sakura-blossom

福岡&遠隔でヒーリングもやっています

パステルと曼荼羅

書きたいことがたくさんある!のですが、いろんなことが同時進行しすぎて、追いつかずにいます。低血糖と栄養の話、ヘリオセントリック占星術の話、はっしーさんワークのその後、アロマの話、、、、、少しずつ出していきます!

 

今日は、絵の話。

2017.05.02 ​自分のために「情報」を汲み上げる方法

2017.05.10​ クリエイティビティのブレークスルーが起こるまで

 

あたりの続きです。

 

これまでに書いたのは、自分の潜在意識とつながる方法として、知りたいことを意図して「絵を描いてみる」っていうのがごっつ役立つ!ということでした。

 

そして、そのとき、描きたいもののイメージが浮かんでいる必要はまったくないってこと!!!それは、描いてるうちに自然に紙の上に表れるから。仮に目を閉じて適当に描いたとしても、そこに、私の今の状態は表れるんだから。

 

自分について知りたいなら、キネシオロジーよりも、カードリーディングするよりも、文章書くよりも、絵を描く方がずっとダイレクトに「分かる」のです。

 

最近、アーティストの安達ロベルトさんがブログでリニア脳と非リニア脳という記事を書かれているのをたまたま目にしたのですが、まさにそういうことだと思います。3次元、4次元、、、多次元のことを表現するのに、文章だと、狭まってしまうんだと思います。そのリニアさを少しでも緩和する方法として作られたのがマインドマップなのでしょうね、、、と、どんどん話がずれていきますね(汗

 

そういうわけで、元々、イメージは浮かばないし、絵を描きたいなんて思ったこともなかった私が、最近、何か自分について知りたいことがあるたびに、絵を描いています。

 

たくさん描くようになると、画材に目が向いてきました。

 

リアンさんの直観アートのコースでは、最初は、水溶性のクレヨン(カランダッシュ ネオカラーII)から入るんですね。手軽さ、気負いなさという意味では確かにベストなツールで、この1年間はほとんどこのクレヨンで描いていたんですが、カリキュラムが進むにつれて、画材の指定がなくなります。

 

最初の時点では、絵の描き方そのものにとらわれずに、絵とのコミュニケーションを純粋に楽しめるよう、使うツールややり方に少しの制約を設けていてくれたんだと思います。子どもの頃、絵が嫌いだった人だと、水彩絵の具に拒否反応を示す人もいるでしょうし。

 

もともと好きで絵を描いている人には、もしかしたらその縛りがストレスになるかもしれませんが、私は、この縛りがあったからこそ、始められたんだなぁ、としみじみ思います。

 

苦手なことでも、範囲ややり方を限定してもらえれば「始められる」のですね!

 

最近になって、やっと、描きたい欲求が自然に出てきた結果、自分にとって気持ちを「乗せやすい」画材ってなんだろう?といろいろ試して、パステルに行き着きました。

 

で、パステルにもいろいろある!と。

 

これが、ホルベイン ソフトパステルで描いたもの。少しクレヨンも使っているのと、後から道の色を強引に変えたくなって、メタリック顔彩をべたっと重ねてます(超適当www でもコミュニケーションを取れているからいいのです!笑)

Kinesiology and me

 

で、最近ホルベイン パンパステルで描いたのはこんな感じです。

佑海さんが持ってるのを使わせてもらって以来、忘れられなかったパンパステル♪♪♪とうとう買いました!

 

Live Love

 

とにかく、色が全然違う!!!(画像化することで違いが分かりにくくなっていますが、実物は発色と透明感がかなり違います)

 

もちろん、こうなってるのは、私に画材の知識や使いこなす技術がないからなんですよ。

 

でも、今の私がやりたいことは、うまい絵や美しい絵を描くことではなくて、ワタシのそのときの潜在意識がダイレクトに表れやすい、乗りやすいというところなので、パンパステル、今、とても気に入っています。

 

もっとパステルを使いこなせたら、もっと自由に描けるんだろうなぁ、ついでに神聖幾何学図形も描けたらいいなぁ♡と検索していたら、なんと、同じ姪の浜でパステルで描く神聖幾何学図形&生命の樹を教えていらっしゃる方を発見!!!

