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ハートのスピリチュアルカウンセラー養成講座 (3) 「自分をなくす」と「自分でいる」のせめぎ合い

(2) 初めての練習:スピリチュアルカウンセリングへの抵抗
の続きです。

練習を振り返ってみると、私の中で相殺し合うエネルギーが働いて、動けなくなったように感じました。

浮上してきたのは、「私が私でいる」のを許可していない自分です。

以前、キネシオロジーをやっていたとき、私は、自分の主観・私情が入らないように「自分をなくす」ように心がけていました。たぶん、そのように教わったわけじゃなくて、その方が私にとって自然だったからだと思います。子どもの頃の勉強もそうでしたし、今で言えば翻訳をするときも、集中すると「自分がやっているわけではない」感があります。「自分」が立ち退いたほうがいい結果が出るのです・・・。

でも、みちよさんのメソッドをやるには、正反対の態度が不可欠なのだと体感で分かりました。「自分でいて」「自分で感じる」のですね。視える視えないは置いておいて、自分で感じるってことが肝。そのために、相手にチューニングはするけれど、軸としての自分は立ち退いていなくて、ちゃんと真ん中にいるのです。

以前からの自分の(いい結果を出すには)「自分をなくす」という思い込みと、みちよさんの教える、私にとって慣れない「自分でいる」という相反する態度を同時に心がけた結果が、ボロボロなモニターカウンセリングでもあったし、また、講座でのアウェイ感でもあったのだと思います。

でも、この経験を経て、やっと、ここでいうカウンセリングとは何なのか、何を提供することになっているのか(提供できませんでしたが・・・)、ゲームのルールみたいなものを体当たりで、おぼろげながら、理解することができました。

何をするのかも分からない状態からは脱した。そして、「自分でいる」ことが肝だということを理解した私は、もう一度、練習をしてみることにしました。

>>> (4) 2回目の練習:感じたことを言ってみるに続く
 
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ハートのスピリチュアルカウンセラー養成講座 (2) 初めての練習:スピリチュアルカウンセリングへの抵抗


モニターカウンセリングの宿題だけはやることにしたものの、スピリチュアルカウンセリングというもので一体自分が何を提供するのか、できるのか、全然イメージがわかないので、途方にくれました。

私は受ける側としても、スピリチュアルカウンセリングがあまり好きではありません。ちょっと腑に落ちないと、「は?それ、自分の意見じゃね?」とか思ってしまいます(ほんと、じゃあ、なんでこの講座に申し込んだのか、という感じですが・・・)。

キネシオロジーは、自分の体の声を通訳してもらうものなので別なのです(厳密に言えば、キネシも取る側の影響をまったく受けないわけではありません)。

それに、みちよさんは視える人で、何かを視てカウンセリングしてる。それがキネシと同じように通訳なんだろうな、というのは分かる。でも私は何も視えない。視えないのに、思ったこと言うなんて、自分の意見を言うだけになるんじゃない?分からない・・・・・・。

そんな状態だったらやめればいいのに、持ち前の度胸と好奇心だけで、やらせてもらいました、対面カウンセリングの練習。

結果は、当然のように、ボロボロでした。

何度も「しーん」としました。

何も視えない。かといって、それをごまかすだけのトークのスキルもない。ずっと黙っているわけにはいかないので、私が絶対に嫌だと思っていた「自分の意見」のようなものを言ってしまい、そういう自分が許せない!でもそれ以外に何を言えばいいのか分からない!!!

本当に不本意で、恥ずかしくて、悔しい経験でした。

>>> (3) 「自分をなくす」と「自分でいる」のせめぎ合いに続く
 
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ハートのスピリチュアルカウンセラー養成講座 (1) アウェイ感と怒り

4月から、みちよさんのハートのスピリチュアルカウンセラー養成講座に行っています。隔週、全10回、約4か月かけてのディープなコース。

5回目まではアウェイ感しかなくて、どうしてこの講座を申し込んでしまったのだろう、と思っていました(ピンときて、自分で申し込んだんですがね・・・)。でも、6回目の講座を終えたところで、大きな心境の変化がありました。

ものすごく長文になるので、何回かに分けて書きます。

4月に受けたみちよさんの個人カウンセリングで言われたのは、
光をたくさん持って生まれてきている。だから、人間的な闇(ネガティブ感情)に触れるとびっくりしてしまう。自分の中にも人間的な闇があるのだけど、それを嫌悪して、「ない」ことにしている。

