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福岡&遠隔でヒーリングもやっています

吹っ切れました&人についていかない

ここ数週間、迷いの中にいましたが、ここ数日でほぼ吹っ切れました。

 

いろんなことが絡み合っていて、話し出すと止まらないけれど、今は、現時点で整理がついている部分について少し書きます。

 

2013年の頃のわたしと今の私の共通のテーマ(そして、たぶん、わたしの人生のテーマ)のひとつは「人についていかない」ということなんだろうなぁと。

 

世界を「信頼できるソース」と「信頼できないソース」に分けて、「(信頼できる)○○さんが言っていたんだから□□だ」「○○さんの本(ブログ)にこう書いてあったから□□だ」「○○さんはこう言っていたけど、、、、、、(あの人の言葉は100%信用できないな)、、、、、、ほぅ、ネットで調べたらそれに対してはこういう黒い噂がある、やっぱりな」などなど。

 

ずーっとそういうことをしてきた気がします。

 

自分の言葉を、「信頼できる人」の意見で裏取りするのは、もう、やめたいです。

 

○○さんが言ってたから、、、っていうのはもういいわ。。。

 

ついていきたかったんだと思います。この人についていけば間違いない!みたいな人。権威といってもいいかな。

 

この人(自分が目上だと思っている人)がこうしているなら、私もこうして大丈夫、って思えるような人を見つけては、行動の基準にしているところがありました。

 

でも、人生のあらゆるシチュエーションで、常に私の理想どおりに振る舞ってくれるような特定の人がいるわけもなく。そもそも、その理想ってわたしの中!!!にあるものじゃん、、、、、、

 

(その理想が自分では分からなかったから、キネシオロジーに魅力を感じたけれど、ね、そのあたり、ちょっとまだ、自分の中で整理がついていませんが、、、)

 

とにかく、一瞬一瞬、「自分で」感じて、考えて、行動するしかないんだなぁ、っていう、スピとかはまっていない人であれば超当たり前にやっているだろうところに戻ってきています。

 

とりあえずここでいったん切ります。

 

河内藤園(北九州) Kawachi Fuji Gardens in Kitakyushu, Fukuoka, Japan

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しがみつく幻影と記憶

先週半ばから、パンドラの箱をあけてしまったような状態です。

2013年にキネシオロジーのサロンを始めて、いろいろあって、何もかも怖くなってしまってやめてしまったんだけど、最近、その頃の自分+αに向き合っています。

いろんな感情と記憶が交錯しています。

2013年のことだけじゃなくて、幼い頃(もしくは過去世のようなもの)までさかのぼってね。

2013年のキネシオロジーサロンは、2〜3か月ちょっとで100人のモニターさんを施術させていただいて、これから!というときにコケました。

そして先日、フィボナッチヒーリングも施術回数100回を超えました。

よし、自分を開いていくぞ、と決めた矢先に、私がもともと持っている闇が覆い被さってきて、しっちゃかめっちゃか。

これは、体感としては慣れ親しんだ「うつ状態」そのものなのですが、底流がそうなだけで、ダウンせずに動けている時間も多いから(料理とかもしてる)、まぁ、客観的には単純にうつとは言えないのだけど。

能古の島の帰り Sea near Nokonoshima

そんな中、最近の大きな発見は、うつ状態や体調不良に対するフィボナッチの即効性。

先週、あ、、、これはもしかしてうつに入っているかも、、、と気づいた直後に、たまたま、静岡でIHキネシオロジーとフィボナッチヒーリングなどをやっているTOMOKOさんとの交換セッションの予定が入っていて、遠隔でフィボナッチをやってもらったのです。

このときほど、フィボナッチのエネルギーってすごい!!!!と思ったことはなかった気がします。

体調がここまで悪いときにドンピシャでヒーリングを受けるっていう経験自体、これまであまりなかったのです。

ヒーリングの予約って普通は事前に取っておくものですよね。それが、本当に辛いときにあたるって、あまりなかった気がします。

わたしにとっての鬱って、、、胸のあたりに黒くてかたくて冷たくて重いものがこびりついている感じ。それが一気にほどけて、光が入ってきて、全身が温かくなって、エネルギーが回り始めて、視界が明るくなって、、、、生還した!!!という感じでした。

フィボナッチヒーリングならではのパワフルさ。遠隔でもこれほどの変化を起こせるということ。体感としての重苦しさがある状態でなければ、ここまでは実感できなかったなぁ、と。