 

福岡・全国Skype パステルアート 宇宙とつながる神聖幾何学模様&生命の樹

 

最近、我が家にお越しいただき、基礎講座をしていただきました。いずれはフィボナッチらせんを描きたい!というのが目標なのですが、まずは曼荼羅(マンダラ)から。

 

これが、まゆさんに手法を教えていただきながら、初めて描いたパステル曼荼羅

My first pastel mandara art

 

これが2枚目

My second pastel mandara art

 

初めてでこれって、すごくないですか♡(自画自賛)

 

ちゃんとコツを教えていただくと、初めてでもこんなに綺麗に描けるのか!!!という感動♪♪♪


「れー夢式」という手法だそうなのですが、本当によく考えられている、と感動しました。


何がすごいかというと、制約と自由度のバランスの絶妙さです。

 

さっき、苦手なことでも、範囲ややり方を限定してもらえれば「始められる」と書いたけど、まさにそのためのシステムが完成されている、と感じました。

 

というのは、(この基礎講座の時点では)紙の大きさは決まっているし、円を何等分で描くか、というのも決まっているのですね。↑の1枚目は8等分、2枚目は16等分で描いています。

 

でも、それ以外は自由!!!!

 

どんな色を使ってもいいし(濁りやすい色の組み合わせとかは教えてもらえます)、パターンも、既成のもので描いているのかと思ったら、それが自由に作れるんですよ!!!!!

 

最初から、自分の好きなようなカタチで好きなように描けます。決まったお手本があって、ただ真似するだけとかではないんです。しかもそれが結構簡単に、すごく特別な道具を使うわけでもなく、できるように工夫されているのです。


最初の時点では、特に完成時のイメージがなくて大丈夫で(というか逆に完成イメージがあっても変わっていってしまうはず)、できあがってみて感じる「こうなったか!!!」という意外性と感動は、まさに直観アートのそれでした。

 

まゆさんも、さまざまなスピ分野の変遷を経てようやく「これだーーー!」とたどりついたのがパステルアートの世界だそうで、使命を見つけた方のワクワク感に触れられ、嬉しい時間でした。

 

まゆさんのブログ:

福岡・全国Skype パステルアート 宇宙とつながる神聖幾何学模様&生命の樹

 

まゆさんの曼荼羅アートの講座のご案内:

れー夢式曼荼羅アート 基礎・応用・発展(フラワーオブライフ)他

 

※ちなみに、1枚目がヌーベル カレーパステル、2枚目がパンパステル。「れー夢式」では基本カレーパステルを使用するそうで、ハードパステルでも、ちゃんと粉にすればこんなに綺麗にふわっと描けるのね!という発見が^^

 

そうそう、パステルで神聖幾何学!というところから興味をもったのに、まゆさんが最初に曼荼羅から教えてくださったおかげで、今では、曼荼羅の奥深さに興味を持ち始めています。最近のプチマイブームだったユングと、まさかマンダラでもつながるとはー!

comments: -

はっしーさんの衝撃と「止めている」疑惑

『脱・偽り人生 ~本気の自己認識ワークBook~』をやり終えた直後の感想から1週間経ちました。

 

その間に起こったこと・・・いや、何も「起こって」はいないんだけど、なんだろう。違う世界が開けました。

 

先週の土日、著者のはっしー(橋本尚子)さんが福岡で「感情とアロマ」のセミナーをされると知り、急遽行くって決めたんですね。それがブログを書いた日(決めたから、全部終わらせたのですw)。

 

行ってみたら満席(を超えてた?)で、こんなギリギリで受け入れてもらえてほんとにありがたかった、と。

 

このセミナーに行くかどうかは、正直、かなり迷いました。はっしーさんに会いたい!これがまず第一で、最終的には、それだけで行くことに決めましたが、、、迷ったのは、ドテラのオイルを使うと明記してあったことでした。ドテラは、以前会員になったことがあって、品質が良いことは分かっているんですが、表参道のドテラジャパンで受けたセミナーで「ドテラを広めていこう!!!」的な熱気にドン引きしてやめてしまったんですね。なので、今回も、そのイメージから、勧誘込みなんじゃ?と迷いました。

