sakura-blossom

福岡&遠隔でヒーリングもやっています

近況更新〜

「今もフィボナッチ受け付けされてますか?」と聞かれたので、更新してみます。

もちろん!してますよ〜(笑)

 

ここ数週間くらいかな、変な気負いが抜けたのか、セッションしていてただただ楽しいな〜という思いをさらに強く感じるようになりました。

 

それ以外は、特にここに書くことがないですね〜。書けることがないっていうほうが正しいかな?

 

先日受けたタロットについて書きたかったけど、、、あれは、私にとって世界がひっくり返るような衝撃でね、今の「ラクさ」はあそこから始まっているといっても過言ではないのだけど、、、やはり、今の私では、どうがんばっても誤解を招くような書き方しかできないな、と。

 

だから、今書くのはやめることにしました。いつか、準備が整ったら書きます!

 

わたしの根強い「生きづらさ」は、宮岡先生のマルセイユタロットセッション後に大きく軽減されました。だから、とにかく、「生きづらさ」を感じている人には、宮岡先生のタロットはオススメですよ!いわゆる占いってレベルじゃないですよ!と書いておきます〜^^;

 

9月はたくさんの友人が福岡に来てくれて、楽しく賑やかに過ぎていきました。10月はさらに忙しくなりそうですが、また書きたいことが出てきたら更新します。では!

 

☆フィボナッチプロセス音叉ヒーリング(遠隔・福岡対面)のご案内

 

Camellia?

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ハザマの世界

前回のブログを書いた後は、怒濤の日々でした。

 

今はぽかーん( ゜Д゜)としています。

 

あの後すぐ、用があって東京に行きました。3年前、わたしが目に見えないチカラを使いはじめた頃に一緒に喜びを分かち合ってくれ、その後、目に見えない世界を初めて怖いと思ってブルブル震えていたときに手を差し伸べてくれた友人達に再会することができました。再会は、祝福そのものでした><

 

ひとつの段階が終わったのだな、これで卒業だ!と思いました。

 

そして同時に、首の痛みが発生。1回目と2回目は東京にいたときで、ピキッと痛みがきてすぐ治ったのですが、3回目は福岡に帰ってからで、これがなかなか治らない。

 

(その間、いくつかセッションも受けましたが、それについてはここでは書かないかなー。クライアントさん本人の意識で理解できるということを大事にするタイプのヒーリングと、意識で分からなくてもいいから、今本当に必要なことをしようぜ!というタイプのヒーリングがある気がします。いや、そういうヒーリングがある、というのではなくて、ヒーラーさんの考え方によるものだと思いますが。その両方を短期間で受けちゃったのでね、文章で書くとなると、意識で理解しやすいヒーリングの方をメインに書くことになり、それだと実情とズレる。でも、どちらも影響はとても大きかったのだと思います。)

 

結局、首の痛みがとれたのは、長崎でひとみさんにプチセッションをしてもらい、その後にツインフィボナッチをやって、無事すべて終わって、ご飯屋さんに向かっていたとき。「首の調子はどう?」って聞かれて初めて「あ!なくなってる!!!」と。良くなったときって、気がつかないものですね〜

 

で、痛みがなくなってみると、なんだか、あれ、私、どうしてここにいるんだっけ?みたいな、ぽかーんとした状態です。

 

もう前回のブログ(対人恐怖と英語)とか、なんでそんなに頑張ろうと思ってたの〜って、思いますね。

 

対人苦手でもえーやん!英語しゃべれなくてもえーやん!って^^;;;

 

できなかったことが「できるようになること」で、自己の存在をこの世に証明する必要があった時代が、いつの間にか終わってました・・・。うん、終わったな、って感じです。

 

長崎で伺った赤塚高仁さんのお話も、個を超えていけ、というメッセージが最も心に響きました。

 

ここからは、違うのでしょうね。今、前の時代が終わってしまったことだけがあきらかで、新しいことは何にも浮かんできませんが・・・。

 

前の自分が入れていた予定があるので、なんだか、別の人の中に入ってしまったような、一歩引いた感じで、その予定をやっています。

 

明日からは弾丸で関西!マルセイユタロットの宮岡和宏先生の今月のモニターリーディングに当選していたので、受けに入ってきます。これは8月初旬、技術翻訳の大規模案件をやめるかどうかで散々悩んでいたときに、告知がパッと目に飛び込んできて、ダメ元で応募し、当選していたのですね。

 

今、ひとつの「世界」が終わって、0すなわち「愚者」にもまだなりきれてない、狭間の世界にいるような感じですが、だからこそ、こんなときに宮岡先生のリーディングを受けることができるなんて、采配は完璧ですね^^

 

長崎伊王島海水浴場

 

長崎伊王島海水浴場

そんな状態だったので長崎はほとんど観光もしていないのですが、赤塚さんの講演会の前にドライブで立ち寄った伊王島。長崎市街から40分くらいで、この夢のような綺麗さ!!!