その後、友人から「生理痛で動けない」というヘルプが来て、フィボナッチをやらせてもらったら、やはり、即効で動けるようになって午後の仕事が無事できたらしいです。

そんな感じで、最近は、フィボナッチの身体症状に対する即効性を、受ける側としても、やる側としても実感しています。

でも、そもそも、今こういう不安定な状況にあるのは、深いところから何かが出てこようとしている余波なわけで(それはフィボナッチのバイブレーションで刺激された可能性が高く)、、、、、、その余波をかぶったことによる身体的な「痛み」や「不調」は、タイムリーなセッションで和らぐとしても、次々と新たな澱(「新たな」という表現は厳密にいえば違う。もともとあったけど、見ないことにしていたもの。どちらかというと古い記憶や感情)が浮上してきて、その繰り返しで、うぎゃーーーとなっているわけですが。

といっても、これ、昨日やってもらったセッションで、ほぼ抜けてきた感じがします(まぁ、だからこそ文章にできるわけですね。ホンマに辛いときは書けません!)。ちょっと様子を見て、続編を書きたいです。

まあ、乗り越えられるから、乗り越えられるものが、乗り越えられるときに、出てきているのだろうなぁ、と思います。
 
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セッションを受けたのに「変わってない」と思うとき

書く、書くって言って書いてないことが多いのだけど、、、

ちょっと前まで、毎日朝6時半からふみぃさんとフィボナッチの交換セッションをやっていて、お互いに44回やったところで一旦終了したのでした。

今思えば、好転反応を感じる暇もない程の、怒濤のスピードで、連日いろんなレベルでの癒しが起こった濃い時間でした。その中でも「あの日のあれは大きかった」っていうのがいくつかあって、その中のひとつについて、今日は書きたいのです。

あ!たとえばこの記事にチラッと書いたやつも、そういう記憶に残るセッションのひとつだわ。。。これは今回書きたいこととはまた別の話で、まだ書けていないんだけど、この頃とくらべると、本当にいろいろ変わったなぁ、としみじみ思います。

家は模様替えして別の家のようになったし、夫も別人のようだし(今までと180°違う社風の会社に転職して、、、OSの入れ替え?くらいの変容中。まさかの展開で面白いw)、私も夫に別人のようだと言われるし(料理や掃除や洗濯が前ほど苦じゃなくなった)、絵を描くのは怖くなくなったし、、、、、数か月間の間に起こる変化とは思えないですわ。

ていっても!まだ家を出るのに時間かかるから食材の買い物は苦手だし、先延ばし癖は健在だし、、、などなど、できないこと、変わっていないことを挙げようとすれば、これまた、たくさん書けるのです。もともと私はADHD&アスペルガー的な要素があって「普通の人には簡単にできるらしいけど私は苦手」ってことがとても多いからね。

でも、今日は、重要なポイントだと思うから、あえて書きます。

私は、いつもなら、その「変わってないこと」をブログで書く必要を感じないのね。できるようになったところを喜びたいし、記録に残しておきたいから、変わってないことについてはブログでは書かないの。それは、多くの人がそうなんじゃないかな???あんまり変わってないなーと思ったことをわざわざ書かないでしょう。だから、必然的にネット上には「こんなに変わりました〜!」だけが出回ることになる。。。

昨日、私の遠隔セッションを何度か受けていただいている方が「他の人のフィボナッチの感想を読んでいると、『すごく変わった!!!』って書いてあるのに、、、どうして私は変わらないんだろう」っておっしゃっていたので、今日はあえて書いてます。

私からすると、その方と話していて受ける感じは、最初の頃とは結構違っているのですが・・・・・・でも、ご本人としては、ピンとこないってこと、あると思うのです。

「変わりたい!」って思うから、お金を払って受けているんでしょう、本人が気づけない「変化」に意味があるの?って思いますよね。

このあたり、キネシオロジーを使えば、そのセッションでどういう変化が起こったの?っていうのは言葉で特定できるけど(シェアリングでお伝えしているのはその部分)、本人の実感とはまた違うレベルだから、言葉でお伝えしたところで、ご本人の「変わった!」という実感につながるかどうかは・・・・・・。

もちろん、体感としてすぐ変化を感じる場合もあります。

いろんなケースがあるんだと思います。

私も、今トータルでフィボナッチのヒーリングを60回くらい受けていて(あははーフィボナッチを習って一番良かったのはコレかもw)、毎回テーマは設定するけれど、それについてすぐ「変わった!」と思うときもあるし、ピンとこないこともある。