 

でも、そんな心配は無用でした。

 

結論から言うと、はっしーさんはドテラの精油を普段から使ってらしたわけではありませんでした。今回、福岡でドテラを広めてらっしゃる松山祥子さんのリクエストで講座をするにあたり、松山祥子さんのサロンでドテラの精油を使って、、、という経緯だったようです。主催の松山祥子さんも素敵な方で、勧誘的なことも一切なかったです。

 

祥子さんがドテラのオイルのサンプルをはっしーさんに送って、それで初めてはっしーさんはドテラのオイルを嗅がれたそうです。

 

その感想をブログにこう書かれています。

 

「doTERRA」のエッセンシャルoil、大変いいですね。
シングルoilのサンプルを主催者さんからお預かりして以来、毎日実験してきましたけど
ノリがいいんですよ。 
 
なんと言ったらいいか・・・・・ うまく表現できないけれど
一度 エーテルの一番端っこ(境目)に行って、その後
エーテルエリア内にブワァ?っと広がり、そして浸透してくる というか、、、
サーファーが波を見分けて波乗りする みたいな  
加減がとてもいい。
意志があるような そんな動きをしてくれる。
これはこの講座にぴったりだなぁー と。  唸る・納得する日々でした。

久しぶりの福岡。|はっしーのブログ

 

で、私も久々にドテラのオイルを嗅いで、やっぱりオレンジはドテラだ!と再び実感し、近々購入しようと思っていたりしますw

 

元々会員になって嫌だったのは、ドテラはいいよー!って確かにモノはいいんだけど、ぜんぶのオイルをドテラで揃えさせていくような感じに違和感があったんですね。

 

同じ植物の精油でもメーカーによって全然香りが違うから、わたしはひとつひとつ嗅いで比べて、気に入ったのを使いたいのです。はっしーさんもそれを勧めていて、ホッとしました^^

 

そういう風に選べる精油ショップ、福岡にあるかな???ご存知の方教えてください♪

 

***

 

はっしーさんについて。

 

はっしーさんは、、、なんと表現すればよいのでしょうね。私にとって、本の表紙を初めて見たとき感じたそのまんまの、電撃のような人でした。

 

そうですね。。。私にとって、プリミ恥部さん以来の衝撃でした。

 

目からウロコが落ちたのでは全然なくて、バラバラになっていた何かがつながったような懐かしい感覚。

 

プリミ恥部さんは愛で包み込まれる感じ。はっしーさんも愛だけど、もっと、風っぽい要素もあって。論理的。

 

はっしーさんのアロマのブレンド法とその考え方をシェアしていただいた講座、のはずなんですが。

 

実際のお題で話した方が分かりやすいから、と、リアルに質問を受け付けてもらえたんですね。自分のことでも、周りの人のことでもいいよーって。

 

そうなれば当然、アロマにとどまらず、はっしーさんのアカシックリーディングをまじえてのお悩み相談タイムになるわけで。

 

私はちょうどその前日(うまくできているw)、心をモヤモヤさせられる出来事があって、そのモヤモヤを突き詰めていったら「理解されない」「理解できない」疎外感なのかな、というあたりで、1日目の朝を迎えていたのでした。

 

それで、、、聞きましたよね。

 

「発達障害グレーゾーン」という言葉を出して、「みんな分かっているけど私だけ分からない」、「分かってもらえない」、「ほとんどの人が感じている感情に自分は共感できない」ということが多くて、大体辛いときは、そのあたりが鍵になっているみたい、ということについて。

 

そのときはっしーさんが私をリーディングして伝えてくださったこと、、、今、実地で検証中なので書くか迷うのですが、ニュートラルに箇条書きで残しておこうと思います。

 

・理解力と共感力がむしろ高い

・小脳が発達している、悪く言えば肥大している、それが発達障害的に見られるのでは

・小脳→ビジュアライズが得意。透視、霊視、リモートビューイングなど

・少数派と思うと辛くなるからメリットにしていく

 

真逆です!と言いました。ビジュアライズがまったくできなくてコンプレックスだったんです、と(先日書いた方法で、絵を描くようにはなったものの)。まったくできない場合は逆に「止めている」ことが多いそうで。

 

「未発達」だと思ってたところが「発達過剰」なんて、もう、世界が変わっちゃいますよね。

 

***

 

はっしーさんからはもう1個大きなヒントというかテーマをいただいていて、それについても日々世界が広がっていってるのですが、それについては今はここには書かないことにします。いずれ書くことはあるかな?

