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福岡&遠隔で「ラク」を体感するヒーリングをやっています☆

ツインフィボナッチ in 長崎、2016年11月21日に決定!

11月21日(月)に、またまた坂元 ひとみさんと長崎市内でツインフィボナッチ音叉ヒーリングをやらせていただくことになりました。すでにお問い合わせをいただいた方で予約が埋まりつつあるのですが、あと数枠、あいているようです。

 

これは、私が長崎市内で行われる連続講座に行くのに合わせて行っていたもので、その講座は11月が最後となります。このあとしばらく長崎に行く予定はありませんので、ご興味のある方はぜひこの機会にいらしてください。

 

時間・場所など詳しくは、ひとみさんにメールでお問い合わせください。

hitomi☆lightwaves.jp(☆→@変換して、メール送信してください。)

 

 

ツインフィボナッチは、クライアントさまお1人に対して施術者2人で両側から音叉をあてていく、特別なフィボナッチ音叉ヒーリングです。

これまで「ツイン」フィボナッチについて書いた記事

ご参考にどうぞ。

2016年5月:ひとみさんとのツインフィボナッチ@長崎風水庵

2016年8月:ツインフィボナッチ

 

記事にしていないのも含めれば、ひとみさんとのツインフィボナッチはもう何回目になるのか、分からなくなってきました^^;毎回、毎回、感じるのはその神聖さです。

 

クライアントさん対施術者という1対1の関係ではなくて、クライアントさんひとりに対して施術者2人という、「3人」という場が作り出す、何かがあるのだと思います。

 

そもそもフィボナッチって何?という方へ

ひとみさんのHPはこちら。フィボナッチとは何かが、そもそも音叉ヒーリングとは何かというところから、とても分かりやすく解説されています。

フィボナッチ音叉セラピー|ライトウェーブ/長崎

 

ちょっと時間が経っていますが、私なりにフィボナッチを説明してみた記事

フィボナッチプロセスとは? - The Fibonacci Process

 

えりこ単独でのフィボナッチセッションのご案内はこちら

☆フィボナッチプロセス音叉ヒーリング(遠隔・福岡対面)のご案内

 

 

のこのしまアイランドパーク Nokonoshima Island Park

 

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スピリチュアル美容院Webサイトのデザインを改訂しました <その2>

スピリチュアルな美容室「やなぎの木」のサイトを再び部分リニューアルしました!

今回は、美容メニューページとサロン案内ページです。

えりさんからのヒアリングを元に、文言の書きおこしも行いました。

 

美容メニューページ(http://www.yanaginoki.com/menu/

メニューページのキャプチャ画像

 

 

サロン案内ページ(http://www.yanaginoki.com/concept/

 

サロン案内ページのキャプチャ画像

 

今回のデザインのポイント、というよりも、デザインに込めた願いは・・・

 

「ここぞ!」というときにだけではなくて、もっと気軽に、もっと力を抜いて、ご来店いただけたら、という思いです。

 

そのために、スピリチュアルカウンセリングは行わない、ヘアの施術がメインのメニューも選べるようになりました。

 

これまでは、美容施術メニューにスピリチュアルカウンセリングがセットで付いていたので、根本的な変容を望めるものの、投資額も普通の美容院のそれよりはずっと大きくて、ご来店には気合いがいったはず(私もそうでした^^;)。

 

でも、みんながみんな、毎回髪を切るタイミングで、自分をしっかり見つめたくなるとは限らなくて、ただシンプルに髪を整えたいタイミングだってあるよね、と。

 

もちろん、そこはシャーマン美容師えりさんの施術なので、スピリチュアルカウンセリングなしとはいっても、通常の美容院とは一味違うのですが。

 

え?どう違うの?と、そのあたりについて詳しく説明したのが、サロン案内のページです。

 

もともと、このページを改訂する予定はなかったのですが、スピリチュアルカウンセリングあり/なしのメニューができた、ということは、、、、「スピリチュアルカウンセリング」って一体何なの?スピリチュアルカウンセリングあり・なしで何が変わってくるの?ってことをはっきり分かるようにしなければね、というえりさんとの会話から、このページの内容改訂が決定しました。

 

コンセプトは「普通の美容院とどう違うの?」です。もともと美容院という空間(特に美容師さんとの雑談><)が大の苦手だった私が、たくさん質問をさせていただき、えりさんに徹底的に答えていただきました。

 

ぜひお読みください!→やなぎの木とは(普通の美容院とどう違うの?) 