さっき書いたように、大きく変わった部分はたくさんあるんだけど、私は決して、、、「料理が苦なくできるようになりたい」なんて思ったこともなかったし!別に作らなくていいなら作りたくないし!(笑)そんなこと意図した覚えなんてない!のです。

先延ばし癖とかね、対人恐怖とかね、自分にとっての本丸ともいえる問題。そういうのについて、取り組んできたつもりでした。本当に変えたかったのはそこ。で、それについて、目に見えるような変化が出てきているか?というと、、、正直、分からないです。お、進んでる?って思うこともあるけど、一進一退です。

セッションでは、その本丸問題の要因になっているさまざまな心の癖、、、たとえば、自己価値の低さとかね。そういうのを地道にタマネギの皮むきみたいに進めている感じなのです。

おそらく、料理や掃除ができるようになったりしているのは、自己価値が上がってきたことによる、思いがけない「副作用」みたいなものなんだと思うのですね。

で、ある日、あれ?私料理ふつーにしてるじゃん、辛くなくない?ってことに気づいて、「スゲー自分!」って思えることで、自己価値がさらに向上するっていう、そういうプロセスの中に、今いるんだと思います。

***

私はまだ模索している段階だけど、自分の「心の声」を意図的に聞かない、聞こえない設定にしてきた人の場合。両親の声とかね、世間の声をずっとずっと優先してきた人の場合。私もそうなのですが、まず、自分の本当の気持ちに気づくセンサーを育てる必要があるんだと思います。

自分の本当の気持ちを感じるのって、言葉で言えば素敵だけど、長年それをやらないできた人にとって、相当まどろっこしいプロセスだし、相当ストレスでもあると思います。

だから、抵抗も生じる。

でね、その、、、慣れてない「心の声」がわき上がってきたときにね、「ん、このモヤモヤ、イケナイモノデスネ、ムダナモノデスネ」とフィルタリングして、なかったことにしちゃったりするんですよ!脳が!勝手に。無意識に。

でも、そこを感じていく、味わっていく、なんか、そういう地味で、けっこう痛い、、、プロセスなんだと思うのです。抑圧してきた本来の自分を出していくときって。特に、言葉や対話でやろうとすると、痛い。

その分、フィボナッチは、ダイレクトに、波動(音の振動、周波数)で根本から「チューニング」してしまう。鳴ってる音叉を鳴ってない音叉に近づけると鳴るというのと同じで。体感としては「気持ち良かった!」とか、ひたすら「よく眠りました!」みたいな。。。(笑)だから、自分が見てない部分については、変化を知覚できないのも分かる、、、、、、

でも、(他人の声ではなくて)自分の声を聞くっていう感度が育ってこれば、自分の変化にも気づきやすくなってくる。だから、ピンとこない状態である場合、まず、そのセンサーを開くような変容が、まず起こってくるんだなーーー、で、それは自分ではなかなか気づけないよなぁ、と思ったりするのです。

で、感じるチカラを育てるには、本当は、こういうセッションを受ける以外にも、本当にいろんな方法があると思うのですよね。

魔法のようにね、ある日、「感じるチカラ」が授けられたらそりゃあいいな、って、思うんですけど。でも「感じる」って、自分がやることですからね・・・・。いや、むしろそこは、セッションを受ける(受け身)というよりも、「あ、わたし感じてないんだ」と気づき、「よし、(痛いかもしれないけれど)感じよう」と思うかどうか、というか。

私にそれを教えてくれたのはみちよさんで。(感じるチカラを開くには)自然に触れること。感情を紙に書くこと、などなど、、、やってるときは「こんなんに何の意味があるの!」とプンスカしてましたが、本当にやってよかったなぁ、と。

うーん、まとまらなかった^^;;;

しかも、今日は、先月やってもらった「時間は私のもの」のセッションについて書きたかったのに!!!記事のタイトルは付け直そう、、、また書きます。。。

Fibonacci Tuning Forks - フィボナッチ音叉
フィボナッチ音叉、撮り直し第1弾。
こういう低い音(長い。重りついてる)から高い音(短いほど高い)まで9本の音叉を、低い方から高い方へ順に使っていきます。
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世界の狭間で

最近、大きな変化の中にいて、面白いことがたくさんなんだけど、書くのが追いつきません〜。

わたしがまだワーカホリックな世界に片足突っ込んでいて、そのせいで、「納期ガー!」となって追いつかないんですが、、、そうしてどんどん流れていくのが、もったいなさすぎるので、ごく簡単にでも毎日何か書けたらなーと(一日坊主になる可能性もありますが)。

15分タイマーをかけてあります。どこまでかけるかな?