 

それより何より、アロマとの再会が私にとっては本当に喜ばしいことでした。

 

五感の中で、私が一番敏感なのがおそらく嗅覚です。

 

結婚相手も最終的には嗅覚で決めたくらいですから(笑)

 

すごく敏感だからこそ、止めていた。。。ということに初めて気づいた1週間でした。

 

「くさい」ものを嗅ぎたくなくて。

 

洗剤や柔軟剤の香料とかその最たるものですが、世間的に「良い匂い」とされているもので、私には耐えがたいニオイがたくさんあります。

 

呼吸が浅い、浅いってよく言われてたし、口呼吸だとも言われていたけれど、本当に無意識に、嗅覚を止める癖があったことに、初めて気づきました。

 

嗅ごう、としてみて、嗅いでないってことに気づきました。

 

そういえば、それは視覚も同じで、私、視力がいいんです。つまり、フォーカスしさえすれば、遠くの看板の文字まで読めるっていうことです。無意識にそういうのを読んでしまって疲れるので、逆に、「見えなくする」っていう術を使っていたんだと、車を運転するようになって気づきました(これはいつか書こうと思っています)。

 

それで思い出しましたが、ADHDグレーゾーンのこじらせと今の混乱そのまま出しの記事に書いたロールシャッハの結果で、光、色、音に敏感すぎるってありましたね・・・。でもそう分析されても、これまで私には自覚がなかったんですよ。うーん、「止めている」疑惑が深まりますw

 

そうだ、プリミ恥部さんと、はっしーさんに私が感じる共通点、は、「止めてない」ってこと。

 

その止めてない感じ、制限しない感じに、大いに触発されました。

 

Feeling Aroma

 

comments: -

『脱・偽り人生 ~本気の自己認識ワークBook~』をやり終えた直後の感想

すごい本に出会いました。

 

たしか、先日書いた『発達障害とどう向き合うか』 を読んだときだったと思うんですよ、今あらためて、ちゃんと「自己を知る」ことの必要性に気づいたのは。そのタイミングでAmazonで見かけ、「なか見!検索」でピンと来て、著者の橋本尚子さんのことは何も知らないまま、注文したのがこの本でした。

 

届いてみると、まさに、思ったとおりの本でした。ハードコアな自己認識本です。

 

正直、この本のワークをやるのは、ものすごく大変でした。このところ、ひまさえあればやっていて、かなり時間もかかりました。涙なしではできないワークでした。でも、どうしても、今、このタイミングで、こういう徹底的な「私を知る」作業が必要だと思いました。

 

やっと、今日、ワークが最後まで終わったんです。先延ばし癖がある私が、仕事も詰まっている中で、なぜ、こんな大変なものをこんなに早く(本が手元に届いてから約2週間)終わらせられたかっていうと、実は理由があるんですが、それはまたいずれ。

 

ダイナマイト級の破壊力をもつこの本、、、いや、破壊されたわけではなく、統合されたんですが。

 

これまで自己分析(「わたしってこういう人間」)は散々こねくりまわしてきたはずなのに、まったく見えてなかったことが見えてきました。届かなかったところに到達できました。そして何より、心が軽くなりました、、、やる前と、全然違います。

 

先日から、「書く」ことで潜在意識につながるっていうことを何度も書いているけれど、やはり、自分の好きなように書いていると、ドラマにはまりがちだし、核心からは目を背けることもありますね。この本は、そのワナを抜けるよう、しっかり、力強く導いてくれます。

 