人間は陰(ネガティブ)と陽(ポジティブ)を両方持って生まれてきていて、2つでセットなんだから、ネガティブを本当になくしたいなら死ぬしかない。

「無気力感」も「生きづらさ」も、「人間として生きる」と決めれば解決する。怒りはエネルギー源だから、怒りを感じれるようになれば、喜びももっと感じられるようになり、生きる気力もわいてくる。

今、「怒りを通して自分を知る」変わり目にいる。

ということでした。

それを前提として、カウンセラー講座が始まり、、、、、、講座では、スピリチュアルなテクニックとかほとんどなしで、ただただ、自分で自分の感情を「感じる」ってことを毎回徹底的にやるのですが、これが、まったく共感できないのです。

他の人が、感情をシェアしているのや、それに対するみちよさんの解説・アドバイスを聞いても、日本語として意味は分かるんだけど、記号が頭を通り過ぎていくような感じ。1人だけ置いて行かれているような感じの居心地悪さ(今思えば、その居心地悪さも、ちゃんと感じてなかった・・・)。

自分としては、実感がないのです。感じないようにしているって自覚はなくて、本当にそこに何もないから。

文字通り暗中模索、のような状態の中、怒りを刺激する対象を探しては書くようにしていたら、だんだん、些細なことでもムカッとくるようになりました。それと関係があるか分かりませんが、同じ頃に会社に行けなくなりました。

私としては、いえーい、怒り、出てきたよ!という感じだったのですが、、、、、友人にも、夫にも、その講座はやめた方がいい、と諭されるようになりました。「ボロボロにされるよ」と。怒りのありかを必死で探す私は、癒しの過程などというのとはほど遠く、ナイフでグサグサ自分を斬りつけているようにしか見えなかったそうです。。。。。。

そう言われてみると、だんだん自分でも、この講座に私は合わないんだ、、、と思うようになってきます。怒ってるじゃん!それなのに「ない」ことにしてると言われてしまうことにムカつく!(ほら怒ってるでしょ、わたし!)みんな何言ってるか分かんないし!このアウェイ感つらすぎる!あーどうして申し込んでしまったんだろう・・・

最終的に、この講座自体が怒りの対象になっていきました。

講座をやめるかどうかを迷っていた頃、ぶっつけ本番のモニターカウンセリングの宿題が出されました。

注:このブログを更新し始めたのも、ブログを書くというのが宿題の一部だったからです(本当はもう少し引きこもっていたかった・・・)。ただ、途中経過があまりにひどく、こんなんそのまま書いたらみちよさんの営業妨害になるかも、、、と思って、リアルタイムでは講座のことを書けませんでした。ようやく、そこを通り過ぎたと思うので、書いていきます。

>>> (2) 初めての練習:スピリチュアルカウンセリングへの抵抗に続く
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真人間になる

盛りだくさんだった週末の仕上げは、月曜朝納品でした。

ええ、まだ私は技術翻訳をやってます・・・。

ちょっと前まで、外でWeb関連の仕事をしていました。Webデザインの経験を積むために、久々に会社に入ったのです。

その間、翻訳は少規模案件以外、断り続けていました。断っても断っても仕事が来てたのですが、さすがに数か月経って打診も少なくなってきて、最近数週間は翻訳をやっていませんでした。

そんな中、精神的に限界が来て、後先考えずに会社をやめてしまったのです。

ところが、私が会社やめたことなんて翻訳会社が知るはずもないのに(そもそも外で仕事してたこと自体知らない)、翻訳打診が一気にやってきて、向こう1か月〜の予定が埋まる、とかそんな感じです。しかも、まだ確定していないのですが、ずっとやってみたかったスピリチュアル系の翻訳をできるかもしれないチャンスも舞い込んでくるという!