ふみかさんとの交換セッションは、先日から、「自己価値の調整」、「時間の調整」と進んできていて、そのたびに新しい扉を開ける感があり、今朝は、「新しいライフスタイルの創造(そう書くとかっこいいけど、まぁ、そういうイメージとしてね)」をテーマにしました。

といっても、具体的なことを書いていると追いつかない(追いつかないって、もうこれキーワードだわw)から、そうだなー。

わたし、すごく自己価値が低かったのだと思います。

で、それは、親との関係によるものだと思っていて(アダルトチルドレン)、感情を見て、手放すとかね、やってきて、それで今があるんだけど。でも、やはり、前世的な影響とかも無視できないんだなぁーというのが最近、やっと受け入れたこと。前世のせいにするとかじゃなくてね。一度そこを見ることで、抜けられてみてはじめて、その影響が「あった」と分かるというか。

フィボナッチを受けていると、そのあたりがスムーズに乗り越えられる気がしています。

自己価値って、空気みたいなもので、とりとめがないというか。自己価値を上げるために、の現実的なTipsはたくさんあるんだと思いますが。部屋着でもお洒落しようとか、メイクしようとか、、、、(hidaさんのキネシでずっと出てることですが)、

「私もメイクすべき!!!」とメイクレッスンに注ぎ込んだお金は10万超えてると思いますが、、、、それでもメイクが大嫌いですぐやらなくなっていた頑固なわたしがとうとう崩れたな、、、自然と毎日メイクするようになっちゃったわーーーーというのが最近の、もしかしたら一番大きな変化なのかもしれません。

朝起きるとかもね、一般的には当たり前のことだから、できるようになって当たり前じゃんとスルーしがちなんだけど。これまでずっと意図して、できなかったような、当たり前な部分の変化が地味〜に起こってます。

これで15分。あらー、世界の狭間にいることについて書きたかったのに、自己価値と、フィボナッチいいわーな話になってしまった^^

河内藤園(北九州) Kawachi Fuji Gardens in Kitakyushu, Fukuoka, Japan.jpg
車を入手してから、生活が一変しました。 福岡楽しい!車がある福岡は特に素晴らしい!
北九州市の河内藤園です。
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モヤモヤ感

朝の記事で夫のせいにしちゃったけども、(仕事モードじゃない)ブログ書けない理由。

翻訳の仕事がたまってるのは全然理由にならなくて、納期前でも書くときは書いてた。



なんか、今、どうしようもなく中ぶらりんだからだろうなぁ。。。

前嫌だったことが、前ほど嫌じゃない。

前できなかったことが、できるようになってきてる。

それは素晴らしいんだけど、「嫌なこと」「ダメなところ」を動機に自分を動かしてた私だから、起爆剤不足で、モヤモヤしてる、というのが現状。



朝起きられる自分・・・(ずっとそうなりたかった!)

翻訳がそこまで嫌いじゃない自分・・・(ずっとそうなりたかった!)

言いたいことがほぼリアルタイムで言葉になって出てくる自分・・・(ずっとそうなりたかった!)

ヒーリングのセッションしてる自分・・・(ずっとそうなりたかった!)



それで、このモヤモヤ感。。。



ひとつには、土壇場に追いやられたときだけに降臨する、あの!覚醒感と恍惚感が味わいたいんだと思うの。

いろんなことがスムーズに進められちゃったら、アレを味わえないじゃん、っていうことなんだと思う。



そして、やっぱり、「問題がない自分」になることへの抵抗なんだろうなぁ・・・。

「問題がある自分」というのは昔からの私のアイデンティティで、「問題を解決して、幸せな自分になる」っていうストーリーがとても好きだったの。

問題がなくなってしまったら、どうしていいのかわからない。。。



いろいろな問題が解決されてきたら、自動的に、高揚感に満ち溢れた楽しい生活が待ってるんだと思ってたよ。

でもまさか、「問題」は私をイキイキさせてくれる源でもあって、問題(=高揚感)がなくなることにモヤモヤするとはwww

Sacred Camphor Tree in Kumano Nachi Taisha
熊野那智大社の大楠
 
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