それはたぶん、著者が出版のためにワークという体裁をとって書き下ろした、という質のものではなくて、実際に何度も開催され、成果をあげているらしい人気講座のテキストだから、というのも大きいと思います。

 

↓こちらの講座のテキストだそうです。

◆自己認識・初心回帰コース◆

 

本当のことって、見たくないこともたくさんあるじゃないですか。

 

だから、もしこの本がなくて、ただ闇雲に書くだけだったら、同じところに到達するにはもっともっと時間がかかっていただろうな、と思います。

 

この本は、自分が人生で無意識に大切にしてきたもの、優先しているもの、つまり、自分の「価値観」や「信念」を自分で、発見できるよう、導いてくれます(その道のりは相当ハードコアですけども)。今日、やっとそれと出会ったときの感動といったら!!!!!!!!!!


信念や価値観って、自分の一部だから、一旦意識にのぼりさえすれば当たり前で、「そうだったよねーーーーーーー!!!!」って思うんだけど、あまりにも当たり前すぎて、無色透明で、見えないままに、自分の人生すべてで力を振るっているのですね。

 

その中には、他の人から言われたりしていたことと一致する部分もあって、それも「ほぅ、あれはそういうことだったのか!」という発見でしたが、やはり、人から言われるのと、まったく質が違いますね、自分で自分のこれまでの経験の中から発見するのって。

 

しかも、そうやって発見した自分の「価値観」を元に、今後「やりたいこと」まで芋づる式に、自然に、意識化することができたんです。やりたいことがないのが悩みとか言っていたこの私がですよ・・・それは、いわゆる引き寄せリストみたいなのとは全然質が違うものです。本当に嬉しいことです。

 

かなり端折っていますが、とにかく今の感動を今日のうちにと思い、更新します(日付変わってますが!)。

 

comments: -

やりたいことなんてなくていい

「やりたいこと」神格化現象の中で の続きです。

 

文章は子どもの頃からずっと書いてきました。ただ、書くと心が整理されて、気持ちが軽くなるからです。書き始めるときには、どこへ行き着くか分かっていなくて、ただガスを抜くように、出てくる言葉を書き続けていると、突然、目の前が開けるように、「これが書きたかったんだ!」という結論やメッセージが出てきてスッキリする、というのが、私のいつもの書き方でした。
 
書きながらメッセージに辿り着くその瞬間まで、私は自分が何を書きたいのかも分かってない、それが当たり前でした。
 
だから、「あ、書こう」とは思うけれど、「書きたいものがある」というのとはちょっと違います。何を書くか、はまったく重要じゃないし、書き始める時点では分かってません(「書きたいものがある」と思っていることもたまにありますが、大体、書き終わったときには別物になっていますw)。

 

このブログも、そういうプロセスの繰り返しでできています。

 
これまで「排泄行為」だとばかり思っていたこのプロセスを「創造」と呼んでもいい、というのが最近の一大発見で、私にとっては大きなブレークスルーでした。

 

排泄行為から創造活動への昇格です!!!
 
これを「クリエイティブ」って呼んでいいんだ!ということを最近、受け入れました。許しました。だから、ブログを書くのも一気に楽しくなったんですね。

 

自分が生み出すものは、存在する価値がある(廃棄すべきものではなくてね​)。

 

それは、「自分がここにいていい」「生きていていい」と同義です。。。。。。

 

ということは、、、クリエイティビティの感覚って、自己肯定、存在価値の感覚そのものだったんですね。

 

自分がここにいていいとしたら。価値あるものを生み出さなくてもいいなら。生きているだけでいいなら。。。。。。

 

やりたいことなんてなくていいと、やっと、本当の意味で納得したんです。

 

もっと正確に言うと、「やりたいこと」なんて「分からなくていい」から、やりたいことをやっていい、かな。なんだか禅問答みたいですが。

 

「やりたいことをやりなさい」・・・よく聞くスピ系のアドバイスですね。私はこのアドバイスにずっと従おうとしてきたけれど、ずっと、その「やりたいこと」を何か具体的な対象だと思っていたんです。
 