 

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対人恐怖と英語

今日からラジオの英語講座、再開です!

 

私は英語がちゃんとしゃべれません(なかなか信じてもらえないのですが、翻訳やっててしゃべれない人はたまにいます。自分以外に見つけたときは嬉しかった!)。


私がきちんとした英語を話せないのは、ぶっちゃけ、ここ20年くらい、英語で話したことがほとんどないからなんですよね・・・。人が怖くて、外国人はもっと怖かったから。

 

今は、高校時代までに話せていた分の貯金(で忘れていない分)を引っ張り出しているだけです。高一まで英会話に通っていて、高三で英検1級取ったりしているので、高校時代までは(帰国子女でない高校生としては)かなり話せていました。

 

当時そこまでできていたのは単に、英語の音を聞いたり真似たりするのが好きで、ラジオ講座を毎日欠かさず聴いてて、洋楽を歌うのが好きだった、というだけのことでした。

 

人とコミュニケーションをすることについては興味がないというか、(人が怖いので)できれば遠慮させていただきたい!という気持ちでした。大学入って、対人恐怖的傾向が開花して引きこもってからは、英語から遠ざかりました。

 

その後、離婚を前にして、稼ぐための英語(翻訳)で英語と再会するのですが、、、、そのときにはもう、英語が純粋に好きという気持ちは消えていました。

 

翻訳を選んだのは、人と話さなくてもいい仕事だと思ったからですが、その中でも、技術翻訳にしたのは、まぁ仕事として需要が多いというのも大きいですが、日常英語が分からないから(使ったことないから)でもあるんですよ・・・・・。

 

だから、技術系の翻訳でいくら評価されたとしても、わたしの英語は所詮、限定的なものだから、不完全だから、非実用的だから、というコンプレックスがありました。

 

外資系の会社で翻訳をやっていた頃は、上司が外国人だったので英語は使いましたが、基本的にメールのやり取りだったので、たまに話すときも高校時代の貯金をおろすだけでどうにかなっていました(どうにかしていました)。

 

大人になってから、英会話スクールに通おうしたこともあるけど、数回で逃げてしまいました。カフェでの個人レッスンを試したこともあるけど、課題図書が自殺を扱ってる小説で「私もいなくなりたい」みたいな本音をぶっちゃけたら、あなたはもう充分話せている、僕が教えることはない、という体のいい言葉でおしまいになりました(汗)

 

(英会話スクールという「場」の何について行けないって、英会話をやろうという人の多くは、基本的にコミュニケーションが好きで、人が好きなんですよ。海外旅行で英語を話したい♪とか、、、わたしは最近まで旅行や買物の楽しさが分からなかった人間。視線恐怖があるから、どこへいっても辛かったんだもの。しかも雑談が苦手で、世間への関心もないときてる。。。(アスペルガー傾向ね)><)
 

 

はぁ、、、、英語をやるにも、何をやるにも、とにかく対人恐怖が邪魔だった・・・・・・それで、スピリチュアルに救いを求めて、今に至るわけですが。。。。。。

 

子どもの頃の私がたぶん唯一、達成したい夢として思い描いていた「流ちょうに英語を話せるようになること」(日本語と同程度)。もう、あきらめていました。もう一生、この中途半端な英語力でいいや。翻訳で日銭を稼げればいいや、、、英語力を伸ばすためだけに、話したくないのに話すのは辛すぎる。。。。。。

 

それなのに、今という今になって、そこを、変えていこうというフェーズに来ています。

 

ちょっと前から、話しているときに、あ、これ私本音を話している?という瞬間がたまにあるようになったんです(日本語でね)。

 

 

今まで、根本的に、「自分の言葉を話していい」みたいな安心感が欠けていたのか、と。これは、すごく微妙なレベルにおいての話で、意図的に嘘をついていたとか、隠していたとかではないのですが・・・。最近やっと、ハートのあたりで「思ったことをしゃべっていい」という許可が出たらしいんですね。

 

対人恐怖自体は、数年前にほとんど脱していて、今ではほとんどの人が「全然対人恐怖だなんて分かりませんよ」と言うくらいに本当に大きく変わったのですが、まだ、根底のところで恐怖が残っていたのですね〜。

 

で、あれ、これなら英語でも話せるんじゃない?となったのがここ数週間。

 

それと同じタイミングで、夫が会社で必要になって英会話スクールに通い始めたんですが、そこに私も通ったほうがいいとふみぃさんのキネシ。

 