フリーランスになって今5年目ですが、こういうことは初めてではありません。前、リラクゼーションサロンで働いてみる、っていう取り組みを辞めたときは、一身上の理由で停止状態にしていた翻訳会社から、お店やめた次の日に、何も言ってないのに、「○月から復帰されると伺いましたが」と打診が来ました。一体それどこ情報!?って(笑)。私にあまりにも管理能力がないから、上の方でいい感じにやってくれてるのかもしれません。

たぶん、私はフリーランスが向いてるんだと思います。

長い間、朝から普通に会社に行ける人間=真人間、いつか私もそうなりたい!なるのだ!みたいな憧れがあったんですが、私は会社は向いてない、、、、、、どんな恵まれた会社でも、やりたい仕事でも、向いてないものは向いていない、、、という自分の特性への諦めが、ようやくつきました。

いろいろ別の場所であがいて技術翻訳に戻ってくるたびに、「翻訳は、〜よりはマシだ」と思う理由が増えていきます。

とはいっても、今でもまだ、前倒しで計画的にやる、なんてことはできなくて、お尻に火が付いてから突っ走ります。

これまで、そういう自分がめっちゃ嫌だったんですが、一方で、わたしはピンチを楽しんでる側面もあり。

よく、フリーで長くやっていける人は自己管理能力がある人だとか聞くので、そういう意味では、自己管理能力が欠けているわたしはフリーに向いていないのだろう、と思います。真っ当に、計画的に、翻訳業されている方を見ると、引け目を感じます。

でも、会社に行って管理され続けているとおかしくなってしまうのですから、やはり、私は、フリーランスの方が会社よりは向いているのだ!と開き直るしかないですね。。。

結局、自分を自分として受け入れて、「管理しないで」私が能力を最大限発揮できる仕組みを、自分で考えて作るしかないのだろうなぁという風に、今日も朝9時に納品を終えて、あー良かった、間に合った〜♪と眠りこけた1日を過ごしてから、思うのです。

今度こそ、真人間を目指します。自分のちょっと偏りがある特性を真っ当に活かすっていう意味で!

mofy
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ネガティブも極めると何か出てくるかもしれない、という話

深大寺蕎麦で有名な深大寺に、いつ見ても閑古鳥が鳴いている蕎麦屋が1件あります。

Jindaiji traffic light

昨日の夜、時間が悪かったのか、近くに開いているお店がなく、仕方なくそこに入ったのですが・・・

醤油の味しかしない、淀んだ真っ黒なつゆ・・・。
茶色くてベトベトの天ぷら。野菜古い・・・。
カビで黒ずんだせいろに盛られているデレンとした蕎麦・・・。

想像を絶するまずさ。
美味しくない、というよりも、吐き気を催すレベルでした。ありえない。

※そのお店が特殊なだけで、深大寺にはたくさんお蕎麦屋さんがあって、今まで行った他のお店はおいしかったです、念のため。

Jindaiji
(写真は深大寺を流れる小川。上のお蕎麦屋さんとは関係ありませんw)

その衝撃さめやらないままに、深大寺温泉に行きました。

深大寺温泉は、いわゆるパワースポットです。最近大好きでよく行きます。私にはよく分からないのですが、磁場が良いらしい?

-  深大寺天然温泉「湯守の里」

温泉に入って、とにかく「排出」したい!一心で、深呼吸しました。

1時間くらい入っていたかな?何度もお水を飲みつつ、温泉に浸かっているうちに、足裏から全身がプチプチ、ザワザワするようなとてつもない爽快感がわいてきました。

いつもとはまったく違う感じ。

深大寺温泉に行ったのは初めてじゃないし、深呼吸だって結構やってる。でも全然違う!

お風呂を上がると、すぐにでも走り出したい!くらいに体が軽くなっていました。

Hydrangea? at Jindaiji

今朝起きたら、足裏の感覚がぜんぜん違う!ベタっとついている感じ。何コレ!

この、毒をなんとしてでも排出してやる(なぜか、吐くことは思いつかなかった)という気合いがそうさせたのかな・・・

破壊的にまずい蕎麦を食べたことが厄落としになったのかな??

こないだ受けたHSKキネシオロジーのセッション後の変化の一部かしらん?

いやたぶん、近いうちに書こうと思ってる、「人間になる」っていう覚悟のせい?

分からないけど、今思えば、既存の概念が破壊されるという意味で、あの蕎麦はクリエイティブで、胃袋にとってだけでなく脳にとって大きな刺激だったし、身体感覚が大きく変わるきっかけになったし、あのお蕎麦やさん、行ってよかったかもしれません(もう二度と行かないけどね!)
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