そうじゃなくて、やりたいことをやっていいってのは、「あ、書こう」「あ、食べよう」みたいな原始的な思いつきのようなもので十分で、それを抑圧せずにやっていいってことなんだ、とやっと理解したんですね。

 

私が見落としていたのは、単なる衝動にしか思えない、くだらない、意味もない、お金も稼げない、どう考えても今それをするのは合理的ではないと思う、誰かに認められるわけでもない、どっちかというと世間的にはアウトかも、、というような、どうでもいい心の声に従っちゃっていいんだ!!!っていうところです。「やりたいこと」はもっと大層なものだと信じ込んでいたので。盲点でした。

 

そう考えてみると、ふと「あの人にメールしよう」とか「この辺汚れてるから掃除したい」みたいな些細な思いつき・衝動は日々たくさんあって、そのほとんどを「今は仕事でしょ!」とかバッサリ却下してたんですよ、無意識に。良かれと思って。そうするのが当然だと思っていたから。衝動に従っちゃった時は、後悔までしていました。本当は今日は○○をしなければならなかったのに、あそこを掃除しただけで1日が終わってしまった・・・みたいに。

 

でも「やりたいことをやる」っていうのは、おそらく、そういう些細な些細な思いつきをぶった切らずに、ひとつひとつちゃんと聞いてあげて「やる」ことのような気がします。そうするようになったら、いきなり生きるのがラクになったから。

 

(ここで私の場合はADHDの話に繋がります。ADHDのコントロールっていうのは、まさに衝動のコントロールだったので。衝動を叱りつけて、縛り付けて、あるべき自分を作り出そうと必死だったけど、そういうコントロールは最小限でいいんですね。むしろ、ADHD的衝動を利用するのです!)
 

私は「やりたいことをやりなさい」「ワクワクすることをやりなさい」という言葉を、「やりたいこと(ワクワク)がなくてはならない」と勝手に誤解して、自分を縛っていたんだなーと思います。まるで、「やりたいこと」や「ワクワク」が分からないと動けないような気にすっかりなっていましたからね。

 

「何を」どうするという具体的な目的とか意味とか手段とかは別にどうでもいいから、分からなくていいから、分かるのを待たずに「ただやる」だけでいいみたいです。ただし、「やったほうがいい」ことはやらないこと。「やったほうがいい」って言ってるっていうことは、やりたくないのだから。このワナによく引っかかるんですよね〜。別の言葉でいえば、「やる」ことを、価値を勝ち取るために利用しないこと。
 

わたしは、何かを「やりたい」という気持ちが喉から手が出るほどほしかったけれど、この飢餓感、私が誤解して創り出したものだった、と思うようになりました。

 

その誤解ワールドから抜けるには、たぶん、「勇気」が鍵なんじゃないかと思います。


「やりたくない」声のほうが「やりたい」声よりも分かりやすいから、先に聞こえはじめると思うんですね。そうすると、「とにかく何にもやりたくない!!!」その声に従ってあれもやらない、これもやらない、ということを積み重ねていくのは、、、それは、自己価値を「やること」によって勝ち取っていた人にとっては、ものすごい罪悪感と恐怖ですよ。

 

それは世界が崩れ落ちるような、自分の居場所がなくなるような、、、死の恐怖に近いものがあると思うのですが、その恐怖を乗り越える勇気。だって誤解なんですよ。

 

そして、やりたいことがふと出てきても、具体的にどうとかはよく分からない・・・。分からなくても「ただやる」ことが鍵だから、「分からない」不確定な状態に耐える勇気も必要かもしれません。

 

それをやっていくとだんだん、分からなくても自分は常に何かを生み出していることに気づき、すでにやっていることの中に価値は元々あることに気づき、価値あることを生み出すことで自分に価値が付くんじゃなくて、もともと自分に価値があるんだ、っていう世界観にシフトしていくんだと思います。

 

そう、結局、単に「見方」の問題でした。


「やりたいことがない」ってずっと言ってきたけれど、一瞬一瞬をちゃんと見てみれば、何かをやりたくて何かをやってました。ただ、当たり前すぎて「何もやっていない」と錯覚していただけ。