最初、ものすごく嫌だと思ったのですが、キネシ的には超お勧め!ってことなので、最近入会してきました。わたしの英語にプラスというよりは、夫婦関係にとって大きくプラス!という感じのリーディングだったのですが(そのあたりはゲンキンなわたし)。

 

英会話スクールに通うといっても、グループレッスンは受けないことになりそうです。主に個人レッスンで、英語を話すことの感覚を思い出し、外国人恐怖を乗り越えるためにスクールは使って、自分用の主な教材としてはラジオ講座を再開します。

 

本当に、自分でもびっくりですよ。自分が車の運転するなんてのもまったく数か月前まで予想していませんでしたが、、、、、、それ以上に、あり得ないと思っていたのが、この私が、「コミュニケーションを取りたいために(!!!)」再び英語に本気を出す日が来るとは、、、、ってこと。

 

mypicts

今日から開始〜♪ 中高時代にお世話になった杉田先生や遠山先生がいまだに現役というのも凄いしありがたい。わたしが一番お世話になったのは大杉正明先生でしたが!大杉先生LOVEだった!

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収入源を手放すことへの恐れ

最近全然ブログ書くモードにならないのですが、たぶん、今はひとつの転機にいると思うので、少し強引に、更新しておこうかな、と思います。15分縛りで^^

 

うーん、、、、以前、「不安からする仕事と、喜びからする仕事」という記事で、「今日この体験を踏まえて、私も、仕事の仕方を変えます。欠乏感からの仕事をもうやめます。」と書きました。

 

仕事の仕方、、、うん、変えたつもりでした。

 

たしかに、生活費のために仕事をするのは、やめました。そこは夫にまかせよう!って。でも、自分の喜びのためにね!結局、その後も、かなりの量の技術翻訳をしていました。といっても、専業だった頃の半分くらいなんだけど、、、、、、

 

元気になってきて、やりたいことが出てきたら、つかうお金が増えてきて。だから、そのために、自分の喜びのために、お金がほしいの。自分のやりたいことのために(我慢して)働くのは当然でしょ?って思ってました。

 

技術翻訳は本当に苦痛で、、、、、、でも、少し、望みをかけていたんです。わたしが、もっともっと癒されていけば、いつか、技術翻訳を楽に、淡々と、先延ばしせずに、できる日がくるんじゃないかな、って。フィボナッチでいろんな面で変化が出てきて、近々、そこが大丈夫になるんじゃないかなって。だって、わたし、技術翻訳は苦痛だけど、得意なのですよ、、、その苦痛がなくなる日が来たらいいな、って。。。

 

というのは、綺麗事で、、、、やはり、わたしは、既知の確実な、、、収入源を、、、手放したくなかった><

 

のだと、今は思います。。。。。。(セッションは増えてはきているけれど、今のところ、翻訳の収入とは比べものになりませんし、セッションは「私の楽しみ」という側面が一番大きいので、売上高ありきで考えたくないのです)

 

生活のために仕事する辛さ、、、はよく知ってる。楽しみのために仕事するなら少しは楽になるのかと思ってたけど、わたしの場合、もっともっと辛くなりました(楽しみが増えてきたから、その落差で、より苦しく感じるっていうのもあるのかも・・・)。未婚フリーランス1人暮らし(しかも家賃が高い東京)だった頃の「路頭に迷うかもしれない」という恐怖は、強力なモチベーションになってくれていたのだなぁ、って。。。

 

毎度、地獄のような苦しみで納品しては、次こそ余裕をもってできるんじゃないかと望みをかけて、、、でも、先延ばしはひどくなるばかり。納品直前の苦痛も増すばかり。

 

そのために、他の予定をキャンセルしたり延期したり。

 

セッション予定だけは死守しましたし、翻訳作業とセッションの間は十分時間をあけるようにしていましたが、それでも、常に納期で追い詰められている状態が、ヒーリングという仕事にプラスに働くはずがなく。


もう、限界だなって思いました。いくら翻訳が今のところ一番確実に稼げるとしても、一旦手放そう、、、、、と決めたのが先週半ば。

 

(15分経った、、、)

 

技術翻訳の大規模案件を、今度こそ、やめようと思いました。負担にならない程度の小規模案件だけは続けるけど。

 

そしたら、その途端、大規模案件がまた舞い込むのですよ・・・・・・しかもね、行きたいなって思っているワークショップの受講料相当!!!相当、心が動きました。承諾のメールの返信を書きかけました。でも、、、、、、断りました。翌日に別の会社からもう1件大きいのが来たけれど、それも断りました。

 

最近、セッションでも、「新しいものが入ってくるには、今握りしめているものを手放す必要がありますよ」みたいなことばっかり言っていて、ようやく、自分へのメッセージだ、と気づいたから・・・。

 

今日は、とりあえず、ここまで。

 