 

やなぎの木のやなぎえりさんから、嬉しいご感想をいただきましたので、ご紹介いたします♡

 

前回、今回を通してHPを作っていただきながら、「私の”やりたい”を叶えていただけることで、その結果を味わう」という、最も望んでいる結果はこれなのか〜と学ぶ=人生の醍醐味のようなものを学び取り楽しむ ことに喜びを感じています。


えりこさんにしていただいているからできることだな〜と感じます。


商業目線を持ちつつ、純粋にクライアントの希望を叶えていくえりこさんの姿勢は、一般的なHPづくりのあり方(売上に繋いでいくこと)の盲点である、自分が納得しながらPRできる=真のその人のエネルギーでクライアントと繋がるHPなのではないかと感じています。


えりこさん、素晴らしい!!!〜〜♡♡♡

 

また、以前お世話になっていたWebデザイナーさんと比べた視点でのご感想もいただきました(抜粋)。

 

●他のウェブデザイナーさん:
専門用語など、説明される言葉(ワード)そのものが専門用語(?)で理解できない。また、相手が伝えてくれていることに対し、私がイメージできないまま話が進んでいく。

 

○えりこさん:
私が理解できるようにお話してくれた。私が伝えたいことをえりこさんがわかるまで聞き直してくれる。私とえりこさんの不一致(ここを感じ取る能力高し!)が発生したときは、その都度確認をしてくれる。

私がイメージできるように段階を追ってプレゼンしながら決定していってくれる安心感。
私が「理解しているかいないか」を感覚でわかるのだろうなー、えりこさんは。
なので、話にズレが起きないの。これは安心感が増すに決まっているよねー。

 

●他のウェブデザイナーさん:
HP完成後、HPの設定を編集するなどの時のフォローが薄い。ペラリと1枚紙を渡され、ここにこの情報が載っているからね、という感じ。私が編集の知識があるならできるであろう内容だと思うが、私にはどうしたら編集できるのかが全くわからなかった。

 

○えりこさん:PDFを送ってくれて、私がやりたくなるだろうことを想定して、このときはこうしてね、というわかり易い例を上げながら説明書をつけてくれた。それを見ながらなんとかできる!

これには大助かり!!自分でちょっとした編集ができるのは必須。

 

私にとって学びになったデザイナーさんがあったからこそ、この方(えりこさん)だ!と思えたのかもしれません。

 

えりこさんは私からやってほしいとお願いしたのがきっかけでお世話になっておりますが、奥行きを汲み取るチカラ。言葉や文章など、人がアウトプットしたものを表面だけで捉えるのではなく、奥にある気持ちまで、全体を深く理解してHPに反映してくれるところがスゴイ!

この翻訳力(?)は素晴らしい!!

 

文章や写真、絵などの物理次元で『思い」を表現するのがすごく上手。

やっぱりスピリチュアルなウェブデザイナーさんなのだ!と確信します!!

 

そしていつも感じるのは、私の立場に立って居てくれるということ。
私がわかるように、私がやりやすいように、私の思いが反映されるように・・という気持ちが伝わってくる。
すごく安心する。

 

私、安心したいのかな(笑)
そして、えりこさんのセンス、好き♡
可愛い♡

 

という風に感じています。
また、よろしくお願いしますm(_ _)m

本当にどうもありがとうございました!

 

やなぎの木 Webサイト:http://www.yanaginoki.com/

やなぎの木 公式ブログ:http://ameblo.jp/mezase6jigenn/

 

 

Webデザインは、「かやの森 鈴」という名前でやっています。

Facebook:https://www.facebook.com/suzukayanomori
Webサイト:http://kayano-mori.com(準備中、現時点ではJimdoサンプルを兼ねた仮サイトに飛びます)

 

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消滅願望の終わり

この1か月間で、私には、とてつもないことが起こりました。

 

9月末に近づいたある日の明け方ですね(まさかこうなるなんて思わなかったからメモも取っていなくて覚えてない)、目が覚めてみると、胸にヒューヒューと今まで感じたことのなかった風が通っていました。あれ?何か呼吸がラクで、カラダも軽い気がする・・・?