 

何でもいいから、ただやれば、それをやったことで、そのときの自分の周波数に合ったことがおのずと起こってくる・・・・・・それは意識するしないにかかわらず起こっていて、今目の前に起こっていることもすべて自分の反映なんですね。つまり、何もやっていないつもりでも、何もやりたくないと思っていても、どうせ、一瞬一瞬、私たちはクリエイトしているんですね。


逆にね、分からないままにクリエイトするということは、無意識さんが表れやすいってことですから、自分とつながるにはもってこいとも言えるかもしれません。

 

さらに、ここからはおまけですが、具体的には分からなくても、意図(intention)(こないだの例で言えば、キネシオロジーと私の関係についてもっと分かりやすく見せて!というのが意図です)だけ打ち上げておけば、無意識さんが勝手に働いて、見せてくれる・・・・・・これは体験すると分かりますが、完全に”エネルギーワーク”のレベルで、素晴らしいヒーリングですw

 

意図をもって何かを作ると、どうもその意図に合わせて周波数が調整されるようなんですね。だから、意図をもってクリエイトすると現実が変わっちゃいます。本当に不思議なんだけど。

 

そして、実は音叉ヒーリングの原理も一緒だったりします・・・^^

 

落ち着けわたし、そのままでいいのだ、分かってなくていい、うまくなくてもいい、ただやれ。必要なのは意図だけだ、と昔の私に言いたいですw

 

ああ、ロンさんの言う「意図」の意味が分からなくて去年混乱してたのも意味があったのだなぁ・・・あらためてロンさんの言葉をお借りして、"Intention is everything. (意図がすべて)" は真実だと実感しています。

comments: -

自分と向き合う〜『発達障害とどう向き合うか』

また脱線します(といっても私の中では深くつながっているのですが)。

 

最近、友人でありセッションも受けていただいている方から勧められて読んだこの本がとても良かったです(その方は当事者ではないのですが、同僚にそういう方がいて、とても参考になったそうです)。

 

私の発達障害グレーゾーンの経緯と「こじらせ」については、去年、ADHDグレーゾーンのこじらせと今の混乱そのまま出しという記事に書いた通りです。

 

今思えば、ですが、この記事を書いてからの約半年、私は自分のADHD(&少しアスペルガー)傾向と向き合っていたのだと思います。

 

その主なものは自動車の運転っていう、私に適性がないことは明らかだけど「やりたい!」と強く思っていることへの取り組みでした(私が「やりたい」と思うのは貴重なので(笑))。この、運転ができるようになるプロセスというのは非常に面白い経験だったので、いつかまとめたいな、と思っています。

 

もうひとつ大きかったのが、受信・発信する情報量を制限したことでした。それまでは毎日のように数百のブログに目を通し、Twitterを見て、何かあったら書き込んで、、とやっていたのを、一旦全部やめました。

 

それまではそういうことを好きでやってるつもりだったんですね。

 

でも、やめてみると予想以上に楽になってしまったんです。

 

楽になってみて、そういえば、私はマルチタスキングが大の苦手だった・・・・・・と気づきました。多種多様な物事を同時にさばいて、頭をサクサク切り替えていくことができない性質で、「今注意が向いていること」に没頭してしまう性質なんだから(さらっと受け流すこととかできない)、それだけたくさんの「他人の」情報を毎日頭の中に流し込んでいたら、自分に使う時間がなくなったり、自分がどう思っているのか分からなくなってしまうのは当たり前じゃないか!となりました。

 

ADHD特性的には新しい刺激が入ってくるのは大歓迎・大好物なんですが、一方で、脳の情報処理的には容量オーバーでかなりのストレスになっていたんだなぁということに初めて気づきました。

 

発信についても、その場その場で出していって、即反応があったりすると楽しいですし、スピーディに展開していい感じなのですが、やはり、そのやりとりに割くリソースという意味では、アスペルガー傾向で雑談が元々苦手な私には負担の方が大きいと分かり、やめることにしました。ブログのコメント欄を閉じたのも、Facebookページの更新を最小限にしたのもそのためです。

