の会社で翻訳をやっていた頃は、上司が外国人だったので英語は使いましたが、基本的にメールのやり取りだったので、たまに話すときも高校時代の貯金をおろすだけでどうにかなっていました(どうにかしていました)。

 

大人になってから、英会話スクールに通おうしたこともあるけど、数回で逃げてしまいました。カフェでの個人レッスンを試したこともあるけど、課題図書が自殺を扱ってる小説で「私もいなくなりたい」みたいな本音をぶっちゃけたら、あなたはもう充分話せている、僕が教えることはない、という体のいい言葉でおしまいになりました(汗)

 

(英会話スクールという「場」の何について行けないって、英会話をやろうという人の多くは、基本的にコミュニケーションが好きで、人が好きなんですよ。海外旅行で英語を話したい♪とか、、、わたしは最近まで旅行や買物の楽しさが分からなかった人間。視線恐怖があるから、どこへいっても辛かったんだもの。しかも雑談が苦手で、世間への関心もないときてる。。。(アスペルガー傾向ね)><)
 

 

はぁ、、、、英語をやるにも、何をやるにも、とにかく対人恐怖が邪魔だった・・・・・・それで、スピリチュアルに救いを求めて、今に至るわけですが。。。。。。

 

子どもの頃の私がたぶん唯一、達成したい夢として思い描いていた「流ちょうに英語を話せるようになること」(日本語と同程度)。もう、あきらめていました。もう一生、この中途半端な英語力でいいや。翻訳で日銭を稼げればいいや、、、英語力を伸ばすためだけに、話したくないのに話すのは辛すぎる。。。。。。

 

それなのに、今という今になって、そこを、変えていこうというフェーズに来ています。

 

ちょっと前から、話しているときに、あ、これ私本音を話している?という瞬間がたまにあるようになったんです(日本語でね)。

 

 

今まで、根本的に、「自分の言葉を話していい」みたいな安心感が欠けていたのか、と。これは、すごく微妙なレベルにおいての話で、意図的に嘘をついていたとか、隠していたとかではないのですが・・・。最近やっと、ハートのあたりで「思ったことをしゃべっていい」という許可が出たらしいんですね。

 

対人恐怖自体は、数年前にほとんど脱していて、今ではほとんどの人が「全然対人恐怖だなんて分かりませんよ」と言うくらいに本当に大きく変わったのですが、まだ、根底のところで恐怖が残っていたのですね〜。

 

で、あれ、これなら英語でも話せるんじゃない?となったのがここ数週間。

 

それと同じタイミングで、夫が会社で必要になって英会話スクールに通い始めたんですが、そこに私も通ったほうがいいとふみぃさんのキネシ。

 

最初、ものすごく嫌だと思ったのですが、キネシ的には超お勧め!ってことなので、最近入会してきました。わたしの英語にプラスというよりは、夫婦関係にとって大きくプラス!という感じのリーディングだったのですが(そのあたりはゲンキンなわたし)。

 

英会話スクールに通うといっても、グループレッスンは受けないことになりそうです。主に個人レッスンで、英語を話すことの感覚を思い出し、外国人恐怖を乗り越えるためにスクールは使って、自分用の主な教材としてはラジオ講座を再開します。

 

本当に、自分でもびっくりですよ。自分が車の運転するなんてのもまったく数か月前まで予想していませんでしたが、、、、、、それ以上に、あり得ないと思っていたのが、この私が、「コミュニケーションを取りたいために(!!!)」再び英語に本気を出す日が来るとは、、、、ってこと。

 

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今日から開始〜♪ 中高時代にお世話になった杉田先生や遠山先生がいまだに現役というのも凄いしありがたい。わたしが一番お世話になったのは大杉正明先生でしたが!大杉先生LOVEだった!

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