 

そのときは何が起こったのか分からなかったのですが、その日から、生きることが、ラクになり続けています。

 

急に変わったというよりは、実際の生活の中で「あれ?わたし、こんなことできたっけ?」「こんなにラクだったっけ?」という発見の日々が、今も続いている感じです。

 

根本的なところで、何かが抜けました(不思議と、新しい能力が加わった、という感じはしません。障害になっていたものが取り除かれた感じ)。

 

その「抜けた」性質は、わたしが、ADHDとかアスペルガー的性質だ(だからどうしようもない)、と自分で見ていた部分と、かなりかぶっています。

 

生きていていいと思えるようになり、マルチタスクがある程度可能になり、自分の予定を見渡してある程度前もって行動を起こすことができるようになり、だから仕事するのも遊ぶのも楽しくなり、、、また身の回りのことに関心が芽生えはじめ、その結果として、雑誌やTVをある程度楽しめるようになり、人との会話もある程度楽しくできるように、なりました。

 

あえて「ある程度」と書いているのは、その度合いが、今も少しずつ進んでいるので、パキッと1か0で変わったんじゃないよ、変化の完了地点が存在して突然そこに到達したというわけではないよ、ということを強調したいからです。

 

何より根本的なのは、「消えたい」「いなくなりたい」と思わなくなったことです。誤解を受けるので、これまでおおっぴらに書くことはありませんでしたが、物心ついたころから「いなくなりたい」と思っていました。

 

超重要な注意:「自殺」をしたいわけではありません。死のうとしたこともありません。私にとっては大分違うことです。


誰も傷つけることなく、この世からスーッと消えられたらいいのに、いや、もう最初から存在していなければいいのに、とつい思ってしまう、という感じです。わけもなく、とにかくこの世にいるということが辛くて、いつ死ねるのだろう、と無意識にずっと思っていました。そうそう、むしろ、ホームシックに近いのだと思います。現実が居場所と思えなくて、常にどこか間違った場所に来ている感じ。

 

で、その部分は、いろいろな生きることがラクになってきても、ずっと、根本的には消えなかったのですね。思う頻度はかなり減っていたのですが。うつ病にかかって症状としてそうなったわけじゃなくて、物心ついた頃からある感覚だからですね。

 

前回の記事に書いた、宮岡和宏先生のタロットセッションで相談したことも、一言でいえば、これでした。わたし、現実を楽しめないんです、ということです。いろいろやってラクにはなってきたけれど、まだ、現実に興味がもてない。ヒーラーとして活動しているのに、自分がこんなんでいいのだろうか?というのも、ありました。いただいた素晴らしいアドバイスは、ブログには結局まとめられませんでしたが、最近の宮岡先生のブログの「生きづらさの肯定から観る。」という記事がそのエッセンスと少しかぶっていたのでご紹介しておきますね。

 

***

 

で、先月末、それが消えたのですよ・・・・・・。

 

生きづらさが消えたというよりは、とにかく、私が生きることを阻んでいた何かが、消えたのです。

 

消えてみて初めて、これまで、私の世界の中がいかにノイズだらけだったのか、知りました。生きることに前向きになれない。底なしの無気力が底流を流れ続けている感じ。頑張ろうとしても足をすくわれる。いとも簡単に無気力に落ち込んで出てこれない。あの沼に半分浸かっているような感覚は・・・・・・普通は!?ないものなのか!?という。

 

(そういうことを言うと、「誰でもそうだよ〜」って感じで言われることも結構あったのですが、私からするとだいぶレベルが違うところで共感されている感覚でした)

 

何かをやろう!と決めては、できなくなってしまう、というパターンを繰り返してきたけれど、、、ADHDだからだと思っていたけれど、そこが取り払われてみると、ああ、、、これのせいだったのか、と思います。

 

「これ」の正体は具体的には特定できてないのですが・・・・・・

 

*****

 

とにかく、生まれてからずっと抱えていた、これからも死ぬまで共にすることを覚悟していた生きることへの違和感が薄くなったのですね。

 

そのインパクトは生活のあらゆる側面に及んでいて、今まで苦痛だった翻訳がかなり淡々とできるようになりました。

 

もうね、これは、信じられないことなんですよ(フィボナッチ音叉ヒーリングをあれだけ受けても、すぐには変わらなかった部分。もしかしたら、これはタイムラグありでのフィボナッチの効果でもあるのかもしれません。それ以外にもたくさんの試みをしてきたので、もう分からないのですが)。

 

ちょっと前に「もう大きい案件は受けない」と決めたものの、たまたま、10月はそこそこ大きい案件が入っていました。そして、「あれ?私できるんじゃない?」と思い始めた途端、なぜかどんどん入ってきて、断っても断っても、この案件の納期はずらしますからこれを先に、みたいな感じで、気がついたら専業翻訳者時代とほぼ同じ分量をやっているのですが、自分を破壊することなくできています。