 

おそらく、最近の一連の記事で書いている<クリエイティビティ>の解放的なことは、そうやって作りだした「空白」があってこそ可能になった気がしています。

 

そういうのが、「自分を知る」メリットであり、ポジティブな活用法なんだなぁ、ということを最近思っています。

 

うん、「こじらせ」は抜けたように感じます。

 

こじらせていたとき、私は、自分の発達障害的なところ、ダメなところを「必要な対策は講じた上で、そのまま肯定しよう」と頑張っていました。

 

なんていうかな、自分の中に「問題児さん」がいて、その子を「できる自分」が一生懸命監督し、しつけをし、肯定しよう、愛そうとしてた感じ???「問題な自分」と「OKな自分」に分断されてたんですね。

 

でも、、、なんか、ひとつになりました。

 

「マイナスの症状はプラスの特徴になりうる」って、いろんなところで目にしていて、深く分かっているつもりだったのに!!!

 

まあ、ここまでは本の内容とは関係がない、最近の私の気づきなのですが、そんな中で読んだこの『発達障害とどう向き合うか』は、自分の特性を「知り」、ポジティブに「使っていく」ために使えそうなヒントが満載の本でした。

 

かなり実用的な本なのですが、ご本人が当事者で、大変な苦労をされた方なので(仰天エピソード多数)、発達障害的な「生きづらさ」への限りない共感が本全体に漂っており、読んでいるだけで癒される、という面もあります。ご本人は重度だそうですが、グレーゾーンならではの辛さも把握され、触れられています。

 

著者の吉濱ツトムさんは重度のアスペルガー症候群を、アスペルガー的特性を活用してうまくコントロールする方法を独自に見つけ、ご自身の生活を一変させ、今では発達障害専門のカウンセラーとしてその方法を指導されているそうです。そのプロセスは、「知識獲得」、「食事改善」、「肉体強化」、「環境圧力の設定」、「行動療法」、「自己暗示による認知の是正」、「環境を設定する」、「才能の発掘、進展、活用」から成るとのこと。


面白いのは、この方も、ご自身の活用法を開発する前に、スピリチュアルに傾倒してスピリチュアル面だけで改善しようとしてドツボにハマった経験がおありだということ(具体的なことは、私の中でまだ整理がついていないので今ここでは触れませんが、すごく大きなヒントをいただきました)。

 

まず栄養から改善すべきっていう発想は、私も前に考えたことがあって、試したこともあるのですが、効果がわからないうちに飽きてやめてしまったんですね。私はADHD傾向優勢のためか、あれこれ新しいことに手を出すのは大好きだけど継続するのが苦手・・・・・・そういう意味では、モチベーションを掻き立ててくれるこういう本は燃料になります。もう一度、あらためて、自分の体で人体実験してみようと思っています。

 

そうそう、当事者でもある医師の方による発達障害の本も結構出ているように感じますが、この本の大きな特徴のひとつは、著者が「医師ではない」立ち位置で、発達障害専門のカウンセラー(&ヒーラー)として、たくさんの発達障害者(診断の有無にかかわらず)と出会い、変容を助けている、ということだと思います。だから「診断」がつくかどうかによって分断されていないんです。だから、私みたいなグレーゾーンの人でも、病院に行くまででもないけど少し当てはまるところがあるなーっていう人でも、「共感」をベースに分け隔てなく、役立つ部分をピックアップできると思います。

 

それと、私も子どもの頃からさまざまな創意工夫をして、自分なりのルールを決めてADHDの特性による負の影響が出ないようにし、特性があっても仕事が得られる職種を選び、環境を選び、ってやってきたのはパーフェクトなプロセスだったんだな、という自己全肯定の効果もありましたよ。

 

長い間、「消去法での選択」だった翻訳という仕事に誇りが持てなかったけれど、最近は、まったく正しい選択だったと思うし、翻訳も好きになってきました。「普通にならなきゃいけない」って縛りから解放されると本当にラクです!!!

 

吉濱ツトムさん公式ウェブサイト

吉濱ツトムさん公式ブログ「未来への思考法」

 

comments: -