Window to the sky

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ひとつのサイクルの終わり、新しいスタート

わたしがキネシオロジーをつかったセッションを始めてから、ちょうど3年が経とうとしています(・・・・・・まだ3年しか経っていないとは!!!もっと、ずっと昔に感じるのですが)。

 

ここ1週間くらいかな?3年前に、ただひたすら楽しくて楽しくてセッションしていた頃の自分が戻ってきているのを感じます。

 

「目に見えないもの」との関係が、ようやく、新しい段階に進みつつあります。

 

わたしは、たぶん10年くらい前から、目に見えないもののチカラを自分を癒すのに使っていて、純粋に、ただ純粋に楽しく信じて使っていて、その恩恵を感じていました(※見える人ではありません)。

 

でも、3年前、他人様に対して提供することを始め、その楽しさを人と共有して、広めることができる!という素晴らしさに目覚めてすぐ、目に見えないものとの関わり方を誤ってしまって、キネシを取るのも怖くなって、セッションができなくなり、ヒーラーという仕事を離れました。

 

見えないものとの関わり方を誤ってしまった、というのは、向こうが主体、私がサブ、という立ち位置に自分を置いてしまったことです。

 

これについては昨年、みちよさんのカウンセラー講座で、自分主体で生きる(=自分を大事にする、自分を愛する)ということをとことん教わって、だいぶ変わってきたのでした(それについては過去記事に書きました)。

 

その当時、カウンセリングをやりたいという気持ちがあったわけでは全然なくて、受講したのは流れのようなものだったのですね、当時周りにいた友人が皆みちよさんを絶賛してて、よく分からないけど何か気になる、っていう。

 

その講座は、過去記事に書いたように、私にとってはすごく辛いものだったのですが、わたしが自分を取り戻すのに不可欠だったな、と思います(さらに、思いがけない副産物として、今、フィボナッチをやる前のヒアリングに、みちよさんから教わったカウンセリング手法がかなり直接的に役立っていたりします)。

 

今年の3月、フィボナッチ音叉というツールを私が手にすることになったのは、もう本当に流れとしかいいようがないものでした。翻訳を担当させていただくことがなかったら、たぶん、行っていなかったでしょう(そのあたりの経緯はこちらの記事の前半に書きました)。ハワイで学んでいる間も、これを私が家族や友人以外の方々にしていくのかどうか、というのは謎のままでした。まだ、目に見えないものを扱うのが怖かったからです。

 

日本に帰ってきてから最近までは、とりあえず「やってみる」段階でした。とにかく、フィボナッチ音叉のエネルギーに触れ、セッションを重ねる毎日でした。

 

それでも、最近まで、自分が「ヒーラーである」という覚悟や意識はまだないままでした。

 

私にあったのは、ただ、素晴らしいツールを得てしまったから、必要な人に渡したい、私で止めておくのはもったいない、という気持ちで、仲介者的な、一歩引いた立ち位置で留まっていました。

 

最近、そのフェーズが終わったのを感じます。

 

フィボナッチプロセスを行うにしても、やはり、今の私が、最大限のチカラをセッションで引きだそうとすると、キネシオロジーの力を使うことになるのでした。

 

3年前とは違い、遠隔というか、自分の体を代替にして、距離が離れていても反応がとれるようになったので、遠隔セッション中でも、対面のセッション中でも、フィボナッチプロセスに入るタイミング、入れないなら、何が引っかかっているの?どう調整すればいいの?などなどをキネシオロジー的リーディングをつかって読みます。

 

これは、フィボナッチをモニターでやらせていただいた当初からそうだったのですが、最近、ようやく、そういう自分に「OK!」が出せるようになったなぁと感じるのです。

 

ちょっと前までは、そのことが、3年前からの目に見えないチカラへの拒否とあいまって、ちゃんと認められていなかったのです。

 

キネシオロジーをやめたとき、何人かの方が、再開するときは連絡ください、と言ってくださっていました。でも、わたしは罪悪感や恥ずかしさでいっぱいで、これまで、連絡を取ることができませんでした。キネシオロジーのセッションはもうやっていないし、、、というのもありました。

 

でも最近、ちょうど「キララワークス」と名前を付けた後だったのですが、その方々に連絡させていただこうかな?とふと思ったのです。迷って、結局連絡しないままだったのですが、なんと、そのドンピシャのタイミングで、当時来てくださったクライアントさんの一人が申し込んでくださって、最近、フィボナッチをさせていただくことができました。

 

そして、結局、わたしがやっているセッションは根本的には何も変わってない、音叉というパワフルでかつ自分に相性が合うツールを手に入れたことと、自分を見失わなくなった(笑)だけかも?と思ったら、もう本当に嬉しくて!やっと、戻ってきた!という喜びに溢れています。その今を書き留めておきたくて、書きました。

 

Magnolia and moon

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