 

自分が変わったかどうかって、自分を動かしてみないと、やってみないと、どう変わったのか、分からないですから、ちょうどいいサンプルがあったようなものです。


同時並行でデザインの案件も進んでいて、ヒーリングもちょこちょこやらせていただいていて、習い事もある、という状況で、それを見渡して予定を立てたりできているんですね〜。まぁ、かなりギリギリですが。


今までは、「翻訳をやらねば」となったら、その沼の中にいるしかなかったのです。意識を振り分けることがどうしてもできなくて。でも今は、納期が迫っていても、予定を見渡して、スキマに別のことができる。本とかも読んだりできるようになったんですよ!

 

とにかく、世の中の人は、これをやっていたのかーーーーー、という感動です。

 

あ、翻訳専業に戻るっていうことではないですよ、念のため。でも、嫌だ、逃げ出したい、消えたいって感覚は本当になくなりました。納期前は確かに辛いけれど、ただの労働そのものの辛さです。

 

見える範囲が一気に広くなって、そのとき没入している対象以外にも、常時全体を見ている「自分」という一本の線のようなものが出現したのが、この1か月の大きな、大きな変化だと思います。


これまで、常に私である私はこの世界にいなくて、ところどころの没入の中に今が断片的にあるだけで、すべてが自分の中をただ通り過ぎていくというイメージでした。

 

でも、今は、自分が何をやりたいのか、自分が何を感じているのか、自分で感じ取れるようになった気がします。

 

わたしは、ずっと、ずっと、スピの探求を通して、ここに到達したかったのだと思います。

 

スピの言葉でいえば、「グラウンディング」というものでもあるのかもしれません。

 

でも、これは、「自分の感覚を感じよう」とか「グラウンディングしよう」いう努力や気合いでできることではなかったと思います。本当に見えなかった。見えないものは、わたしの世界では存在しませんでした。

 

コスモス*のこのしまアイランドパーク Cosmos - Nokonoshima Island Park

 

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近況更新〜

「今もフィボナッチ受け付けされてますか?」と聞かれたので、更新してみます。

もちろん!してますよ〜(笑)

 

ここ数週間くらいかな、変な気負いが抜けたのか、セッションしていてただただ楽しいな〜という思いをさらに強く感じるようになりました。

 

それ以外は、特にここに書くことがないですね〜。書けることがないっていうほうが正しいかな?

 

先日受けたタロットについて書きたかったけど、、、あれは、私にとって世界がひっくり返るような衝撃でね、今の「ラクさ」はあそこから始まっているといっても過言ではないのだけど、、、やはり、今の私では、どうがんばっても誤解を招くような書き方しかできないな、と。

 

だから、今書くのはやめることにしました。いつか、準備が整ったら書きます!

 

わたしの根強い「生きづらさ」は、宮岡先生のマルセイユタロットセッション後に大きく軽減されました。だから、とにかく、「生きづらさ」を感じている人には、宮岡先生のタロットはオススメですよ!いわゆる占いってレベルじゃないですよ!と書いておきます〜^^;

 

9月はたくさんの友人が福岡に来てくれて、楽しく賑やかに過ぎていきました。10月はさらに忙しくなりそうですが、また書きたいことが出てきたら更新します。では!

 

☆フィボナッチプロセス音叉ヒーリング(遠隔・福岡対面)のご案内

 

Camellia?

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フィボナッチ音叉と意図 - 那旺さんの記事のご紹介

昨日神戸から帰ってきました。神戸で宮岡先生に受けたマルセイユタロットは、人生の転機かも!というくらいの大きいものでした。インパクトが大きかった分、書くのは少し時間がかかりそうなので後回しにして・・・・・・今私にとってタイムリーな、フィボナッチ音叉と意図の話です。

 

どこに行き着くのだろう?とずーっと楽しみに読ませていただいていた、那旺さんの連載が完結しました!!!

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点19|弾ける笑顔 クオーレテラピー

 

那旺さんは、ハワイ島のフィボナッチ音叉講習で出会ったベテランのヒーラーさん。お会いしたのはそのときが初めてで、宿泊した部屋も遠く、特に接点もなく、、、結構な大所帯でしたので、普通なら、あーそういう方いらしたかも???というくらいで終わるはずだったのですが。

 

なぜかジャングルで一緒に迷子になって、「うんこシスターズ」になるという、、、強烈な思い出を共有してしまった方です(何言っているか分からないと思いますが、面白いこと大好きな那旺さんが、以前、克明に記事にしてくださっていまして、、、少し迷いますが、私からこの記事にリンクするとしたらタイミングは今しかないですね^^;「東大出(今も名前は知らない)」と書かれているのがわたしです・・・・・・えっと、名前は覚えてほしいですが、そういうノリの方です。大好きです(笑))

ハワイ島にて・フィボナッチ音叉その2|弾ける笑顔 クオーレテラピー

 

その那旺さんが、最近、フィボナッチ音叉についてブログで連載されていました。私用のメモを兼ねて以下にリンクさせていただきますね。

フィボナッチ音叉・気学と通ずる、その意味って?

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点11

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点12

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点13

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点14

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点15

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点16

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点17

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点18

フィボナッチ音叉・私が怖がるヒーリングとの共通点19

 

フィボナッチ音叉を実際やらせていただくようになって、え、、、そこまでの好転反応が起きるかしら・・・?という疑問はずっとありました(まったく起きないとは言いませんが、↑の記事とかに書かれているほどの、ということです)。

 

19回、最初のも合わせて20回にわたる連載の帰着点は、とても共感できるものでした。

 

ロンさんがおっしゃった  "Intention is everything. (意図がすべてです)" という言葉がフィボナッチ音叉を提供する側にとって何を意味するのか。フィボナッチプロセスの実践を始めてからずーっと悩み、考えていました。

 

モニター募集を開始したばかりの最初の頃は「意図」というものをきちんと設定しよう!としてみたものの、すぐに、あれ?と違和感が出てきて、4月時点での私の思いは「遠隔フィボナッチプロセスのヒアリングについて。」などの記事に書いているとおりですが、それからも、ロンさんの言う「意図」が何を意味するのか、試行錯誤を続けていました。

 

先週くらいの時点で私がたどりついた結論は、強いて言えば、「意図しないことを意図する」ということでした。そのすぐ後の那旺さんの記事18に、まさにその言葉が書かれていて、、、しかも今私が大きな影響を受けつつあるマルセイユタロットも登場していて「!!!」となったのでした。

 

ここで、「意図しない」とロンさんの「意図する」は、たぶん、違う次元で、同じことを言っていると思います。

 

松本さつきさんという別のヒーラーさんのこの記事も、このテーマを考えるヒントになりました。

【イラスト付】天ヒーリングの基本のキ・講座ご報告|マワリテメグル〜人生は旅〜

 

今私が思うのは、言葉で具体的に「意図」したり「宣言」したりした場合、そもそも、言葉になっているという時点で、クライアントさんや自分が「分かる範囲」の具体的次元まで落として、限定することになる。だから、おかしくなるんじゃないかと。

 

フィボナッチ音叉の周波数はもっと高い次元で働くのに、、、、魂も、ブループリントも、そもそも、すべてを理解することは不可能なくらい高い次元にあるもので、それにアクセスするのがフィボナッチ音叉のプロセスであるというのに、自分が「分かる」次元(枠組み)まで落としてしまうわけだから、、、

 

あ!これは、以前赤塚さんが教えてくださったことにも通じると思います。

 

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赤塚高仁さんの聖書塾 第1回:立派な青虫の話

 

本当は、この大きい丸全体に働きかけるチカラを手にしているというのに!必死に赤い矢印の「分かる」変化を追い求めようとしてしまうのです。本当は蝶になれるのに、青虫である自分ではそんなこと想像もできないから、立派な青虫になろうと「意図」するのです。。。

 

特に、自分のことだとそうなりがち。だから、セラピスト(でなくても第三者)が介入する余地があるんだと思います。フィボナッチ音叉も、それ以外のツールやセラピーも、本来、そこを抜けるためにある・・・・・・

 

でも、人の「意図」の力って、その本来大きいものを「小さくしてしまうこともできるくらい」強い。

 

だから、意図するとしたら、そういう勘違いの意図をしないこと、すなわち(三次元的には)「意図しないこと」を意図することになるのだと思います。

 

同じ言葉を使ってはいるけれど、見ている次元が違うのですね。

 

本人が「これが問題だ」と思っている次元を抜ける。そのことは、宮岡先生のタロットで一番感銘を受けた部分です。次回、そのことについて書けたらなぁと思っています。

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